ヒゲール男爵の館(後編)
死霊を倒すと、いくつかの焦熱石が手に入った。
「魔女メイヴが硬貨から作った魔物とはちがうの?」
ロリシュが拾い上げて、窓からの光にかざして眺める。
「おそらく使い古された魔石……焦熱石に、魔力の残滓や人間の怨念、つまり悪霊が宿って魔物化した天然物かと思いますわ。廃屋や洞窟、古代遺跡などでは起こり得る事らしいですが……。こんなに凄い悪霊は初めて遭遇しました」
メリアはメガネを指先で動かしながら、ロリシュが持つ物とは別の焦熱石を鑑定する。
「価値はあるの?」
「そうですね、全部で銅貨三枚ぐらいでしょうか」
「そんなもの? がっかり」
魂が凍りつくかと思われた死霊の攻撃はヤバかった。
なのに苦労はあまり報われない。街道沿いでゴブリンを狩っていたほうがマシなくらいだ。
「せっかくアルドとエルちゃんが頑張ってくれたのに」
やれやれと肩をすくめるロリシュ。
「でも使えますよ。私があとで魔力を充填します。湯浴み用のお湯を作れるようになれば、旅では便利ですし」
「そっか、いいね!」
小さな石炭のように見えるけれど、焦熱石は魔力を宿した特殊な魔石だ。
簡単な刺激を与えると発熱し、お湯を沸かせる。主にお風呂やシャワーのお湯を沸かすのに使われる。生活必需品の一つだけれど、連続して使えば魔力を失い、やがて発熱しなくなる。
そんな時は、街で暮らす魔女――いわゆる『暮らしの魔女』と呼ばれる魔女さん―に頼んで、魔力を充填してもらう。そうすることで繰り返し再利用できる。メリアは暮らしの魔女の門下なので、お手の物だろう。
「おばけ、怖かったね」
「成仏しなよ、永久に眠れ」
エルリアとロリシュがおしゃべりをしていると、後ろから二人組の足音が近づいてきた。床を踏む音が慌てている。
「おーい、大丈夫か!?」
「戦闘がありましたね?」
別行動中のバックアップチーム、ムチリアさんとリスカートさんだ。
「いま死霊の群れに遭遇して」
「死霊が? 怪我は? 撃退したのか?」
「えぇまぁ、見ての通り、なんとか……」
焦熱石を見せると、ムチリアさんは驚いたように目を丸くした。
「見事だ。あたいらでも手こずった相手だぞ。そいつらはここからずっと奥、階段の入口にいたヤツかもしれない」
「カルビアータが悲鳴を上げて逃げ出さなければねぇ……。こんな手前まで出張ってきたとは、追いかけてきていたのかしら」
「ったく、アイツのせいだな」
ムチリアさんが少し苛立たしげに斧で床を突いた。
先に突入していたムチリアさんたち。撤退したカルビアータさんに触発されて、魔物たちはここまで這い出してきたらしい。
「ところでぇ、死霊は生命力を吸う危険な魔物。どうやって倒したのかしら?」
リスカートさんがそれとなく探りを入れてきた。
「あ……その、コアの焦熱石を狙って。えいっと剣で」
エルリアルドの剣の事は伏せて、誤魔化し気味に。適当に説明する。
「ふぅん? かなり魔物の特性を熟知しているようねぇ。さすがは魔女メイヴの災厄を生き抜いてきた冒険者……ってだけのことはあるわ」
何か含みのある言い方だった。
エルリアルドの剣は、実は『天秤の魔女』の呪いによる副産物みたいなものだ。
魔女の派閥によっては、忌み嫌う人もいるかもしれない。メリアはそう言っていた。
「アル、あのね。次からは見られないように盾で隠した時に……なんて、どうかな?」
「そうだね、それがいい」
小声でエルリアと相談しておく。戦っている最中にどうしても必要になったら、盾を構えるエルリアと上手く連携しないと危険な場面も出てきそうだ。
僕らは再び先に進むことにした。
四人で廊下を進む。絵の飾られている廊下を右に曲がると、十メルほど先に二階へと続く階段が見えた。
「気を付けろ、そこが幽霊の巣窟になっていたんだ」
背後を警戒するムチリアさんが声をかけてくれた。
静かに頷いて、警戒しながら進む。
薄暗い階段の手前は広い踊り場のようになっていて、ムチリアさんの言う通り、天井付近を二匹の死霊が雲のように漂っていた。
『サレェエ……!』
『キシァアア……!』
僕らの気配に気づくと、虚ろな顔をこちらに向け、威嚇するような声を発する。
「こんどはボクが」
ロリシュが離れた位置から弓矢で狙う。
「核は眉間の位置ですわ!」
メリアのアドバイスに小さく頷くと、集中。
パッと矢を放つ。エルフ語の魔法の祈りの言葉も添えて放たれた矢は、正確無比に死霊の眉間を撃ち抜いた。
『――アゥッ!?』
シュガッ! と、硬い音がして、矢が背後の階段の手摺に刺さった。
同時に赤い魔石が床に転がり落ち、砕けた。矢の先端がコア――焦熱石を叩き割ったのだ。
『ギァ……アアッ!?』
白い霧の渦のように回転しながら死霊が消えた。すぐに、もう一匹は怒り狂ってロリシュに突進を仕掛けてきた。
「わっ、怒った!?」
「危ないっ!」
すかさずエルリアがフォローに入る。盾で死霊の直撃を避ける。
「エルちゃん!」
「手が……冷たくなった」
エルリアの盾はメリアが守りの「まじない」を仕掛けてくれている。幽霊みたいな相手の攻撃を少しだけなら相殺できるはずだ。それでもダメージを受けている。
「エル、僕に任せてっ!」
一瞬だけ怯んだ死霊めがけて剣を振った。
死角になる体の下段から上段へ、斬り上げる。刃の先端で、頭蓋骨じみた白い顔の中心部、眉間を狙う。
『……ガッ?』
パキィ、と微かな手応えがあった。
石が砕けた感触と同時に、死霊が霧散する。
「やった……!」
エルリアルドの力に頼らなくても、倒せた。
「コツが掴めれば怖くないね」
「うんっ」
「エルリア、手は?」
「もう治った。触れた部分がすこし痺れただけ」
でも、今度は冷静に対処できた。
幽霊でも死霊でも、魔法の核を持つ魔物だとわかった以上、極端に恐れることはない。
「よし、二階へ……!」
僕らは階段を上がり、二階フロアの入り口で立ち止まった。
二階は、静まり返っていた。
階段の下では、ムチリアさんとリスカートさんが戦闘を開始した。他にもまだ死霊がいたらしく、二人が連携して戦う声と、魔法の爆ぜる音が響いた。
「二階には、幽霊はいないみたいだね?」
「どうかな、ボクは嫌な予感がするけど」
長い廊下は幅が広く、奥行きは二十メルほど。
一番奥には立派な両開きの扉が見える。おそらくあそこが最深部。ヒゲール男爵の私室か何かなのだろう。
「あれがきっとゴールだ」
「なかに魔物の親玉がいるかもね」
両脇にはいくつかのドアと、調度品を飾る小さな台がいくつか並んでいる。調度品が手つかずで残っているようだ。
彫刻の施された飾り台の上には、時を刻むカラクリの仕込まれた魔法の箱、古い壺などが載っている。誰にも盗まれずにいたのがすこし気になる。みんな一階で引き返したからだろうか?
特に大きくて目立つのは廊下の向こう側、部屋の入り口の左右に飾られた黒っぽい全身鎧だ。
かなりの年代物か貴重な品なのだろう。金色の縁取りがレリーフされているのが右に、銀色の飾りがついているのが左に自立している。その背後の壁には、剣や槍などの武器が固定されている。
「死霊は居ないみたい」
ロリシュが矢を構え、気配を探っている。けれど不思議なくらい静かだ。
「でも妙な感じがします。隠れているのかも」
「僕が先に行く」
「私も」
僕とエルリアが左右、並んで先に進む。
盾を構えたエルリアの息遣いが感じられる距離。二メルテ後ろからメリアとロリシュも来る。一階と違うのは、窓が少なくてかなり暗いことだ。
「明かりが欲しいね」
言葉が聞こえたかのように、ボッ……と両側に青白い鬼火のような明かりが灯った。
「ひゃっ……!?」
エルリアが身を寄せてきた。
気が付かなかったけれど、壁には燭台のような魔法の照明器具が埋め込まれていた。
「大丈夫、照明が灯る魔法のカラクリですわ」
後ろからメリアが声をかける。
次々と、手前から奥の方へと明かりが灯る。まるで僕らを奥に誘うかのように青白い炎が壁で揺らめく。
次第に廊下が魔法の光で満たされてゆく。
明かりが奥の部屋の入り口まで達した、その時だった。
ギリギギギ……と音を立てながら、鎧が動き始めた。
ガシャン! と、鎧が同時に足を踏み出した。それは金色の縁取りのある鎧と、銀色の縁取りのある鎧のニ体だった。
金属の擦れ合う耳障りな音、重々しく床板がきしむ音。それは死霊とは違う、実体を持った怪物だった。
「甲冑が動き出した……!?」
「あれもオバケ入り……!?」
中に人は入っていない。でも冑のすきまから死霊と同じような赤黒い光が瞬いている。
大人の身長ほどもある甲冑、そのあちこちの隙間から、黒い霧のような物が漏れだしている。
「中に無数の魔力反応……! 魔法の核が複数あるか、中に何びきか悪霊が入り込んで動かしているみたいです!」
「アルド、エルちゃん! 射つよ」
ロリシュが叫び『動く鎧』めがけて矢を放った。
けれど矢じりは火花を一瞬散らしただけで、鎧のフェイスガードに弾かれてしまう。
「あちゃー、見るからに効かなそうだもんね」
重装甲の騎士を相手にするのと同じ、圧倒的な防御力。まともにやりあえるだろうか。
「できるかぎり魔法で支援します!」
幸運度上昇の魔法を全員にかけるメリア。
「メリアさ、支援じゃなくって、直接あいつらを攻撃できる魔法は無いの?」
「急にそんなこと言われても、ありませんよ。今までだって支援魔法オンリーだったじゃないですか」
「そうだけどさ……」
「相手を傷つけない。それが生活の魔女なんです!」
ロリシュの言葉に、メガネを光らせながら言い切るメリア。
そもそも魔女メイヴのように魔法で爆発を起こしたり、万物を切り裂く光の刃を放ったり。ああいう超上級の攻撃魔法は、使える方が異常なのだと思う。
『ギギ……ギギ』
動く鎧たちは背後の壁から武器を手に取った。そして音を立てながら、長剣と槍を構えた。どちらも不格好で剣術を知っているようには思えない。
「アルド、気を付けて!」
二体が相手、それにどちらの武器も間合いが広い!
ブォン……! と銀色の鎧が槍を振り回した。
「まかせて!」
エルリアを数歩下げて、僕が相手をする。
止まって見えるほどに大振りの一撃は、容易にしゃがんで避けられた。槍の穂先は壁にめりこんで止まる。
『ギ……?』
胴体ががら空きだ。槍を振り回したあとで隙だらけになった胴体を、僕は思いきり蹴りつけた。
「とりゃっ」
ゴッ、と鈍い音がして動く鎧がよろけ、ガシャリと床に尻餅をつく。
「たいしたことないじゃん! やっちゃえアルド」
ロリシュが声援を送ってくる。
もう一体。金色の飾りのついた鎧は、上段に構えた長剣を、大振りで振り下ろしてきた。
「おっと」
お話にならないほど遅い。右に素早く避けると、剣は床に食い込んで止まる。
『グ……?』
「せいっ!」
動きが止まった金色の鎧、その側頭部めがけて、手持ちの短剣で思いきり叩きつけた。
ガァン!
金属のぶつかる音がして、鎧の冑が吹き飛んだ。壁にぶつかり、床を転がる。
と、黒い靄のような塊が首の部分からブクブクと溢れ出てきた。それはまるで粘着質の黒いスライムのように触手を伸ばすと、目にも留まらぬ速さで僕の腕にからみついた。
「しまっ……!」
「アルっ!」
エルリアが駆け寄ろうとしたその足を、もう一体の鎧から溢れた黒い粘着質の霧がからめとった。
よろけて転びかけるエルリア。
「アルドくん、エルちゃん!」
油断した。これは近づくための罠だったのか……!?
冷たく、凍りつくような感覚。右腕がしびれはじめた。
<つづく>




