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21話『窓際席で見た夢』

 そんな日からあっという間に月日が流れ、十月。まだ薄手の格好でも問題はない気候。


 ちなみに僕らのクラスは『食べ物部門一位』の称号を得た。


 文化祭が終わりすぐに席替えがあり、僕は念願の窓際を手に入れた。この席は季節を濃く感じる。窓から射す日差しは温かく包み、窓から吹く風はわずかに秋を感じさせる。


 そんな窓側の席になると今まで授業中、寝ることのない真面目な生徒会長すらもぐっすり夢を見てしまうという。


 だからもちろん特に真面目でもない僕にこの席を渡すと寝てしまう。


 僕は夢を見ていた。不思議な。薄暗いコンクリート質な十畳ほどの部屋。壁を薄ら覆うのはロッカー、緑色の扉と対面して、足先には自分の影を、高い場所の小さな上開きの窓から射す光が伸ばした。


 何度目かの瞬きで、目の前に人を造りだした。背丈の小さい、少し気の強そうな顔つきの少女。それがだれか僕は忘れていない。中学二年の冬、この更衣室が身を刻むような冷気に包まれていたそんな季節。寒い時期の打ち身はひどく痛む。僕は強くない、だから的になるのも仕方ない。堪えればいい。口の中が切れても別に死ぬわけじゃない、突き指の方が痛い。そんな弱い僕を見かねて怒った少女。後輩の宮崎。中学を卒業して以来一度も会っていないそんな少女は何かを僕に言うようにゆっくりと口を開いたところで僕の窓からの日差しに起こされた。


「秋谷は昼寝で欠席、と」


「起きてます」


 フン、と鼻で関心気に返事を返す数学の教師。


「じゃ、この問題解いてみろ、解けたら昼寝は不問にしよう」


 お昼過ぎ、胃にものを入れての授業は妙に眠い。


 僕は目元をこすり、席を立ってしばらく黒板の白い文字を眺める。黒板といっても深い緑色。思わず僕は、先生の授業が退屈だから悪いんだ、と思いながら欠伸を一つ。


 その反応に呆れたようにため息を吐いた教師は何も言わず質問の相手を変える。


「じゃぁ三谷、代わりに答えろ」


 返事の代わりにため息を吐いて、僕に一瞥もなく打ち合わせでもしていたように解答する。


 僕はさっきまで見ていた夢を思い出そうと瞼を瞑るがすでに泡沫のように消えていた。瞼を開くと数学教師の顔がある。彼は泡沫のようには消えてくれないらしい。


 特に知りたい、という欲求はなかった。それが夢の良いところだ。


 僕はぼうっと時計の秒針を眺めていると今度は視界に手が入った。


 横を向くと首を傾げる不思議を浮かべた顔があった。櫻木だ。どんな表情でも似合うなぁ。


「窓際ってつい眠くなっちゃうよね」


「卯月は一度も寝てなかったよな」


「無防備に寝顔は晒しません」


 僕の前では無防備に晒してくれるのか、うれしいなぁ。同時に意識されていないのかもしれないと思い複雑な心境になる。


「なぁ、中学の時ってさ……」


 中学時代、櫻木は僕がイジメめられていたということをどんな解釈であれ知っている。ただ僕はかたくなにイジメられてないと突き通した。


 当然のことだが当時帰宅部だった櫻木は僕と関わった後輩のことなど知らない。


「ん?」


「いいや、なんでもない」


 櫻木の口をふさぐように担任と黒板の上に構えたスピーカーがホームルームを告げた。


 特に話す内容もないようですぐに終わった。日直が「起立、礼」とメリハリの利いた声でいつものように学校生活の一日を終わらせる。放課後のクラスでの会話は特に変わらない。男子は遊びの事とかで、女子はあまり男子の前で話せないようなことを話し放課後を過ごす。


 僕はそんな学校に用事なく未練なく帰る生徒の姿を横目に掃除用具入れに手を突っ込んで箒と塵取りを取り出す。


「じゃぁな、掃除がんばれよ~」


「掃除は頑張るものじゃないだろ」


 そう返すころには風太は部活へと消えていた。今度の大会は全国らしい。


「手伝うよ? 貸して」


「別に要らないけど。そっか、助かるよ」


「ありがとう、って言うだけで良いんだよ」


 本当なら四人ぐらいで掃除をする。けれど運悪くみんな体調不良でいない。四十人ほどいる教室を一人で掃除するには手に余る。かといって自主的に手伝ってくれるわけがない。掃除なんてみんなやりたくないものだ。責められることじゃないし、気負う事でもない。


 ぐちぐち言いながら適当に掃除しているように見せればいいだけの簡単なお仕事。にもかかわらず僕と櫻木は黒板の下まで掃きに行く。


「あ、ごめん」


 掃除を察して足を退ける女子生徒。ここで足を退かさず、暖簾に腕押しの押し問答を繰り広げることもあるが、生憎そんなドラマのようなことはなかった。大体性格のいい人ばかりだ。ただ無意識なだけ。


「よし、終わった?」


「大体ね、残りは明日の担当に任せよう」


「それテキトーなやつじゃない」


 昇降口に並ぶ下駄箱からローファーを床に落とし、上履きを代わりに押し込む。


 昼時はまだ温かみのある風だったけれど、夕方ともなると風はひんやりとしていた。


 今日は普通に生徒の流れの一部になって駅に向かった。狭い通路は自転車なんかが来たらいちいち止まる。とても不便な道だ。


 ホームは下校の生徒が大半を占める。それなりの喧騒でにぎやかだ。公衆の場ですら黙ることができないのは如何なものかと思うがそういうものなのだろう。放課後特有の空気はどこでも感じる。


 到着した電車、開くホームドア、僕らはいつも通り乗り込む。座ることはできないが比較的すいている。窓際でいつものようにネットで流行りの動画やら画像やらを見つけては交換している。座席の真ん中でスキンシップの激しい他校の生徒。僕は十秒ほど冷めた目で見ていたがいよいよ気づくことはなく最寄りに到着した。


「さっきのみた?」


「さっきの? あぁ」


 降りて改札をくぐると櫻木は何とも言えない表情をしていた。面白いものを見たような、怖いものを見たような、珍妙な生物を見てしまった顔だ。


「カップル?」


「そう、なんか、すごいよね。あぁいうの若気の至りっていうのかなぁ」


「僕にはあんな勇気はないな、尊敬するよ」


「幸せそうだよね」


「だろうな、お花畑過ぎる気がするけど」


 さすがの僕でもあれは素で引いた。妬みとかではなくて、憐れみすら覚えた。


 今時動画に収められネットの海に投下され、様々なコメントに飾られるのだろう。


 寝る前、そんなネットにあふれたありふれた収拾がつかない短い動画を見て夜を過ごした。

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