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4話『喜ぶプレゼントは人それぞれ』

 秋谷と櫻木が学校で言葉を交わすことはほとんどない。


 それは「避けられている」とか、そういうマイナス思考に陥る要因ではない。


 ただ単純に櫻木を囲む、そういう女子の肉壁を割って入る勇気がないからである。そんなことをした日には女子からとてつもなく痛い視線を浴びることになる。「幼馴染? で? だから何?」という目。


 けれど櫻木は優しく、「気にしないでいいのに」という。気にしない男子がどこにいるというのだろうか。秋谷は見たことがない。


 そんな風に考えていると次第に、長く細い針を突き刺した時のような深い痛みを感じた。


 どうやら考え耽っていたらしい。肩を激しく重たく叩く菊池と目があった。


「ボケっとしやがって。聞いてんのか? おい」


「ごめん。どうでもいい話だと思って。なに? 聞いてなかった」


「どうでもいいってなぁ…………だから、マリちゃんの誕生日、来るだろ?」


「は? ペットの誕生日か何かか?」


「ペットじゃねぇよ妹だ! 茉莉、明後日十五歳の誕生日なんだよ……その、なんだ。来るだろ?」


 上目遣いに見てくる菊池。驚くほどときめかない。だからという訳ではないが乗り気ではない。秋谷は疑問符を浮かべ、「なぜ?」とつぶやく。菊池はコホンと咳払いを一つ。


「なぜって? 人が多くて困ることないだろ。それに、こんなこと言えるの、お前くらいしかいないんだよ」


「まぁ、だろうな」


 なぜだろう、とてもうれしい言葉なはずなのに全く、微塵も、幾何すらもうれしくない。


 けれど無碍に断れない理由があった。本当ならすぐさま「無関係だ」と払い下げしたいところだ。顔の前で懇願するように掌を合わせる菊池。秋谷は小さく息を吐いた。


「明後日? わかった、考えとくよ……」


「おう、サンキュ。あと、櫻木さんとか連れてきてくれてもいいからな⁉」


「さてはそっちが本命か?」


 絶対に行っても呼んでやらないと決めた。


 菊池は「ないない」と白々しい笑みを浮かべながら手を振る。


 それから放課後。午後の授業はいつの間にか終わっていた。なぜだろうかと振り返ると一つの結論に至った。寝ていたから――


「櫻木さん、どれがいいと思う? ここはぜひ女の子代表としてご意見を」


 アクセサリー売り場を前に菊池が頭を下げる。櫻木に。


 菊池がいいと思ったものを渡す。けれどそれは些か幼すぎる気がしなくもない、女の子が好きそうな、という偏見に基づいて選ばれたアニメキャラクターが描かれた髪留めだったり、ハンカチだったり、洋服だったり、カバンだったり。中学三年生の女の子が身に着けていたら最悪、いじめに発展してしまいそうだ。ある意味そう言った心配はないのかもしれないけれど。何せ菊池の妹はお家大好きっ子。ステイホーム。


 櫻木はそんな品々を前に、苦笑を張り付け選評する。


「うーん、かわいいとは思うけど…………そもそも妹さんって何歳だっけ」


「十五歳、来年は高校生! 『お兄ちゃんと同じ高校に行く』なーんて張り切っちゃって――」


 櫻木の笑顔のまま硬直した視線に菊池はようやく口を噤み、取り直すように咳払い。改めて「どうしたらいいかな」と控えめに聞く。秋谷に。


「さすがにアニメキャラはないんじゃない? そもそも好きなわけ、こういうの」


「まぁ、小学校くらいまでは見てたけど……」


「中三なら少し大人っぽいのがいいんじゃないかな、日常で使えるようなものとか」


 と櫻木はショーケースの方に視線を向けた。そう顎先で促すと菊池は感心気に頷き、足を向けた。


 というかプレゼントなんて心がこもっていればいいのではないか、そう思うが現実、血縁者ともなるとそうはいかない。金、ジュエリー。高そうな、いわば売れそうなものが欲しいはずだ。


 ショーケースには腕時計がある。スマホ社会の現代において過去の産物として扱われる腕時計。手元のスマホを開けば時間が一目でわかる。けれど腕時計があれば便利だ、という状況は案外多くある。それに中学三年生、今年あるいは来年は受験だろう。必需と言えよう。櫻木はあたふたする菊池の肩を軽く叩き、指さす。レディース物の小さな腕時計。そのくせして万を行く。これはないだろうと秋谷が言おうとするが菊池はお財布と相談していた。


「この中だとどれがいいかな」


「このあたりなんかが無難じゃない?」


 もうお買い物は二人に任せようと、秋谷は近くのベンチに腰を下ろした。


「わかった! じゃぁ、店員さんこれください!」


 そんな風に言う後ろ姿が見えた。さすがシスコン。お金は惜しまない。


 戻って来た菊池は紙袋を胸の前に抱えていた。その姿はまるで母の日のプレゼントを買った子どもみたいだった。それほど妹に対しての愛情があるということ。家族想いは良い事だ。けれどそれも行き過ぎれば引かれる。


 そんな菊池の背中を見送った帰り道。秋谷は不意に聞いた。


「なんで腕時計だった?」


「ん? 特に理由はないよ?」


「適当か」


「テキトーじゃないよ。私がちょうど時計なんか欲しいなぁって思ったから」


 今年の誕生日プレゼントを渡すことがあれば時計で決まりか、と秋谷は思う。去年、秋谷は『女子ってピンクで、ハートで、ネックレスだったら好きだろ』と思って買った気がする。そういえば櫻木がそのネックレスをつけているのは数回しか見なかった、高校に入ってからは一度も見てない……そもそも、あげたその時つけた一回しか見てない気が……うッ。


 頭を抱える秋谷に櫻木は優しく言った。


「大丈夫?」


 自宅までは大体十分ほど。櫻木母が夕食に誘ってくれたが気分ではないので断った。

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