48話『平穏が一番』
朝、僕は優しくゆすられながら目を覚ました。
「やっと起きた、寝坊しちゃうぞ?」
「は?」
最近僕はそう言うようになった。なぜだろうか。たぶんそういわせてしまう原因が多すぎるのだと思う。すさんだ環境に身を置けばすさんだ人間になってしまう、朱に交われば赤くなるというのと同じだ。意味はあっているかは知らないけれど。
「いや、これ遅刻じゃない?」
と、僕は時計と、トークアプリの櫻木からの通知が物語っている。
『何してるの? (イラッ)』『早くしてよ! (涙)』『先行くからね! (焦)』『本当に行くよ? (困)』『もう行っちゃったからね(真顔)』と、僕は見返す。
「なんで起こしてくれなかった! いいや……起きなかった僕が悪いんだ……」
「そーだそーだ、愛実悪くないもん」
「少しは悪いだろ!」
「愛実も今起きたばっかだもん」
かわいい顔が僕の滾るばかりの熱を下げていく。
僕は母に愚痴言われながら軽く朝食を摂り、家を出た。
八時を回っても通勤時間帯の車内はきつい。
校門をくぐり教師にアウトを告げられて僕は敗北。けれど授業を欠席しなかったのはとてもえらい。授業の単位さえ落とさなければ何とかなる。皆勤なんて欲しくもない、ほしいやつにくれてやろう。
何を偉そうに、そう僕は思って席に座る。
「まったく、何してたの? 私まで遅刻するところだったんだからね?」
「ありがとう、遅刻すれすれまで待っててくれて……」
思わず泣きそうになる。そんな休み時間は終わり、昼食時。
「珍しいな、教室でご飯なんて。また妹に拒絶されたか?」
「いや違うんだけど……まぁ、ちょっとな。まぁ」
らしくない、気まずそうに笑顔を作る風太。その顔を僕は知らない。妹と喧嘩した絶望と同等かそれ以下のひどい顔だ。その原因を僕は知っている。
「何かあった?」
「珍しいなぁ、お前が人の心配なんて」
「僕だって人の心配はするさ、いつもと違う動きをする奴は怪しいってね」
「警察かよ。まぁ、ちょっと教室によれない事情ってのがあるんだよ。そういえば図書委員だったよな、なら宮崎って女子、知ってるだろ?」
「あぁもちろん。ま、事情は聞いたけど」
「聞いたのかよ……意外と性格悪いよな……」
「別に僕から好んで訊いたわけじゃない、勝手に話してきたんだ」
「なんだって?」
「『妹と結婚するから、君とは付き合えない』って、言ったって聞いた」
僕は風太の真似をする宮崎の真似をした。
「似てねぇな。でもまぁそんなこと言ったのは覚えてる。聞くとヤベェやつだな」
「今更か、自覚しといたほうがいいぞ?」
自嘲気味に笑う風太はひどく苦い。今までだって大体の告白を振ってきたのにこんな顔、見たことなかった。そもそも興味がなく知らないだけかも知らない。
「で、なんで断ったの? かわいいし、性格だっていいだろうし、妹と仲だっていいみたいだし、優良だろ」
「まぁ、確かにマリちゃんと仲良くしてくれるのは嬉しいよ、あいつあまり友達作るの得意じゃないから。今はさぁ、ほかに大事にしたいものがあるんだよ、彼女作るとかじゃなくて、部活だって、進路だって、やらないといけないこと沢山なんだ。自分のこと妹の事で手一杯で……まぁ、俺と付き合うくらいならよっぽど暇人なお前とかの方がいいよな」
「なんで僕が。それに僕が暇に見えるとはひどい話だね」
「俺は誰かと付き合わないよ、確かにモテるのは嬉しいけど、今は茉莉がいるから。せめて大学行くなら大学卒業までは傍にいてやりたいし」
「なんだそりゃ」
「お前にはわかんねぇし、教えねぇよ」
僕は彼の家庭環境など知らない。立派な立地で、立派な家に住むくらいの外的な事しか知らない。教える気のないことを訊くのは憚られる。
「そういうお前こそ、幼なじみとは上手く行ってんのかよ」
「あれ? 言ってなかった? 僕一年の春に振られてるけど?」
「聞いてねぇよ! なんだよそれ!」
超面白そう、そういう反応を示した風太に僕はちょっとイラっとした。
まぁ元気を取り戻したなら僕の悲しみも無駄ではないのかもしれない。
「ほかに好きな人がいるんだってさ。僕だって好かれるように努力はしてるんだけどね」
ふいに風太はスマホに視線を移動してしばらく僕の言葉に返答せず、僕は気になりのぞき込む。
「みんなよ人のメール」
風太は僕の額を指で押し戻した。
それから放課後。宮崎は顔を出さないかと思ったけれど出した。いつもと変わらぬ態度で。昨日のことはなかったように。わざわざ掘り掘り返すように憐れまれるのは望んではいないだろう。
「センパイって男子って感じしないですよね」
「するだろ、顔とか、身長とか。言葉遣いとか」
「全然、だって先輩背もあまり高くないし、顔も掘り深くないし、言葉遣いは……まぁ男子なんですかね? というかそれにしてもなんで肌そんなに綺麗なんですか? ちょっと引く」
「あれだろ、人と接しないし、悩まないからだな」
妙な反応をされたが特に気にはせず。櫻木も交えグダグダと「あの先生が嫌い」「同級生の男子が」と他愛のない雑談をしながら、与えられた仕事をこなす。
僕はこういう距離感がやはり好きだ。話す間に緊張など無いこの感じ。




