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11話『角がなければただのG』

 夏休みが始まって八月に入り一週間が過ぎた頃。窓ガラスを叩くセミの喧騒はこの部屋にまで届く。トイレで踏ん張っているとなんだか応援されている気分になるがそんなもの不要だ、一人でできるもん。


 朝、起きてカーテンを開けたら網戸にセミがいたことはさすがに驚いた。窓を叩くとセミは「ヴィィ!」とだけ残して負け台詞を吐き捨てる悪党のように去っていった。


 この夏という季節はセミをはじめとして様々な虫が跋扈している。


 そんな今日という夏の一日。母から新聞をとるように頼まれた僕は文句を口遊みながら外に出てポストから新聞を抜き取り、僕は家の壁を不意に見た。そこには一匹、黒光りした異様な威圧を放つ立派な体つきのG……ではなく凛とした角を持つ立派なカブトムシだった。ちなみにカブトムシの成体の外見はキモくないから触れるし掴める。胸の角、と呼ばれる部分をつかみ、壁から引きはがし、片手に持って部屋に入った。新聞をテーブルに置き、僕は自室の机の上にカブトムシを置いた。


 なぜ連れてきたのか自分でもわからない、きっと男の子の心が反応したのだろう。かっこいいし。本当ならクワガタの方がいいけれどあれは未だに持ち方がわからないし、挟まれると痛い。


 そのカブトムシは使わなくなった水槽へ。僕は責任もって飼うことにした。自由研究の宿題があれば日記くらいつけようと思う、がそんなものはなく眺めるにとどめる。


 カブトムシの一日は見ていて全く面白味など無かった、エサのゼリーを食って、歩いて、土を掘って木の下に隠れる、それっきり出てこなくて僕は飽きた。


 それから一週間が過ぎた。


「なぁ、自慢の妹居るよな。自由研究とかあるか?」


 どうやらまだ手すらついていないらしい。課題の提供を求める風太に僕はスマホ越しに微笑んだ。


「そうか、じゃぁ、今から行くよ」


 用件を伝え忘れたがとりあえず家にいるらしいから僕はカブトムシを虫かごに容れ紙袋に入れて電車に揺られ風太のうちの前に来た。


「ほぉ、こりゃ立派なカブトムシ」


「だよな、男子心くすぐられるよな。まぁ、自由研究にでも使ってくれ、解剖なり標本なり」


「殺されるしか未来はないのか……可哀想に。ちょっと待ってろ、マリちゃんに見せてくる」


「おう……、……それもって行くのか、見せるのか、マジか」


 普通の女子は発狂する。見た目とかじゃなくて虫だ、角を取ったらしょせんはゴキブリとも変わらぬ見た目のカブトムシ、櫻木なんて中学の初めまでクワガタのメスとゴキブリの区別がつかずとりあえず殺虫剤撒いていたぞ。


 それからしばらく、僕の前に置かれた烏龍茶みたいな風味のビンのお茶を半分ほど飲んだあたりで風太が降りてきた。


「大丈夫か? 気絶されなかったか?」


「は? しねぇよ。マリちゃん昆虫の中だとカブトムシが一番好きだし」


「マジか、どんな教育を受けたらカブトムシを好きになるんだよ」


 とりあえず僕はカブトムシの里親を見つけ、茉莉に自由研究の素材を提供した。風太に感謝されると気分がいい。僕は一週間ほど愉悦の余韻に浸る。


 そんな夏休みは気が付けば終わりを目前にしていた。

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