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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編置き場

タイムマシーンのエレジー

作者: まるぱんだ

生まれて初めて、残酷なものを書きました。現実の私とは何の関係もないです。ただ「タイムパラドックス」を描こうとしただけなのです……

 小学校高学年の頃だったと思う。


 確か、何でもない日、ただ普通に学校の廊下を歩いていたときだった。


 あの時期のことだから、きっと本でも読みながら歩いていたのだろう。タイムスリップのファンタジー小説が流行っていたから、それを読んでいたと思う。


 隣に誰かが居た記憶はない。多分居なかっただろう。あの時、本だけが私の友達だったから。本の小さな四角形を入り口とした、どこまでも続く広い広いあの世界こそ、私の全てだと思っていたから。



 本当に、何の前触れもない。


 突然の出来事だった。



 背中、それも真ん中に、鋭い、ただならぬ痛みを覚える。



 その瞬間は、ただ衝撃が走っただけだった。


 しかし、それはやがて痛みと化した。


 同時に、背中の中心部に温かさを感じ始める。心地よいものではない。生ぬるいものが、広がっていくような。来ていたシャツが張り付く感じがして、そこが濡れているのだとわかった。


 そこに手をやり、初めて事の重大さを知る。


 手に、ぬるぬるしたものが感じられたのだ。


 急いでそれを見ると紅に染まっていた。


 それが血だとわかった瞬間、ようやく真の痛みが体中を走り回る。



 な、に……これ。



 頭が真っ白になる。


 視界が、床に広がった赤い水溜まりで埋め尽くされた。



 いたい……。



 駄目だ、座っていられない。



 糸の切れた操り人形のように、その場に倒れ込んだ。


 しかし、それでもなお、重力に引っ張られる感じがした。


 これでもかというほど強い力で。


 むしろ、地面に縛り付けられるように。



 視界が、モザイク画のようになる。


 手先から温度が逃げていき、私はそこに居るのか居ないのか、ここにある体が自分のものなのか、この体の境界がどこなのか、生きているか死んでいるかさえ、分からなくなった。



 もう、自分は死ぬんだ――。



 そう確信し、絶望する間もなく、意識が遠のいていく。






 どれくらいの時間が経っただろう。



 ―――――、――ん、――ちゃん。



 私は、自分の名を呼ぶ声で目を覚ました。



 あぁ、ここが天国なのかな……。



 しかし、そうでは無かった。


 開いた目のすぐ前に居たのは、生きているはずの養護の先生だったのだから。


 よかった、気がついたのね、と彼女は言った。


 ゆっくりと体を起こす。


 もう、痛みも何もなくて、そこには正真正銘の自分の体があった。


 私はベッドに寝かされていた。真っ白なベッドの上に私は居た。


 シーツは汚れ一つない、純白だったのだ。


 急いで背中に手を当てる。


 傷一つない、滑らかな肌がそこにあった。


 頬をつねれば、普通に痛い。


 ここは、現実だった。


 先生によれば、廊下で私が倒れているのを見つけて、急いで運んできたという。頭を打ったわけでも無さそうだし大丈夫ね、一応お医者さんに見てもらったら? と言われた。怪我とか見当たりませんでしたか、と聞けば、首をかしげられた。


 検査しても異常はなく、夢だったのだろうと思ってそのままにしていた。



 ずっと、この時のことは忘れ去っていたのだった。













 それから、十年以上の年月が流れた。


 私は秘密研究員として働いていた。


 幼い頃からの夢を追究するため。いや、人類の永遠の夢を、自らの手で叶えるため。



 それは、タイムマシーンの開発。



 そのために研究を重ねてきた。


 一人では到底不可能なこの研究もチームで歩けば速く進む。


 完成の、ほんの一歩手前だったのだ。


 そんなとき、事件が起きる。


 一人の操作ミスで、試運転をしていた仲間が現在の世界に帰ることが不可能になった。転移先の関係上、この失踪は彼女の死に等しいのだと、チームの誰もが知っていた。


 その操作をしていたのは後輩。だが、彼は私の指示のそのままその通りに動いていたのだ。


 そして、運悪くもその仲間はチームの中心だった。


 もう、チームのプロジェクトが終わったも同然だった。


 今ここで自らの命を絶ったところで、彼女は帰ってこない。死んでも死にきれないだろう。だが、それでは済まないのが明白だと思えた。



 なにしろ、私が悪いのだ。



 私のせいで。



 私一人のせいで。



 私がここに居なければ。



 私が、タイムマシーンなど、夢見なければ。



 いや、私が、初めから()()()()()()()




 そしたら、何もかも上手くいっただろうに。




 その感情に任せ、私は試作品のタイムマシーンに身を投げる。


 私に残された道は、一つしかない――!





 視界が、ぐにゃりと曲がる。


 マーブル模様の海の中を踊るように、泳いで進んでいく。


 飛び込む前、設定した行き先は、私の母校の小学校。


 手には新品のナイフが銀白色の妖しい輝きを放つ。



 寸分違わず、見慣れた、しかし長年見なかった、懐かしく馴染み深い校舎の前に着地した。



 一階の窓から、リノリウムの廊下が見える。


 そこを一人で、しかし寂しげな様子をつゆほども感じさせず、一心に本を読みながら歩く少女がいる。


 脇を走る少年たちに、きっと彼女は見えていない。


 彼女の読んでいる小説の表紙には、『タイムマシーン』とあった。


 顔を見る。


 間違えようもない。


 あれこそ、幼少期の私だ。



 あの本を読んでいたときから、運命が回り始めたのだ。



 私は、一息に、しかし音を立てぬよう、校内に忍び込む。


 手にナイフの柄を握りしめ、「私」の背後を取る。



 そして。



 刃が、一思いに「私」の背中を貫いた。



 少女が、短い呻き声を上げる。


 真っ赤な血がナイフを伝って流れる。


 手に不気味な感触を覚え、背筋が突然縮もうとする。


 そこで、ようやく我に返った。


 同時に、思考が停止する。


 目の前の少女を殺したのは……誰?



 私は、……――私は、今、何をした?



 人間を、二人も殺した……?



 取り返しのつかぬことをした。


 その気持ちは、少女が流した血の分だけ色濃くなる。


 赤い水溜まりが小さく見えるようになる頃には、もはや壊れた心をぶら下げて、呆然と立ちすくむことしか出来なかった。







 少女の意識が薄らいできた頃、異変が起こる。





 ふと足元を見れば、私の足が透き通っていたのだ。


 何も足だけではない。


 身体中の輪郭がぼやけていた。


 ナイフさえも。


 そこに本当に私が存在するのか、体の境界がどこなのか、生きているか死んでいるかさえ、分からなくなった。


 唯一分かったのは、目の前の少女の背中の傷はすうっと消え始め、血溜まりは蒸発とは思えないほどのスピードで消えていったということだ。




 視界が、ぐにゃりと曲がる。


 マーブル模様の靄に包まれ、目を閉じる。







 次に目を開けたとき、私はタイムマシーンの前に立ち尽くしていた。


『ERROR』


 目の前に、そんな文字列が鮮明に浮かんでいた。


 手の中のナイフを見る。血の赤に染まったはずだったのに、くすみ一つない銀白色の輝きを見せている。


 ふと、幼少期に経験した不思議な出来事を思い出し、ハッとした。




 あの時私は、「私」に()()()()()()


 そしてたった今、私は「私」を殺した……殺したかった……殺そうとした――殺せなかった。




 もう一度、タイムマシーンを見る。


 全員が取り囲んで慟哭し、あの仲間の身体さえ二度と帰ってこない代わりに、その機械が彼女の墓標となっている。



 ふと、入会当初彼女に教えてもらった、「タイムパラドックス」の話を思い出す。


 そこで、すべてを理解した。


 あの失敗は、もう取り返しようがない。


 大成した、タイムマシーンの力を借りようとも。


 何の罪滅ぼしも出来なかった自分が情けなくて、私に大事なことを沢山教えてくれた彼女が戻ってくることは永久に無くて、……。



 私は、溢れるままに涙を流したのだった。

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