『暮らしの魔女』見習いメリアの禁忌
「エルリア下がって!」
「やっ、これ気持ち悪いっ」
僕の腕とエルリアの脚、それぞれに絡みついた黒い触手を振り払えない。動く鎧から溢れ出した不定形の怪物は、黒いスライムのようにジュルジュルと締め上げ、絡み付いてくる。
「暗黒流動霊体!?」
メリアが魔物の種類らしきものを推定するけれど、聞いたこともない魔物だ。
ニ体の鎧の中に潜んでいたものは、死霊とはまるで違う、半実体を持つ不定形の存在だった。
例えるなら、ねっとりと絡みつく濃密な闇。冷たい手に掴まれる感覚に身震いがする。触れられている部分は痺れ、感覚が失われてゆく。エナジードレインは死霊よりもずっと強烈だ。
「くそっ……放せっ!」
剣を握る右手はすでに硬直し動かない。麻痺した右手から、咄嗟に剣を左手に持ち替える。そして叩きつけるように剣を振り、黒い触手を切り払おうとした。だけど勢いが足りず、黒い糸を引いて伸びるだけで上手く切断できない。
――エルリアルドの剣じゃなきゃ斬れない!?
「エルリア、手を!」
脚に絡み付かれ、ピンチに陥っているエルリアに向けて腕を伸ばす。けれど、あと1メルもない距離なのに手が届かない。
「アル……!」
エルリアは、その場で転倒してしまう。黒い触手がじゅるじゅると足首から太ももへ這い登ってゆく。
「やめろこいつ!」
エルリアの脚へ伸びている触手を蹴飛ばすと、僕の脚にも絡み付いてしまった。
「なんなのさ、こいつら!」
その時、ロリシュが腰に下げていたナイフを抜きながら、助けに入ってくれた。
エルリアの脚に絡みついていた黒い触手に刃先を突き立てる。でも、黒い触手はナイフが貫通しても意に介さない。逆にロリシュの腕にも絡みつこうと蠢き、触手を分岐させた。
「最悪っ」
「ロリシュ、逃げろ!」
黒い粘液質の触手が、倒れていた鎧の隙間からもう一本、黒い蛇のように鎌首をもたげた。ロリシュに狙いを定めると、襲いかかった。
「エルリア、これ貸して!」
ロリシュは咄嗟にエルリアが床に落としていた盾を掴みあげると、黒い触手の突進をタイミングよく防いだ。
そして床を這う触手めがけて盾の縁を思いきり突き落とす。盾の重さを利用し、エルリアの脚に絡んでいた黒い触手を、押しつぶし千切ることに成功する。
「切れた! 今のうち」
「ありがとロリシュ!」
「後ろに逃げよ!」
エルリアとロリシュは、二人で支え合いながら、その場から離脱する。
「二人とも、こっちへ……!」
階段を登ってすぐのあたりにはメリアがいた。簡易的な魔除けの印を床に描き、その位置まで後退するよう手招きする。
メリアはそこで、魔法の杖を握り精神集中を開始。何か魔法を励起しようとしはじめた。
彼女たちの脱出劇に気を取られている間にも、僕は次々と触手に襲われていた。
「やばっ、脚にも!」
エルリアを取り逃がした方の黒いスライムが、今度は僕に狙いを変えて脚にからみついてきた。
腕と両脚に黒い触手がまとわりつき、どんどん動きが封じられてゆく。
なんとか蹴飛ばし、剣で切り払うけれど悪戦苦闘。感覚の無い部位が広がってくる。
エルリアとロリシュが逃げられたのは幸いだけど、このままじゃ僕が動けなくなる。
「よしっ……準備できました!」
メリアが杖で床を叩き、気合の入った声で叫んだ。
右手には赤い燃えるような輝きが宿っている。
「私、今から禁忌を犯しますっ! 床に伏せてくださいアルドくんっ!」
「え、えっ!?」
叫ぶや否や、メリアはぎこちないフォームで、魔法を此方に放り投げた。
距離にして八メル程しかない空間を、赤く眩い光を放つ何かが放物線を描きながら飛んでくる。
魔石――!?
僕は慌てて床に伏せた。
視界の隅で、女の子三人組も同時に耳をふさぎ、その場にしゃがみ込むのが見えた。
こんっ、と音がした。赤く光を放つ石つぶてが床に倒れた鎧に命中した次の瞬間、凄まじい爆発が起こった。
ドガァン!
「うわあぁ、熱ちぃい!?」
熱と光、爆風が炸裂した。何処かでガラス窓が割れる音が響き、目の前の鎧が吹き飛んだ。鎧は壁に激突し、再び床に落下、ガランゴロンと転がる。
やがて、光と熱の嵐は収まり静かになった。
「……げほ……」
僕は恐る恐る頭を上げた。
生きている。
火傷もしていない。
気がつくと、腕や脚に絡みついていた黒い触手は、爆発の衝撃で千切れ、吹き飛んでいた。
ずるり、と腕に残っていた残骸が床に落ちる。
立ち上がり辺りを見回すと、壁や床一面が黒いタールをぶちまけたみたいに汚れていた。黒い粘液質の怪物が爆風で粉々になり散らばったみたいだ。
黒いクラゲみたいな断片が、モゾモゾと動いている。
「やっ……た?」
「凄いじゃんメリア! これこれ、こういうのだよ、求めていた魔法は!」
ロリシュが立ち上がり、メリアの肩をバシバシ叩く。
爆発の威力に驚いたのか、ポカン……と口を半開きにしていたメリアも立ち上がる。
「アルド、無事!?」
「うん、なんとか」
エルリアがぱたぱたと駆け寄ってきてくれた。
耳が爆発の衝撃で少し変だけど、大丈夫みたいだ。腕や脚の痺れも消えつつある。エルリアが僕の頬に手を伸ばしてきた。
「顔が黒くなってる」
「あ……そう?」
こんなとき、心配してくれることが嬉しかった。
「あんな攻撃魔法が使えるなら、最初から使いなよ」
「いえ、あの……実は。今のは焦熱石なんです」
上機嫌のロリシュに、メリアは苦笑しながらズリ落ちかけたメガネを整えた。
「えっ? さっき拾ったやつ?」
死霊を倒して手にいれたばかりの石をメリアは魔法の触媒として使ったのか。
「焦熱石に魔力を規定値以上、過剰に充填したのです。そこに発火する呪文を時間差で励起してから投げつけたんです。一気に反応が連鎖して破裂、爆発するようにって」
「凄いじゃん、魔石爆弾? 立派な攻撃魔法だよ」
「ダメなんです!」
メリアは泣きそうな顔になる。
「だめって、何が?」
「本当は、私たち『暮らしの魔女』が絶対にやってはいけないことなんです。危険行為として、禁則事項第三条に該当する行為で、先生に知られたら怒られます……」
決まりを破ったことがショックだったのか、肩を落とすメリア。
「でも、おかげで助かったよメリア。ありがとう」
「ありがとうメリア。大好き!」
「……ふたりとも。無事で良かった」
僕とエルリアの様子に、メリアはほっとしたのか顔を赤くして微笑んだ。
「で、これにも魔法の核があるの?」
ロリシュがバラバラになった鎧の胴体部分を蹴飛ばし、中を覗き見る。
僕も中を見たけれど、黒い粘液状の残骸が、まだ少し動いていた。また時間が経てば再生するんじゃないかと不安になる。
「鎧の内側、胸の辺りに輝石、宝石のようなものがありませんか?」
「これかな?」
メリアの言う通り、鎧の胸の中央部分に小さな青い石が埋め込まれていた。黒ずんでいて濁っているけれど元はおそらく青い色の石。あまり詳しくはないけれどラピスラズリか何か。
「守護石、戦いに赴くときのお守りです。本来は不幸や邪悪な魔力を吸収し、浄化する力を持つ石です」
「なるほど、これが逆に邪悪な霊を沢山吸い込んじゃった?」
ロリシュの言葉にメリアが頷く。
「もう穢れきり、元には戻らないでしょう。外して持ち帰りましょう。置いておくとまた、黒い触手が発生しますから」
「わかった」
ロリシュと僕は、ナイフと剣の切っ先で、鎧から石を取り外した。まだ黒い靄のような、あまり持っていたくない気配が詰まっている感じがする。
「うわぁ、身に付けていると不幸になりそう」
「見るからに呪いの石だもんね」
「私が預かります。封印魔法で無害化しておけば平気です。元々は守護石ですから、時間をかけて浄化すれば……きっと」
メリアは二つの青黒い石を受けとると、手のひらで包み込み、呪文を唱えはじめた。まるで大切な卵でも抱くように、優しく祈りを捧げる。
生活の魔女。彼女たちは僕らの日々の暮らしが、少しでも幸せで、安寧であるようにと、魔法の力を貸してくれる優しい魔女たちだ。本当は、僕とエルリアの問題であるはずの冒険に、こんな風に巻き込んではいけなかったのかもしれない。
「さて、いよいよ」
ロリシュが視線を向ける先。残るは幽霊屋敷の主、ヒゲール男爵の部屋だ。
「最後の難関、いってみようか」
<つづく>




