7話『かわいい女子とのテスト勉強は何かとはかどる』
そんな日からしばらく過ぎてテスト前日。
自宅での勉強会。僕はすっかり部屋の掃除を怠っていた。急いでテレビ台の棚にありとあらゆるものを詰め込んだ。好奇心旺盛に櫻木はそんな棚を開けようとしたが死守した。棚の中に隠した物は切っても離しても忘れられない彼女の忘れ物、捨てるにも捨てられず処分に困っている。きっと今年も来る、その時突っ返そう。あるいは使われるだろう。
お掃除が終わり、櫻木との勉強会の幕が上がり、五時間は過ぎた頃。
僕の視界に壁の時計が飛び込んだ。どんだけ時計好きなんだよ。と思ったがどうやら僕の意思に反した力が働いたらしいことを顎に突き付けられたシャーペンの冷たさに告げられる。
「ほーら、顔上げる。コーヒー飲む?」
「いや、いい。寝れなくなっちゃう」
「いや、寝ちゃだめだからね? 明日……あぁもう今日だ」
「マジか、日変わったのか、寝ないと起きれなくなっちゃうぅ」
「ダメ、勉強。もう今日は徹夜ね。私も付き合うから」
「お肌に悪いよ?」
「ほーら、起きているのに寝言いわないの」
「先生。寝たら寝言は良いんですか?」
ぐりぐりとシャーペンの頭が眉間に押し付けられる。睡眠を欲している頭脳は新しいことを受け入れられない、何度教えられても抜け落ちる。
あ、櫻木って女の子なんだなぁと、寝ぼけながら不意にその胸部を見て思う。あ、埋もれて眠ろうかとか。そういうことを考えている。勉強どころではない。保健のテストだけは満点取れそうだ。実技がないのが実に惜しまれる。だからこの国は少子高齢化の一途なんだ。あーあ。
結局僕はコーヒーを飲んだ。苦くて、酸味があって、とても『超』まずいと思う。けれど眠気を覚ますにはまだ足りなんだ。
国語辞典を開けば下ネタ関連の言葉を調べてみたり、英和辞典を開いても発音がそれっぽいものを探してみたり、僕の脳みそは完全に小学生に退化していた。
「勉強どころじゃない!」
「夏休み補習になってもいいの? 遊べないよ?」
「それは嫌だけどさぁ……こんなの効率悪いって。ちょっとだけ、ちょっとだけ仮眠しない? 頭冴えるよ?」
「しません。私は勉強してるから。もう勝手に寝たら? 赤点とっても知らないからね?」
「……僕、赤点とったことないんだけどなぁ。意外でしょ」
「知ってるよそのくらい。けど今回もそうだとは限らないでしょ?」
僕はその場で横に倒れた。視線だけをまっすぐに、畳まれた膝頭を隠す布。その奥は黒く闇に包まれていた。深淵を覗いてもたぶん見返してくるのはいない。そもそも見えないし。そんな僕の熱烈な視線に気づいてか裾が引っ張られ、完全に闇の中。僕は一つため息。
深夜テンションというやつは実に厄介だ。
とりあえず僕は仮眠した。夢など見ない。
目が覚めたのは三時間ほどして。すでに櫻木は帰ってしまっただろうか。そんなことはないと僕は知っている。一体、年頃の女の子と男の子を一緒に部屋に置いておくのを許す親はどこの誰だ。と思いはしない。たぶん万が一が起こったら責任として結婚させられそうだ。僕としてはうれしい限りだ……。
「まだ勉強してんの?」
「……」
ペンを握ったまま、プリントの草原に顔を埋めて、小さく開かれた桜色の唇はすーすーと静かな寝息を立てていた。
本当なら襲ってしまおうかとか思ってしまう。けれど僕にとって失いたくない存在だ。そんな不正を働いてまでしたくない。それに僕はどちらかというと受けだ。……自分でも悲しくなる。
僕は櫻木の背中にブランケットをかけた。僕はそんな無防備な寝顔の前で勉強。これが妙にはかどった。
「卯月は、誰が好きなんだよ……」
寝ているので答えてはくれない。けどきっとイケメンで頭脳明晰な僕など隣に立つこともできないような人なのだろうと予想する。それが僕のやる気に少しだけ貢献した。