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9話『燦燦日照りに女子と海』

「夏だ! っわーい、あっそぶっぞ~!」


 燦燦日照りに焼かれつつ僕は目を眇めて空を見上げた。失敗だった、失明した。しばらく視界の片隅に太陽の残像が……気持ち悪い。


 まだ一分と過ぎていたいのに頭が暑い、僕は帽子をかぶった。


 僕は纏わる夏を払うように手で扇ぐが暖簾に腕押しという結果。逆に熱をもった。


「おう、なんかおっさんみてぇだな」


「気にしない」


「似合ってるよ?」


「うれしくないなぁ」


「早く行こうよぉ……あちぃ」


 退屈そうに声を漏らした茉莉はこの四人衆の中で最も今日という日を楽しみにしていたそうだ。情報元は風太。汗をハンカチで拭いつつスポドリを呷った。スポーツドリンクといえばやはりポ〇リ。


 僕らは駅前のバス停で目的地に向かうバスに乗り、海を左手に揺られていた。真夏の青い海は太陽を全体に浴び、派手なスパンコールみたいに弾けた光を照り返す。僕は前を向いても射してくるこの照り返しが嫌いだ。やはり目がおかしくなった。


「わぁ、海だ! 青いよ」


「去年も見たよね?」


「お兄ちゃん、何あれ? 旗?」


 なんだろうなと困惑の風太兄妹は後ろの席だ。こつんとこぶしを頭に落とし、訊く。


「あれはウィンドサーフィンだな」


 僕はその靡く旗の正体を教えたがそれに対しての「ありがとう」の一言の反応すら返ってこない。


 それから二十分程度で目的地海水浴場へと着いた。


 そこに広がるのは同じく真夏の熱波から逃れ、行水に来た大勢の人々。波打ち際は遠目に流木やわかめの塊が占めているのかと錯覚する光景。彼らは何が楽しくて裸体を陽に晒し灼くのか。この時の僕には理解できなかった。


 ジャンプしたらいつの間に海に、いつの間に水着に、という感じで。


 僕はとりあえず視線を白い肌をレフ版にする櫻木に向けた。


 目の前の淡いピンクのフリルに縁取られたビキニに包まれるそれが何なのか、僕の語彙を尽くさずとも語るに及ばないだろう。大きさ的には僕の手には余るとそんなことを少しだけはみ出したものが告げる。男子の部分が反応しないのはたぶんこういう公衆の場所だからであって、いざというときに発動しない裏切りの魔剣というわけではない。


 目の前の櫻木は僕の視線に気が付き、身を捩らせた。けれど向けられた視線は何か別の言葉を期待するような……。


「あ、あまり見ないでよ……恥ずかしいから」


「ごめん……つい」


 僕はそんな意図を汲み取る事無く茉莉に視線を向ける。腰に巻いた布切れを翻した。パレオというのだろうかとか思いながら視線は下方へ移動する。


 あまり見られたくない、そんな意図は通用しない。胸の前に構えられた細い腕、ないというわけではないがあるというわけでもない胸部、薄ら浮かぶ腹筋、幅の狭い腰、素晴らしき造形の彫刻じみた引き締まった脚。陸上競技でもしていそうなしなやかな体つきだ。ちなみにビキニの色はグラデーションの青だった。そんな風に評価していた僕の視界は何者かによって遮られた。


「見てんじゃねっ」


「見てねぇから安心しろ」


「ちょっとは見ろよ! 女子だぞ!」


 そのあとしばらく僕は男の体温を味わった。気分は最悪。


 僕は海水浴場という場を使って、彼らと同じように服を脱いだ。


 人前で肌を晒すというのはなんだかとても罪悪的な背徳感があった。この時だけ露出狂になってしまいそうだ。けれど自分の男の子がそこまで立派ではないことに気が付き露出狂になることはないだろうと極めてどーでもいいことを虚しく思う。


 そんな僕は波打ち際で節分みたいに海水を浴びせられた。もちろん男子に反撃の手段など無い。「その腰のひもを解いてやろうか」と風太が言うものだから僕は掬った海水を風太にあびせた。代わりに僕の海パンが剥がされそうになった。


 そんなことを一時間くらい続け、疲れ切った僕らは海の家へ来た。


 お昼時の店内は賑わい、特に見た目の派手な大学生くらいが大盛り上がり。臆せず進む風太の背後に潜んで僕は店内をしばらく歩き、四人掛けの円卓についた。


「僕はなんだろうな、シーフードラーメンかな」


「私もそれがいい」


「俺は焼きそばかな、マリちゃんは?」


「私は……カレー」


 茉莉は少しだけ僕らに慣れてきたかもしれない。さっきも櫻木と楽しそうに話していたし。


 来年になれば茉莉は後輩になるかもしれない、先輩と入学前から仲良くなるなんてこれほどのアドバンテージはないだろう。実際、先輩と仲良ければ、という場面は多々あったりする。


 あぁ、あの時せめて先輩と仲が良ければ、僕はいじめの標的にならず済んだのだろうか。いいや、ないな。僕がいじめ側に回っていただけだ。


「旭、エビいる? あとホタテ、いる?」


「ん? あぁそうか。もらうよ」


「ありがとう」


 好き嫌いのあまりない櫻木だがエビ、貝、が特に嫌いだ。北海道のおばあちゃんが送ってきた新鮮なホタテも食べられなかった。あと蟹も、値段とか関係なく。ちなみに僕は大好物、アレルギーになるほど食べる自信がある。


「おっ、じゃぁ俺のもやるよ! ゲソ」


「好き嫌いとかしてんじゃねぇって、妹の前で、なぁ?」


「う、うん……そうですね……アハハー」


「おぉ? なんだよマリちゃん、よく食べ残してお兄ちゃんに――」


 暴露する口に茉莉はゲソを乗せたスプーンを強烈に押し込んだ。


 硬直する風太の隙をついて僕はゲソをあるべきところへ帰した。


 食べ終わり、腹も膨れた僕らは砂のお城を作ったり、堤防を作ったりして遊んでいた。


 海の稜線が赤く染まり、異世界の海みたいに足元まで染まり広がり、次第に迫り、僕らは逃げるようにバスに乗り、右手に海を眺めながら帰った。半分ほど太陽が海面に沈む。櫻木も風太も茉莉も意識はすでに海底の底だった。遠足の帰り道とかもこんな感じだった。僕も肩に櫻木の少し高い体温を感じながら眠りについた。遠足の時も、バスの席で隣は櫻木だった気がする。


 僕は優しくゆすられて目を覚ました。


「着いたよ?」


 降車を促す運転手の声、僕は口元をぬぐい、謝罪して降りた。


「まったく、小学生じゃねぇんだからよ」


「真っ先に寝てた人間に言われたくないね」


 帰りは途中まで同じで、少し先に風太兄妹が降りて二人きりになった。


「今日は楽しかった?」


「あぁ、そりゃぁな、去年は家族旅行みたいだったし、友達と行くっていうのは新鮮」


「それはよかったよかった」


 夏休みまで友達と遊ぶ、ということは僕にはあまりなかった。櫻木はちょくちょく友達と遊んでいる。けれど『友達』って口に出すとなんだか少しだけ恥ずかしい。

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