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俺のスローライフは異世界からの侵略を防いでいるらしい

作者: 万里

 スローライフ。

 なんていい響きだ。昔から憧れていたが、30歳を超えたあたりから、その憧れは抑えようもないほど強くなった。そして40歳となった今年、俺は勤めていた都心の病院を退職し、遠く遠く離れたこの地にやってきた。この日のために蓄えてきた資金で山奥の廃屋とその周囲の土地を買い、自分で家を修繕しながら畑でも耕してのんびり暮らすんだ。

 

 憧れのスローライフを開始して2ヶ月も経った頃、この地域一帯を嵐が襲った。未だ修繕途中の家が吹き飛ばされないか不安で、一番太い柱にしがみついて眠れぬ夜を過ごした。深夜に一度、鼓膜を震わせる轟音が響き渡ったが、我が家は無傷だった。どこかの木に雷でも落ちたのかもしれない。

 翌朝、俺は周囲を確認するために、近辺を見て歩いた。

 家の裏手に位置する洞窟の前に、小さな生き物が倒れている。狸かイタチか、と思い近づきよく見ると、それは小さな猫だった。子猫ではない。子猫サイズの成猫だ。俺は不思議に思いながらも、怪我をしている様子の猫をそっと手ぬぐいでくるんで家に連れ帰り、怪我の手当をした。前足に浅い傷があるだけで、人間専門の医者である俺でも手当ができたのは幸いだった。

 しかしこれからこの猫らしき生き物をどうするか、そう考えていた時、彼が唐突に身を起こした。そして、止める間もなく走り出し、開け放ったままだった扉から出て行った。その一瞬の出来事に唖然としていたが、こちらに噛みついたり暴れたりしなかっただけ良かったと思うことにして、小さな猫の存在は忘れることにした。世界にはまだまだ不思議なことがあるものだ。

 

 だが、それから数日後、俺の家に来客があった。あの小さな猫だ。今回は、もう一匹別の猫を連れていた。彼は大きな丸い目で俺を見上げて、小さなかわいらしい声で言った。

「先日はありがとうございました。長年の研究の結果、ここは我々の住む世界とは異なった次元に存在することがわかっています。我々は、この世界への侵略……移住を考えています。あなたは、伝承にある門番ですね?」

 違います、と答えそうになるのを咄嗟に堪えた。

 これは、思ったよりもずっと意味のある質問に違いない。直感でそう思った。猫が喋っている事実については後から驚くことにして、俺は慎重に答えた。

「……だとしたら?」

 俺の言葉に、猫たちの目がすっと細められる。

 

 このおんぼろ小屋が、異世界からの侵略者に対する前線基地となった瞬間だった。


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