72話『打ち付けられた頭の痛み』
朝、いまだ心配を濃く浮かべる母は「何かあったら相談するのよ」という。頼らない。
朝食を摂り、家を出る。櫻木はいない。僕は何を期待しているのか、期待していたのか。
故意に合わなければ僕と櫻木が会うことはない。それは知っていること。クラスも違う、僕は部活に入っていて、櫻木は部活には入っていない。下校の時間も違う。登校の時間も違う。帰る場所も違う。何も知らないのだと、今になって思う。
今日もいつもと変わらず飽くことない慈悲もない暴力にさらされる。心は壊れたのか、瘡蓋に分厚く覆われたのかマヒしていた。
夏の大会に向けて切磋琢磨しているはずの時期。今年はきっと県大会にすら進出できないだろう。ここは部活じみたお遊びの場所。こんな惨状だとは知らないバカな女子生徒が嬌声を上げに来る場所。サービスとばかりに更科雄太はスリーポイントシュートを決める。
僕にボールが渡った時は注意だ。
「オラァ!」
ボールを奪うと見せかけて爪が腕を引っ掻き、ボールを取るのはもはや次いでだ。
僕は細く血を流す腕をジャージに拭いつけ、立ち上がる。
「お兄ちゃん頑張れー!」
そんな声が響き。更科雄太は顔を向け、白い歯を見せいかつく笑う。視線の先に僕は櫻木を捉えた。何か言いたげに固く結ばれた口。目が合うと櫻木は目を逸らした。別にいい。辛い顔なんてしなくても。僕は望んでここに立っている。助けないなんて当たり前だ。別に、僕は櫻木を卑怯な、弱いやつ、なんて思わない。それが普通なんだ。僕が強すぎるだけなんだ。
わざとらしく手を踏まれ、僕は顔を歪めないように努め、負けじと食らいつく、ただ僕がここに存在しているだけで充分。これが最大の抵抗だ。
給食が僕の摩耗した精神を補えなくなってきた夏休み目前。夏休みに入ると毎日夕方まで練習の時間が与えられる。僕はうずうずしている。欣然と参加するつもりだ。名ばかりのテストは終わり夏休みを目前に控えていた。
「ことし、花火大会とか行く?」
「行かないよ。僕、部活だから」
「そう……頑張って」
「うん」
少なくとも先輩がいなくなるまで僕がバスケ部にいることができたら勝ち。そしたらきっと櫻木と前みたいに仲良く接することができるようになるだろうか。そしたら花火大会とか行ってもいいかも。
それから夏休みになって。
「今度お前らも誘ってやるよ、ぜってぇヤらせてくれっからさぁ」
セフレだのなんだの会話を僕は片耳に聞いている。殴られて暑苦しく男の臭いがこもった更衣室の壁に背をもたれていた。他校の彼女。それはもはや彼女なのかすら怪しい。
打ち付けた頭がガンガンと痛い。
食べ物のゴミを当たり前のように投げ捨てて彼らは夏休みを謳歌しに行った。




