86話『女の子の寝顔』
起きると顔があった。
櫻木は僕が起きたことを知り、長い微睡から解放されるように長いまつげが微震する。
うっとりとした寝起きの瞳。涙に湿った瞳がそっと微笑みかけ、鈴を転がすような声が言う。
「おはよう、旭」
「……うん。おはよう」
寝起きでキス。なんていう事はなくて僕は先に立ち上がり洗面所で朝の支度を済ませた。
「ほら、起きないと遅刻するよ。髪すごいことになってるよ?」
「知ってるよぅ、おこしてー、腰が抜けて立てないよー」
僕は、「腰が抜けるようなことしたかな?」と思いながらテーブルに置かれていたミルクココアを一気に呷った。室温はまぁまぁ暖かいがたぶん大丈夫だろう。人間そんなに弱くない。
マグカップ片手に櫻木の前に手を差し出すと、えぇ、となんだか不満げに抗議してくる。頬をぷぅと膨らませながらも手を取って起き上がった。抱き抱えて起こした方がよかったのだろうか。
「じゃぁ、五十分にね」
「いつも通りね」
ぼさぼさとした髪を指で梳く櫻木と玄関先で別れ、僕は朝食を摂り必要なものを持ったら家を出る。初夏の風を感じ青々した梅雨を過ぎ、湿気だけを残す空を見上げた。
僕は暑いのが嫌い。けれど今の季節はちょうど過ごしやすいくらいだ。この気候のままだったらいいのに。これからもっと暑くなるのは勘弁。
「お待たせ。ほら早く行こ」
白い肌、華奢な双腕。夏服になり露出が増えるこの季節。僕はあながちこの季節が嫌じゃないな、と女子高生らしく短いスカートから覗く生の太ももを見て思う。女子の肌は白いなぁ。
「夏休み予定は?」
「えっとねぇ、未鍬ちゃんたちと〇〇〇〇ーランド行く予定、あと佐伯ちゃんたちとプールとか――」
駅に着くまでの短い間に夏休みの充実した予定を僕は聞いていた。
「そう、なんだ……受験生なのに、楽しそうだ」
「もちろん、旭と遊ぶ時間もたくさんあるから」
「わぁ、楽しみ」
「受験勉強、一緒に頑張ろうね」
「僕に遊んでる暇はないから……あは」
「今年夏期講習受けるんだっけ?」
「まぁね、じゃないと卯月と同じ大学は入れないし」
「大丈夫でしょう旭なら」
僕は進学を選択した。実は僕自身ひそかに去年の冬ごろから受験勉強をスタートさせていた。
しっかり基礎が付き応用が出来るようになり、多少は手ごたえを楽しめるようにはなっていたが、未だ勉強は好きじゃない。
きっかけと言えばまぁ、愛実の美大合格を聞いたこと。親や友達より先に僕に連絡をくれた愛実は泣き声しか聞かせてくれなかった。新手の暗号かと思い、「おめでとう」とだけ言って先に切った。
「とりあえず今日からのテストが難関だよ」
「余裕でしょ、今の旭なら」
「買いかぶりすぎ、僕褒められるとダメになるタイプだから」
「じゃぁ褒めない」
「褒められないならやる意味ないじゃん」
僕たちはいつも通り学校へ向かい、テストを受ける。




