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バッカス王国の物語

ノッカー・アップの想い人

作者: ▲■▲



「ぅー……起きよ……」


 早朝。いつもの時間に目を覚まし、ベッドから抜け出す。


 顔を洗って服を着替え、階段を降りて一階の厨房へと向かう。


「パパ、ママ、おはよー」


「ああ。おはよう」


「おはよう。7時の鐘ならまだ鳴ってないわ」


「そっか。もうそろそろかなー? それまで皮むきやっとくね」


「そうか。じゃあ、これを頼む。鐘が鳴ったら行ってきなさい」


「うん」


 ボクのパパとママは二人揃って料理人。


 ここ、バッカス王国の首都11丁目で食堂を経営してる。ボクも学院に行きつつ、そのお手伝いをしていたりする。二人が厨房で黙々と調理してるのカッコいいなぁ、と思いつつ。


 平日の昼間は学院で勉強して、休日の昼間は「子供は子供らしく遊んできなさい」と追い出される事が多いので、手伝えるのは結構短い時間だけだ。


 ウチの食堂は朝の7時から営業開始して、休み時間を挟みつつ昼と夜も営業してる。夜は大抵、8時にはもう閉めちゃうけどね。


 店の売り上げは朝が一番多いみたい。


 朝食を食べたついでに昼用のお弁当を買っていってくれるお客さんが多いからなんだって。


 そのお客さんの殆どは冒険者さん達。


 街の外に生息している魔物達をやっつけてくれてる冒険者達がウチで朝食を食べて、都市郊外でお弁当を食べつつ魔物退治してくれてるわけ。


 ウチの近所は冒険者さん向けの住居が多いから、その関係で冒険者さんのお客さんが多い。冒険者さん達が仕事前に立ち寄ってくれてるの。


 冒険者さんの中には粗野で乱暴な人もいるけど、常連さんの間では紳士協定があるのでウチの近所で喧嘩してる人は少ない。いたら皆で引きずっていって、皆で別のとこでボコボコにして痛めつけて紳士協定を身体に教え込むんだって。ちょっと怖い。


 怖い人もいるけど、みんな大事な食堂ウチのお客様。


 ただ、冒険者さん達とは食事だけの付き合いじゃなくて――。



「あっ……7時の鐘だ。ちょっと出てきまーす」


「気をつけるんだぞ」


「目覚まし棒、忘れないようにね」


「うん、大丈夫大丈夫」


 午前7時の鐘が静かに鳴ると「食事以外の付き合い」が始まる。


 食堂の厨房を出て、まずはお隣の冒険者寮へ。単身者向けの部屋があって、いっつも50人以上の冒険者さん達が暮らしてる。食堂ウチのお得意さん達が集ってる寮。


 その寮の共有通路を通り、部屋の扉を一つ一つ叩いていく。


 叩いて呼びかけ、寝てる冒険者さん達を起こしてく。


「ナンナさん、朝だよー」


「…………ぅーぃ」


「今日は二度寝しちゃだめだよ。確か出かけるんでしょ?」


「んー……きをつけるー……」


「レノンさん、朝でーす」


「んむ……」


「ウィーバックさん、起きてますかー?」


「起きてる起きてる~。へへっ、今日は俺の勝ちだな!」


「いつから勝負してる事になったの……?」


「世の中、何事も勝負事にすると楽しいぞッ!」


「じゃあ、通算で考えるとボクの連戦連勝だね」


「ぐ、ぐぬッ……! こ、こっから逆転するし……!」


「逆転しなくていいよ~。ボクはこれがお仕事だし」


「確かに。いつも悪いなッ!」


「いえいえ~」


 冒険者さん達を一人一人起こしていくのもボクの仕事。


 目覚まし屋の仕事だ。


 やる事は単純明快。朝起きて7時の鐘が鳴ったら皆を起こして回る。直ぐ起きてくれなかったら先に他の部屋に回って、起きてくれ無かった部屋は二週目に回す。


 冒険者さんの仕事は朝早くから始めると効率的みたい。


 都市郊外は危険な場所で、日が沈んでしまうと夜闇で視界不良になって、闇の中から不意を打ってきた魔物にやられやすくなっちゃうんだって。だから朝早くから仕事を始めた方がいいの。


 数日がかりの遠征なら陣地を築いて野営すればいいけど、そこまでせずに日帰りで事を済ませまいなら朝のうちから出かけるのが良いらしい。


 らしいんだけど……皆、早起きするのは少し苦手。


 この国の王様が鐘の音で時間を知らせてくれるけど、朝方の鐘はとても静かで集中していないと聞き逃しやすい。皆が皆、早起きするわけじゃないから、早朝は控えめに慣らさざるを得ない。


 だから、目覚まし屋の仕事が存在している。


 ボクは元々、お隣の冒険者寮の管理人が親戚のおじさんで、おじさんに頼まれて早起きして寮の人達を起こして回ってる。その対価にお賃金を貰ってる。


 最初は冒険者寮を周るだけだったんだけど、ご近所さん達が「ウチもよろしくー」と言ってくるから寮以外のご近所さん達も起こして回る事になっちゃった。


 食堂の手伝いする時間が減るからさすがに断ろうとしたものの、断りきれずに今に至る。お駄賃は貰えてるんだけどねー。


 図らず、ウチの近所はすっかりボクが目覚まし屋仕事を独占しちゃったけど、他の地区ではもっと専門的な――商会が目覚まし屋稼業をしている事もある。


 空飛ぶ小人であるゴブリンさん達がピュ~ンと飛びつつ、窓をコンコン叩いて回ってる光景は見ててとてもかわいらしいものがある。


 ボクは起こす事だけが仕事だけど、ちゃんとした目覚まし屋さんは「目覚まし仕事」に加えて「朝食の売買」「新聞の売買」といった他の仕事も絡めてるみたい。窓ごしに手渡してね。


 朝起きたいけど起きれない時もあるから、この国ではそこを需要と見込んで目覚まし屋仕事が存在してるわけ。そーゆーの、ちょっとおもしろいと思う。



 ただ、冒険者さんが皆、早起きするわけじゃない。


 みんな不定休だから寝てたい人もいる。


 その辺の区別は「札」でしてもらってる。


 起こして欲しい人は前日のうちに部屋の入り口に札を吊るす。起こすな、って人は札をしまっておく。こうしておけば一目瞭然だし、気が変わったら夜中のうちでも起床予定を変えれる。


 前にイタズラで人の部屋の札を勝手にかけておく、って事件が起きた時はちょっと大変だったなー。まずボクが怒られて、誤解と解いたら寮内で仁義なき犯人探しが始まって……後は当事者同士の刃傷沙汰に発展してた。なんか喧嘩してたから嫌がらせだったんだって。


 それ以来、札には――目覚まし札には名前を書く事になった。


 名前を書いて一人一人がちゃんと管理するって決まりになった。


 まあ、札かかって無くても起こす人は起こすけどね。


「ハーニットさーん、起きて~?」


「…………」


「合鍵使って押し入りますよー?」


「…………」


「ハーニットさ――」


「うっせぇー……!」


「あ。起きた起きた」


 札がかかってない部屋の中から、ドタドタと音が聞こえてきた。


 そして、寝起き顔で――とても不機嫌そうな寝起き顔で――岩みたいなにゴツゴツした筋肉質なお兄さんが出てきた。怒声はあげず、深いため息をついた後で話しかけてきた。


「おーい……。オレは今日、札かけてねえだろが……」


「そうなんですけど、ハーニットさんとこの総長さんから『今日は仕事入れてるから絶対起こしといてね』『アイツ忘れてそうだから』って頼まれたんですよ。ごめんね」


「ぐ……クソ総長……。わかった、わかったよ……起きればいいんだろ。オレが悪うござんした! くそぅ、遠征なんて行きたくねえ……」


 お兄さんがイライラしながらブツブツ文句を言いつつ、ボクの頭をガシガシ撫でて部屋の中に戻っていった。一度怒った事で目が覚めちゃったみたい。良かった良かった。


「今日はハーニットさんの大好きな黒バターチキンサンドあるよ~」


「なにッ!? マジかよッ! 先に朝食メシ行ってくるわ! あんがとな!」


 朝の支度そっちのけで食堂に行っちゃった。


 まあ……大丈夫かな? 大丈夫って事にしとこ。


 寮の部屋を一周した後は外に出て、目覚まし棒を手に急いで巡回開始。


 目覚まし棒は寮の冒険者さんが作ってくれた伸縮する長い棒。長さは建物の三階ぐらいまでは余裕で届くぐらい。おまけに軽いからボクでも簡単に扱える有り難い棒だ。


 これで寮以外のご近所さんも起こして回る。


 やる事は寮と殆ど同じ。


 ただ、寮以外のご近所さんは目覚まし棒で窓をコンコン叩く。


 寝室の窓を軽く叩いて起きて貰う。こっちも起こすか起こさないかの判断は札を使うけど、寮以外に関しては窓の外に札を吊るして貰ってる。


 札のある窓をコンコンコンと叩いて周るのもボクの朝のお仕事。お金を貰ってるって事もあるけど、食堂おみせのご近所付き合いとしても大事だから。


「バーグさん、おはようございます」


「あぁ、おはよう。今日も悪いね」


「ちゃんとお駄賃貰ってから大丈夫。今日は良いタマゴが入ったからオムレツ作ってるので、良かったらお願いしまーす。手作りケチャップ、たっぷり乗せれますよ!」


「それはいいね。忙しい時間を過ぎたら向かわせて貰うよ」


 朝の挨拶とお店の宣伝を少々。


 宣伝しなくても大体の人がウチで朝食を済ませていってくれるけど、どうせなら皆が「早く食べたい」と期待でワクワクするような宣伝するのが好き。


 その人がその日、食べたいものは中々わからないけど、それでもある程度の好みはわかる。


 食堂に来てもらって食べて貰って、反応を見たり直接「どんなものが食べたいですか?」とお話を聞いたりする。それをパパとママに話して、食堂のメニューを考える。


 パパとママは「お金も大事だけど、自分の家のようにホッと一息つける食事を出す」という事を目標に食堂を経営している。食堂が一つの大きな家庭の食卓になるみたいにね。


 ウチのご近所さんは独身の人が多い。


 独身向けの住居アパートが揃っていて、みんな家庭を持ったり恋人が出来たらもっと広いとこに引っ越したりしてる。パパ達はそういう巣立ちを何度も見てきた。


 いつかお別れするにしても、それまでは家に一人っきりじゃなくてご近所で一つの家族みたいに気楽に接しあえればいい。その中心で皆が集うような食堂にしたいよね、とパパとママが頑張った結果、目標通りの食堂になってると思う。


 毎年、二人ぐらいはこのご近所で結婚しちゃってるくらい!


 結婚式までウチの食堂を使ってくれたりして……パパとママが仲人なこうどをやって、はにかんでる伴侶二人をご近所さん皆で茶化すの。


 大儲け出来てる食堂じゃないけど、お金を儲けるのと違う難しさを実現できてるのは結構すごい事なんじゃないかなぁー、と身内びいき目で思ってる。


 ボクもパパとママみたいな料理人ひとになりたい。


 二人は「料理人に限らず、他にも色々と道を模索してみなさい」と言ってるけど……今のところは料理人かなー。身近で見てると憧れちゃうから。



「今日はこれで良し、っと……」


 ご近所みんな起こし終わったので、今日の目覚まし屋仕事はこれで閉店!


 急いで食堂に戻って前掛けつけて給仕を手伝う。


 この時間帯が一番忙しいから店内は大賑わい。みんな起こしたばかりの時は眠そうにしてたけど、今はもう元気に話をしてる。


 同じ冒険者同士でアレコレと冒険の話をしてるみたい。


「お前、今日も首都地下迷宮か。飽きるんじゃね」


「仕事だからしゃーねーだろ。それに首都地下って言っても俺らが行くのは中層だ。結構神経すり減るぜ、退路確保し損ねると地下道で追い詰められて全滅オジャンだ」


「今日なに狩る?」


「飛竜釣りににしてみない? 楽だし、お弁当もってノンビリとさ」


「へー、アラク砂漠行きか。採掘か?」


「いや、輸送隊の護衛だ。例の新型移動都市に物資を運び入れるだけさ。採掘で一山あてるのも憧れるけど……一山当てれずに借金こさえてる奴らを見てると、な」


「マリア士族が揉めてるって話を聞いたんだが、どうなの? ウチの弟が都市警備代行の話、持ちかけられてるんだけどさ」


「やめとけやめとけ。俺はもう足抜けした身だが、あそこに関わってもメンドくせーだけだ。都市警備で関わったらいつの間にか私兵扱いになって、身内同士の政争に巻き込まれかねんぞ」


「スキンコンタクトの金がいまアツいらしいぜ。今日は予定変更して、金採掘の情報収集とかしとかねーな? こないだ遊び過ぎて貯金がスッカラカンでさぁ……」


「アレ、虚偽情報デマよ。出たのは単なる愚者之金パイライト。どでかい蛇竜ワームが荒らしまわってるから情報が錯綜してるみたいだけどねー」


「今日の狩座かりくら、鉄毛大狼でどうだ?」


「いいねぇ。今日はウチの隊が勝たせて貰うぜ。夜の飲み代、今のうちに下ろしとけよ」


「抜かせ、返り討ちだ」


 ご近所さんは冒険者ばかりなので、鼻付き合わせれば自然に冒険話がこぼれてくる。


 張り合ったり競い合ったり、喧嘩もしてたり協調しあったりみんな朝から忙しい。そうやって忙しそうにしてるのを見るのも好きだ。


 ただ、いつまでも給仕しつつ聞き耳を立ててたりはできない。


 パパとママが「朝食、食べなさい」と中断してくる。


 急いで食べて手伝いの続きをしようとすると、「よく噛んで食べなさい」と怒ってくるのでこうなるともう朝のお仕事は殆ど終わりになる。この後、学院にも行かなきゃだし。


「今日はどこで食べよっかな~……」


 などと、わざとらしく言いながら目的の場所へ向かう。


 場所というか、相席したい人のとこ。色んな人にここおいでーと誘われるけど、今日は座るとこの目星つけてるのでまた今度。


 近づくと座りたい席の傍から手を振って貰えた。


「こっちおいで。空いてるよ~?」


 そう言って誘ってくれたのは女性冒険者さん。


 寮暮らしの冒険者、ナンナさんだ。


 朝も昼も夜も眠たげな目つきで、ちょっとノンビリしてるけど冒険者業界では名の知れた魔弾使いの狙撃手さん……と聞いた事がある。


 残念ながらボクは本気のナンナさんを――冒険者として魔物討伐をしてるナンナさんを見た事ないけど、魔術を使って石を投げて一区画先のセミを撃ち落としてみせた時はびっくらこいた。あれ、元気に飛んでたみたいなのに……。


 ナンナさんは狙撃手として凄いだけじゃない。


 おっぱいも凄い!


 凄く大きくて、おっぱい以外も美人さん。眠たげな目つきの流し目はとても淫靡セクシーな時もあって、ボクはとても落ち着かなくなる時がある。


 美人でいいなぁ、って昔から思ってた。


 ナンナさんはボクが小さな頃から隣の寮暮らしで、とても可愛がって貰ってきたから……。ナンナさんも冗談混じりにボクのお姉さん、って人に自己紹介するぐらい。


 ただ、その所為もあってかよく子供扱いされるのは……ちょっと困る。


「今日も早起きできて偉いわねー。えらいえらい」


「もうっ、子供扱いしないでったら」


 頭を撫でてこようとしたナンナさんの手を止める。


「ナンナさんはまだ眠そうだね。二度寝しちゃわない?」


「うーん……二度寝しそうになったら、ハーニットにおんぶして貰って寝ながら行くわ」


「ふざけんな。こちとら仕事だ」


 ナンナさんが笑いながら喋った事に対し、ハーニットさんが顔をしかめて否定する。かなり怒ってるように見えるぐらい顔をしかめてる。


 でも、実際は別に怒ってない。


 ナンナさんもハーニットさんは仲の良い幼馴染で、寮も古株の二人組だ。駆け出しの頃から一緒に仕事してきた相棒……に近い関係でもあるんだとか。


 だからナンナさんは強面のハーニットさん相手でも遠慮なく話しかけ、ハーニットさんも顔をしかめつつも遠慮ない物言いをする。


 ナンナさんは美人だから威圧感ないけど、ハーニットさんは威圧感の塊だから寮でも食堂でもハーニットさんの近くにいるのはナンナさんばかり。今もこうして二人……というかハーニットさんの傍が空いているのが現状。


 ナンナさんは「男避けになっていい」と言ったり、ハーニットさんもあまり人とは馴れ合わない人なので大して気にしてなさそうだ。ハーニットさん、友達少なそうで心配になるけどね……。


「…………。二人はホント、仲良しだよねぇ」


「何言ってんだ。むしろ悪いわ」


「悪くはないけど腐れ縁よね~?」


「あぁ、腐れ縁ってのには同意する。お前がちゃらんぽらん過ぎて、オレはいつも苦労してきた。厄介ごとばっか持ち帰ってくるからな……」


「そうかしら?」


「この間も、お前に『好きだ! 結婚してください』って熱をあげた向こう見ずの駆け出し冒険者を追い払ってやったじゃねーか。ありゃ面倒くさいにも程があったぜ! ホント」


「その節はどーも。ハーニットは泣きつけば必ず助けてくれるし便利ねぇ」


「こ、この野郎……人を便利屋のように……。そもそもお前があの駆け出しに、思わせぶりな態度を取らなきゃあ、ああも揉めなかったんだ。他人にあんまいい顔しすぎんなよ」


「そう? フツーに褒めただけよ?」


「すごーい、キミ、まだ冒険者になったばっかりなのにそんなにデキるのね――って言いながら胸を押し付けてただろうが。アイツも可哀想だ……顔真っ赤にして、舞い上がって……」


「そうだっけ? うーん……私としては、有望株の駆け出しクンだったから仲良しになっておけばいざという時、便利かなぁ? と思ってただけなんだけど」


「なおタチが悪いわ……!」


 ハーニットさんは黒バターサンドを大量に頬張り、眉間を押さえながら咀嚼した後、「まあ、これからはそういう事は減るだろう……と思いたい」と言った。


 そうなの? とボクが聞くとハーニットさんは――どこか嬉しげな様子で――頷いた。


「このちゃらんぽらん悪女も、ようやく結婚すんだよ」


「えっ!?」


 驚いて、思わず食べようとしてパンを取り落す。


 気が動転するのを何とか収めつつ、ボクとは違って自然体のハーニットさんと笑顔のナンナさんに問いかけた。ちょっと噛みそうになりながら。


「えっ、えっ……? 2人とも、結婚するの……?」


「「はぁ?」」


「えっ、だって、ナンナさんとハーニットさんって幼馴染で仲いいじゃん……。ナンナさんもハーニットさんも、別の人と結婚してる姿なんて思いつかないし……」


「ないない、この筋肉野郎はない。重いもん」


「オレもお前みたいな面倒なヤツは御免こうむる」


「えっ、じゃあ誰と結婚するの……?」


「もしかして私、コイツ以外の野郎とつるんでないと思われてる……? いや、これでも私、意外とモテるのよ……!? 顔は良いから」


「口も良い。誰相手でも思わせぶりな事を言って、勘違いさせるからな」


「そんなことないですぅ。まあ、揉め事になっても男の子相手だけで――」


「女相手でも散々揉めたわ!! お、お前っ……オレが一体何度、メンドくせえのを我慢して、『ウチの彼氏を誘惑しないで!』って抗議してきた女子連中を説得したと……!」


「あー、はいはい、その節はお世話になりましたー」


「コイツ、クソムカつく」


「私の黒バターサンドあげるから」


「へぇ……! お前、なかなか見どころがあるじゃねぇか……!」


 ちょっとよくわからないけど……とにかく、二人が結婚するわけじゃないみたい。


 まだ平常心とは程遠い心を隠しつつ、話を聞いていくと……どうも二人共通の友達で、冒険者じゃない人と結婚するんだとか。


 昨日、告白プロポーズされて決まった話で――また後日、正式にウチのパパとママに話をして仲人を頼みたいそうだけど、今の所は「ここだけの話にしといて」と言われた。


「つーわけで、今日は私、彼とデートだから~。お仕事おやすみなのよ~」


「ええっと……驚いたけど……。おめでとう、ナンナさん!」


「へへっ、ありがと~」


「結婚したらもう少し、脇の甘さを何とかしろよ。仕事にしろ人付き合いにしろ、オレに介入フォローばっかさせやがって。だいたい何でオレが対人関係という苦手分野の面倒を――」


「あ~、はいはい、改めます! じゃね!」


「あっ、おいっ! 説教はなしはまだ途中だろうが」


「彼を待たせたくないから~」


 ナンナさんはせかせかと――それでいて楽しげに去っていった。


 ボクは恐る恐る、ハーニットさんを見つめた。自然体でいるけど、ホントは心穏やかにじゃないんじゃ……? なんて思ったんだけど、見つめても怪訝そうな顔をされるだけだった。


「ん? なんだよ、そんな見つめてしても黒バターサンドはやらねえからな……!」


「ハーニットさんそれ何個目?」


「10個目かな? いくらでも食える」


「食べすぎ……。いや、それより……いいの?」


「何がだよ?」


「だから、ナンナさんのこと……」


「だから、違うっつーの。アイツとはホント、単なる腐れ縁だよ。仕事仲間として信頼はしてるが、そういう色恋の仲とは無縁だよ。女として見てないわけじゃあねえけど」


 幼馴染2人でくっつかないの――という疑問は他の人にも何度も言われたらしく、ハーニットさんはちょっと煩わしそうに答えながら手を振った。


 ボクはてっきり、「2人はそのうちくっつくんだろーなー」「仲良いもんねー……」と、そわそわしてたんだけど、そういうわけでも無かったみたい。


「オレもアイツも、あんまり新しい友人とか……そういうの作らねーからよ。いっつも一緒にいると皆そういう勘違いするんだが、本当に違うからな?」


「あ、はい。ごめんね? しつこく聞いて」


「お前の親父さんの黒バターサンド、クソうめえからそれに免じて許す」


「食事中に排泄物の名前を言っちゃダメだよ」


「あぁ、すまんすまん、以後気をつける」


 ハーニットさんは言葉づかいは乱暴だけど、根はわりと普通。


 面倒くさがりだけど頼られたりすると嫌と言えないタチで、いまの総長――冒険者としての上司さんにはその辺を上手いこと転がされてるみたい。


 近寄りがたい雰囲気はあるけど、ボクは小さい頃から慣れてる。小さい頃にぴーぴー泣いてた時から、ハーニットさんもナンナさんもお兄ちゃんお姉ちゃんみたいに慣れ親しんできたから。


 他の人はそうでもないから、ハーニットさんは全然浮いた話がない。


 仕事してるか鍛錬してるか、黒バターサンドを頬張ってるかって感じかなぁ……?


 それはそれで心配になる時はある。


「……ハーニットさんは、ナンナさんみたいに結婚しないの?」


「相手がいねえ。まぁ、そういうの興味ないって言ったら嘘になるが……」


「誰か口説いたり、婚活とかしたりしないの?」


「そこまでやるのはメンドくせえからなー。まあ、一生未婚でもいいよ、別に」


「えぇー……」


「ま、アレだ。オレ自身も、自分がメンドくせえ野郎だってのは自覚あるんだよ。好き好んでオレと所帯を持ちたがる物好きなんざ存在しねーわけ」


「そんな事はないと思う……」


「はっ! 慰めより黒バターサンドが欲しいわ」


「あ、いいよ。ボクのあげる」


 ハーニットさんは嬉しげに手を伸ばしてきたけど、少し考えこんで手を引っ込めていった。


「やっぱいらね。ガキはいっぱい食って大きくなれ! 朝メシもちゃんと食べないと、ろくな大人になれねえぞ。オレみたいにな」


「ボク、そんな子供じゃないんですけどぉ」


「ガキは皆そう言うんだ」


 ハーニットさんは最後にスープをかきこむと、「じゃ、仕事行ってくるわ」と言って食器を片付けて行ってしまった。寮に戻って仕事に行くんだろう。


 子供扱いされた事にむくれつつも、「気をつけてね」と送り出し、ボクも早く――パパとママに怒られない程度の速さで美味しい朝食を食べてく。


 食べていると、別の冒険者さん達が――レノンさんやウィーバックさん達がやってきた。


 今日は最初の方に起こしたものの、朝支度に時間がかかったのかいま食堂にやってきたみたい。相席してもいいか聞かれたので、「どうぞどうぞ」と勧めた。


「ちゃんと噛んで食べてるかぁ? 子供はしっかり朝メシを食べなきゃダメなんだぞ」


「そうそう。大人……というか俺ら冒険者も食べとかないと死にかねねーけど、子供は身体作りの事もあるからなー。後で魔術整形するって手もあるけどなー」


「もう、みんなして子供扱いする……。頭なでるのもダメっ」


 無遠慮に撫でようとしてきたウィーバックさん達の手を防ぐ。皆して面白がって手を伸ばしてくるから抵抗するの大変!


 もー! と怒って跳ね除けてると、苦笑したママがこっちにやってきてくれて、「こーら、ウチの子をいじめない」と助け舟を出してきてくれた。


 その隙に残りの朝食を片付けていく。


「そんなホイホイと頭を触っちゃダメよ」


「へーい」


「頭触っても減るもんないでしょ?」


「精神的な事よ、精神的な事。この子、子供扱いされるの嫌いだし、頭を撫でて良いのはパパとママと好きな人だけだも~ん、って思ってるから~」


「へー!」


「そうなのか?」


「そんなこと思ってないもんっ」


 ママが恥ずかしい事を言うから怒って、抗議しておく。


 頭を撫でられるの抵抗するのは、髪の毛が乱れるし子供扱いが嫌なだけ! そんな、深い意味はない! ないと言い張って、席を立つ。


「ごちそーさま!」


「はいはい、お粗末様でした。食器ちょうだい、片付けとくわ」


「これぐらいするよ、大丈夫。……ボクは子供じゃないので!」


「あらあら、背伸びしちゃって」


「むぅ……! 


 他の人が食べた跡の食器も回収し、ギリギリまで食堂の皿洗いをしておく。


 パパに「もう学院に行きなさい」と促されたらしぶしぶ出かける。ああ、大人になって食堂を継げたら、色々と出来る事が広がるのに……まだまだ子供扱いされてばっかりで困る。


「早く大人になりたいなー……」


 そう呟きつつ、もやもやした気持ちを抱えながら家を出た。


 もやもやしてるボクと違って、朝の空気は清々(すがすが)しいもの。大人も子供もその空気を浴びながらせっせと歩いている。通勤のために、通学のために。


 それを見てると、ボクもいつまでもモヤッとしてられない――と目が覚める思いになった。


 もやもやしてるより、切り替えて元気でいる方が楽しいよね!


 なんて事を考えながら、今日もいつもの日常に身を投じていった。


 これがボクの一日の始まり。





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