エルリアルドの剣
『ギシャァア……!』
迫りくる醜悪な怪物、一つ目の青鬼。
それは金杯の魔女メイヴが硬貨から生み出した、忌まわしい魔物。人間の欲望が染み付いた硬貨を、魔女は恐ろしい怪物へと変えてしまった。
「エルリア、後ろへ!」
駆け出しの剣士である僕は、妹――エルリアを守らなきゃいけない。
まるでお姫様を守る騎士のように、背後にエルリアを庇う。
「アルド……!」
でも、背後から妹が、僕の手をぎゅっと握ってきた。
剣を握る右手とは反対の、左手を通じて強い気持ちが伝わってくる。
守らなきゃ。
一緒だよ。
互いの想いが重なり、一つになる。
すると胸の奥でまばゆい光が輝き出した。
それは僕とエルリアの魂の共鳴が生み出す、奇跡の光。輝きは明確な熱い力となって湧き出してくる。そのまま右手の剣へと伝わり、刃が淡い燐光を帯びてゆく。
――エルリアルドの剣……!
僕とエルリア、二人で生み出す不思議な力。実体を持たない、退魔の剣。
別名、魔女殺しの剣。
魔を退け、魔法を破壊する力を、僕らは光として剣に宿すことが出来る。二人で手を重ね、気持ちを合わせた瞬間だけ発動できる必殺剣。
「あとは僕にまかせて」
「うんっ」
青白い光を帯びた剣を、両手で握り直す。
呼吸を整え、居合いのように剣を構える。
魔物はもう目の前だった。身の丈は2メル(※1メル=1メートル)を超える怪物は鋭い爪と、耳まで裂けた大顎をもつ。野獣のように開いた口にはびっしりと凶悪な牙が並んでいた。
『ギシャァアアッ!』
精神を集中し、冷静に魔物の動きを見定める。
無音となったの世界では、恐ろしい魔物の咆哮は耳に届かない。
地面を踏みしめる巨大な節くれだった足、殺気に満ちた単眼。けれど動きは単純だ。
――剣式、輪月斬
「はあッ!」
気合一閃、横一文字に剣を振り抜く。三日月のように冴えた銀色の刃が、迫りくる魔物の胴体を貫通――分断した。
『ギィヤァッ!?』
燐光を帯びた剣はキラキラとした軌跡を描きながら、魔物を真っ二つに斬り裂いた。
上半身は前のめりに地面へと落下し、下半身は数歩進んでから崩れ落ちた。そして魔物の躯は紫色の泡に包まれ、溶けて消えていった。
チャリン――と、地面で金貨と銀貨が音を立てた。
残ったのは三枚の硬貨。魔物は元のコインへ戻ったのだ。
「やったね、アル」
「さんきゅ、エル」
双子の兄妹、僕とエルリア。
息もピッタリの最高のパートナーだ。
勝利のハイタッチを交わそうとしたところで、エルリアは手を止めた。
「……ちょっ?」
タイミングを逸し、スカッと空振りしてしまう僕。
「みんなが待ってるよ」
恥ずかしそうにそう言うと、エルリアは駆け出してしまった。
「なんなんだよ、もう」
僕はコインを拾い上げた。
魔物を倒せば報酬が手に入る。戦利品は大切にしなきゃ。
「おーい、二人とも大丈夫ー?」
丘の向こうから、旅の仲間たちが手を振っているのが見えた。
エルフのロリシュと、魔女見習いのメリア。それに相棒の黒山羊ペーター君だ。
エルリアは夕日色の長い髪をなびかせながら、丘の向こうへと向かってゆく。
背中では小さな竜の羽と、竜のような尻尾が揺れている。半竜人の姿こそが、エルリアにかけられた呪い。
いつか、魔女を見つけ出し呪いを解いてもらう。
それが僕らの旅の目的なのだから。
剣を鞘める。
僕はエルリアの後を追って、皆のいるほうに向かって歩き出した。
<つづく>