第十話 インキャ、服を買う
「影山ってさ、普段はどんな服を着るの?」
俺の予想は正しかった。
ファッションビル、ビルコにつくなり凛は俺に『インキャはどんな服を着るの?』と聞いてきた。
そして、その答えに対して俺は回答をいくつか考えていた。
1.『いつもは出雲が服を選んでくれるんだ。だから、分からない』
2.『まぁ、原宿系かなーと適当に言う』
3.『服? 俺はいつもジャージですが?と開き直る』
3番は論外として、1番と2番で悩むな。
1番を選択すれば馬鹿にされる可能性があるし、2番を選択すればファッショントークになったときに黙り込んでしまうだろうな。
んー、悩む。
だがやっぱり1番だろうな。2番を選択してもどうせ馬鹿にされるからな。
どっちを選んでも馬鹿にされるなら早い方が精神的負担が少ないってものさ。
あー、厄介な奴らだね、ヨウキャという生き物は。
「いつもは出雲が服を選んでくれるから、分からないな」
「え、なにそれ! うけるんだけど」
「まぁー、でも、出雲君はかっこいいからね! なんとなくわかるけどー」
やはりというかなんというか、凛と奈菜は俺を小馬鹿にしていた。
店に入るなりこの展開だ。
あと何回俺のライフを削り取れば気が済むのかな、ヨウキャは。
俺のライフはとっくの昔に0だというのに......
それに、出雲はカッコイイからなんとなくわかるだって!?
これだからヨウキャは嫌になっちゃうね。
もし俺が超絶イケメンだったら、ジャージでもいいってのか。
「まあまあ! あまりいじめないであげなよ! 私達だって、ダサい時期があったじゃん?」
「まあねー。それよりさ、あそこのお店いいんじゃない! 入ってみよう!」
奈菜はそう言うと、いかにもヨウキャが好みそうな派手な音楽が鳴っている店を指さしていた。
店内にいる客も今どきの服装と髪型をしている。
そして、自分に自信があるんだろうな。背筋を伸ばし、服を吟味している。
あーやだね。俺にこんな店が似合うとは思わないね。
『それ相応の』という言葉があるだろ?
つまり、青島がこの店の服を着ていれば似合うし、逆に俺がこの店の服を着ていたらコスプレをしているように見えるものさ。
だから、俺にはこの店の服は似合わないね。
そんな思考も虚しく俺は引きずられるように店内に連行された。
「ねえ! このパンツいいんじゃない?」
宇佐は足に纏わりつきそうなピチピチなズボンを手に取っていた。
なんだよ、この細さは...... 入るのか心配になるな......
それに、パンツじゃなくてズボンだろ! 少なくとも、俺はそんなお洒落な言い方しないね。
「あ! いいね! 影山は大人しそうだから、きれいめな恰好が似合いそうだし!」
「そしたらー、このパーカーなんて似合いそうじゃない?」
「あー、いいかもー! じゃあ、その上にステンカラーのコートなんていいんじゃない?」
ヨウキャとはファッション大好き野郎の事である。
宇佐たちは店に入るなり、俺を放って服を見始めた。
そして、彼女たちヨウキャは満足するまで探すことを止めないはずだ。
だとすれば、俺は誰とも関わらないように服を見ている素振りをしてればいいのさ。
そうすれば、インキャの敵である、店員と言う存在も話しかけてはこないはずだ。
そんな俺の最高の策略も店員という魔王には通用しなかったようだ。
「あのー? 何かお探しでしょうか?」
俺がぼーっと突っ立っているのが悪かったのか、それとも俺の容姿がインキャだから声をかけてきたのか。
まぁ、どっちでもいいが、お洒落な服を身に纏った女性の店員が話しかけてきた。
あー、いやだね。だから、服屋は嫌いなんだ。
インキャだと分かると『カモがこの店に来たぞ』と言わんばかりに寄ってくるからな。
出雲と店に入れば、そんなことは言われないのにね。なんだろうね、このインキャ差別。
「い、いや...... なんも探してないっす」
「そうですかー、もし気になるものがありましたら、いつでも声をかけて――」
「あのー! この服、試着できますかー?」
その時の店員の顔は今後ずっと記憶に残るだろうね。
店員は宇佐たちが俺の周りにいることに大層驚いていた。
「あ! あ! はい! もちろんです!」
「そういう事だから、影山入りなよ! 着替え終わったら、私たちに見せてね」
という有難いお言葉を宇佐さんから頂いたので、俺は試着することになった。
制服を脱ぎ、ピチピチズボン、お洒落なパーカー、ステンカラーコートとやらを身に纏う。
鏡に映し出された俺は、コミケでコスプレをしている様に見えた。
あー、なんですかこれは......
どこの世界線から来たんですかね......
きっとこの格好を見たら、宇佐たちは『ぷぷぷっ! 影山似合わないね~、流石インキャ!』と言うんだろうな。
でも、見せないわけにはいけないので俺は恐る恐るカーテンを開けた。
「影山いいじゃん!」
「あー似合う似合う! あとは髪型だね~」
凛と奈菜は俺の事を褒めてくれていた。
だが、宇佐は何も言わずに俺を見ていた。
あー、そういう事かい。
凛と奈菜は俺に気を気を遣って褒めてくれたに違いない。
そして、それは宇佐が何も言わないことからも分かる。
そう思っていた時だ。
「影山、良いと思うよ! ちゃんとした格好をすればかっこいいじゃん!」
宇佐は俺の事を褒めていた。
「そうだね~。なかなかのイケメンになっちゃったね」
「それな! でも、なんで急にお洒落したくなったの? もしかして、好きな子とかできた? あ! 結愛ちゃん?」
「ち、違う...... ただ、服を買いたいなーと思ってて......」
「だよね~。結愛ちゃん、影山にべったりだけど、何考えてるかわからないもん!」
「怖いよね! あんなに可愛いのに。何かありそう! 影山気を付けたほうがいいよ~」
凛と奈菜のそんな言葉になぜか俺はむかついていた。
そしてその理由はおそらく、俺が結愛に似つかわしくないという理由ではなくて、結愛が馬鹿にされたからだと思う。
たしかに、こいつらが言った通り、結愛が本当に俺のことを好きということを俺自身も疑わしく思っている。
そして、そう思っていること自体最低なことだ。
でも、人前で堂々と人を侮辱するのは違う。
そんな屁理屈を頭の中でこねくり回す。
自分が何で怒っているか納得するために。
理由が分かれば後は簡単だ。間違っていることを正すだけさ。
俺は結愛がそういう人間じゃないということを話すことにした。
「結愛は別に危ない奴じゃない...... そう思いたい......」
「え? なに、影山やっぱ恋しちゃったの! うける」
「結愛ちゃんのどこが好きなの?」
凛と奈菜は俺を追い詰める様に聞いていた。
そして、俺はそれに回答することができない。
なぜなら、好きではないと思うから。
「ま、まぁ! 誰を好きになってもいいじゃん? それより、影山その服買ってきなよ」
宇佐は意外にも助け船を出してくれていた。
そして、その理由はきっと奴隷を侮辱されて怒った飼い主と言うスタンスだからだろう。
でも、ちょっとまて。服を買うだって?
冗談じゃない。
俺のお小遣いはゲームやフィギュアなどを買うために存在しているんだ。発情期の男女が必死に着飾るためだけに考案されたお洒落な品を買いたくなんてないね。
それだけは譲れないな、すまんな、宇佐。
「俺は服よりもゲームが......」
「影山? 何を言ってるか分かってるよね?」
「あ、はい。すみません。買います......」
今の俺は宇佐のパシリであり奴隷だ。
もし仮にここで買わなかったら、学校中に変態糞男と流布されるだろう。
それだけは絶対に嫌だからな。
俺はレジで1万円を払うことになった。
あー、俺のゲーム代...... さらば。
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