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3話『モテない彼の性癖』

 僕らが通う高校は県内でも五番目に入る所謂進学校だ。けれど別に偏差値が特別高いということはない。県自体の頭が低い。女子の顔面偏差値はまぁまぁ高いと思う。特に一年と三年は。二年の女先輩方はあまり。集会の時にまれにおっという存在を一人二人と見るくらい。


 ちなみに勉強面と生活面はあまり一致しない。学年に一人くらい生真面目はいる、けれど別に言うて勉強が得意という訳ではない。学力で人は測れない。その逆も然り。大体どこの学校の生徒も変わりない。変える要因としては校則くらいだろう。高校生という有り余る活力を内に秘める知りたい盛りの年頃、抑えつければいずれ爆発するだろう。


 櫻木の勉強会は校門を前に終わりを迎えた。


 校門を過ぎるとサッカー部、野球部、陸上部等々様々な運動部の掛け声が大きく聞こえる。さらに吹奏部や軽音の楽器音が混ざり混沌とした喧騒がより一層濃くなる。


 グラウンドから聞こえる声はサッカー部のもの。そちらに目を向ける。入部して約三か月が経とうとしている一年に指導する先輩の背中。先輩を前に横一列に並ぶ生徒の一人が顔を上げ、手を挙げた。そんな姿に苦笑いし、秋谷は手を振り返した。


「完全になめてるよな」


 先輩が彼の挙げた手を掴んだ。それは一見すると勝者を讃えるような構えにも見える。けれど絶対に違う。注意されているだけだろう。そんな彼を見て面白がった櫻木は手を振り上げ声を張った。


「風太部活ガンバー!」


「やめろって、部活中だろ、絶対に怒られてるから」


 菊池は先輩の肩から顔をのぞかせ、掴まれているのとは逆の手でサムズアップ。そんな菊池の頭を先輩は小突いた。先輩の足元にしゃがみ込んだ。そんな姿に軽く「悪いな」と心の中で謝り、校舎へと向かった。


「旭は部活、しなくてよかったの?」


「部活はいい、僕は集団行動が嫌いだ」


 秋谷の中学時代。秋谷は、弱小、廃部寸前、問題児の温床、問題児を放逐するバスケ部に所属していた。屈強な、女癖の悪い、ガラの悪い(中も悪)先輩は容姿がムダに良く、フリースローを決めるだけで女子を沸かせていた。けれどまぁ見た目通り性格は悪く、秋谷がシュートを外すと部活後、先輩は秋谷を囲み責め苦を味わわせた。とりあえず練習用のゴールリングも持ち、僕の顔はバックボード代わり、ちょうど目にあたる部分がバックボードの角。という今でも思い出そうと思えば思い出せる悍ましく痛ましい日々。


 けれど秋谷の精神は強く。あと一撃受ければポッキリ逝きそうだったすれすれまで耐え抜いた。そんな寸前の場面で秋谷は救われた。助けてくれたのが誰なのか意識を失っていた故に鮮明に思い出せない。未だにお礼も言えていない。そんな心残りを抱きながら高校生になった。おそらく心残りを解消する機会は永遠にないのだろう。


「あーそういえば毎日痣作ってたもんねー」


「バスケ部はハードなプレイが求められるんだよ。僕は高校からは自分の体をかわいがろうって決めたんだ」


「私は高校でも帰宅部かなぁ」


 ちなみに帰宅部は部活ではない。


「陸上とかやったら戦力になりそうだけど、一〇〇メートル走とか」


「え~? そんなことないでしょう、まぁ、走るのは好きだけどね」


 そういって櫻木はローファーをパカパカ鳴らしながら走った。どうやら負けたら自販機を奢らされるらしい。今のうちにどこで買えるかネットで調べておこう。


 昇降口で息をぜぇぜぇと切らしていた櫻木が恨めしそうにのんびり歩く秋谷を見据える。


 秋谷は走り去った櫻木を見送り、体育館隣に設置された自販機でお茶を買っていた。


「ありがとう……って違うでしょ! 普通競争でしょ」


「やだよ、朝から汗を流すほど充実した青春なんてしたない」


 抗議の視線を背中に受けつつ、上履きを落とし、ローファーと入れ替える。床に転がった上履きをつま先にひっかけ、かかとを潰さないように履く。


 秋谷と櫻木が話す内容はそこらの生徒と変わりない。今日の授業についてとか、宿題忘れたとか、ネットで見つけた記事とか、時事問題とか、最近流行り・お気に入りの動画とか。


 櫻木の中では調理動画を見るのが最近の流行らしい、調理といっても適当に作っているのから、超真面目に作っているとピンキリ。櫻木の好きなのはどちらかというと前者らしい。どう考えても人が食べるものではない料理を見て大げさに目じりの涙を浮かべて笑うのだ。横に流れるコメントに「うっす」「薄っす」と流れる。


 秋谷が見るような動画は様々なものをプレスやらなんやらで圧し砕くというもの。


 笑いながら歩く櫻木はいつの間にか数人の女子を引き連れていた。どこで引っ付けてきたのか不思議だ、砂鉄と磁石みたいだ。そんな集団から離れるように秋谷は足を止める。別に苦手、という訳ではない、ただその群れに青一点男子が居たら完全な異分子で奇妙。不審者として通報されかねない。


 とはいうものの櫻木とは同じクラスだ。


 秋谷の席は後ろ戸に一番近い角席。櫻木は窓際の一番後ろ。最高の席だ。そんな櫻木の席の周りにはまた数人追加された。やはりそういう磁場を作っているのだろうかと興味深く観察したいところだがやめた。


「よっ、おはよう」


 同じく汗を流した友達と別れ、柑橘系の制汗剤の香りを振りまきながら入室してきた彼の名は菊池(きくち風太ふうた。サッカー部に所属する男子生徒。先ほど校庭で先輩に頭突きかまされていたのが彼。菊池とは高校からの付き合い。座席は後ろの戸に最も近い角から左に二番目。要するに秋谷の左隣だ。顔のいい彼と話すようになったきっかけはお隣さんだから、ということに他ならない。そうでもなければ一生付き合うことのない面。


 肩にポンと置かれた手が離れ、秋谷は左に向く。


 ジャージ姿で、青いジャージはクラスではかなり浮く。衣替え移行期間を過ぎたこの時期の男子生徒は総じて白のワイシャツ姿。運動部の生徒が多いクラスでは半分ほどがジャージだったりする。むしろワイシャツが浮くという事態も起こりうる。けれど女子なんかはそもそもカーディガンとか羽織っている生徒が多い。黒とか紺とか、特に規定はない。


 ちなみに櫻木はベージュのニットを上に着ている。スカート丈も膝より高い現役女子高生然とした格好だ。


 秋谷は机にカバンを置いた菊池に軽くよっと手を上げ、


「部活お疲れさん」


 菊池は「おう」と返し、椅子の背もたれに手をかけ、視線を櫻木のほうに向けた。


「いいよなぁ、幼なじみはー、俺もあんくらいかわいい幼なじみがいたらなぁいろいろ捗るわ」


「かわいいかわいい妹がいるじゃん。それで我慢しろって、シスコン」


 風太は知る人ぞ知るシスコンだ。この前不意に背後から菊池のスマホを覗き見たら驚愕、スマホのホーム画面が妹とのツーショットだと知った時には背筋が凍り付いた。頭おかとしか思えないが、それは言わないことにしている。人の性癖なんてキモくて当たり前。


 秋谷はそういう精神異常としか思えない性癖でも受け入れるようにしている。寛容だ。


「やぁでもほら、妹じゃん? あくまでも血を分け合った仲だ、捗りゃせん」


 と菊池はまっとうな事だろう? とでも言うように腕を組み頷き言う。


「ごめん、何が言いたいか僕にはわからないから。詳しくもう一度言って?」


 二度目、聞いた言葉は毎回右から左へと流した。真面目に聞くと本気で軽蔑しそうだ。仮にそうだとしても僕から彼を除外したらいよいよ友達が底を尽いてしまう。


 彼がイケメンなのにモテない理由はここにあった。妹が居なければ彼はきっとありとあらゆる女子から告白されていたに違いない。


「顔が顔だけにほんと、残念だよな」



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