エインセールの誕生日 後編
その妖精がカードを見てから答えるまでの時間は、とても短かった。
「覚えがないわね」
「そんな……」
姉の返答にエインセールが声を詰まらせた。
ワープ屋を利用してアルトグレンツェに移動し、すぐさまユスティーネのもとに出向いたわけだが、こんなにあっさりとアテが外れるとは。とはいえ、差し出し人の最有力候補なだけに簡単に引き下がりたくはない。
「本当に、ティーネが書いたんじゃないの?」
「そもそも考えてみなさいよ。私がエインに『あなたの大切な日を祝えることを嬉しく思います』なんて書くと思う?」
「思……わない……」
実に説得力のある言葉だった。へなへなと羽ごとエインセールがうなだれる。
「手間をとらせたな、姉妖精」
「いいのよ、どうせ暇してたし。アンタこそエインに付き合ってくれてるんでしょ? 大変ね」
「あんたに会えたから、そうでもないさ。今日も佳い女だな」
「あら、お上手」
「人が落ちこんでる上で甘い会話を始めないでください!」
自分の頭を飛び越えて交わされる会話を遮るように、エインセールが急浮上した。しかしアテが外れた事実からまだ立ち直れないのか、声のトーンは沈んだままだ。
「ティーネじゃないならもう思い当たる人はいませんし……。オズヴァルト様がいれば相談したかったんですけど……」
「あいにくオズはちょうど留守にしてるのよね、残念。にしてもエイン、そんなに贈ってきた人を知りたいんだ……ねえ、アンタ」
何か思いついたかのように、ユスティーネがファルクに微笑を向けた。
「そのプレゼントってどうやって届いたの?」
「たしか、郵便だ」
「それなら、シュヴァントゥールに行けばいいんじゃない?」
大陸中の郵便を司る都市の名を出して、ユスティーネはピンと人差し指を立てた。
「小さなプレゼント箱なんてそうそうないでしょうし、きっと誰か覚えてるでしょ。ひょっとしたら――」
「差し出し人が誰かもわかるかもしれませんね!」
新たな切り口に、水を得た魚のようにエインセールが飛び上がった。ファルクの袖をぐいと引っ張る。
「そうと決まればすぐ出発です。まずはオデット様のところへ向かいましょう!」
「いってらっしゃーい――あ、そうそう。言い忘れてたわ」
ひらひらと手を振っていたユスティーネの声に、エインセールが振り返る。
「オズから伝言。先日はお手伝いをしてくれてありがとう、ですって」
「……うん、ありがとう、ティーネ」
今日に限って言えばほかにも聞きたい言葉があったが……エインセールは笑って、姉に手を振り返した。
「すみません、わざわざ調べていただいて」
「ウフフ、気にしないで~。エインセールちゃんには、いつもお世話になっているもの~」
頭を下げるエインセールに対し、湖上都市シュヴァントゥールの〝姫〟オデットは、いつもと変わらぬ穏やかな微笑をたたえて言った。
すべての郵便物はここシュヴァントゥールに集まり、配達員の手で各地へ送られる。エインセール宛てのプレゼントも例外なくこの都市を経由したはずだ。
傍らで資料を繰っていた黒衣の娘が手を止めたのに気付いて、オデットがそちらに目を向けた。
「どう? あったかしら~?」
「ええ、配送記録に残っているわ」
黒衣の娘、オディールの返答は明瞭だったが、やや翳りがあった。
「だけど、匿名で出されているわね……送り主の情報がまったく無いわ」
「えぇっ!? そんなことってあるんですか!?」
反射的にオディールの手元を覗きこむエインセールだったが、配送記録の該当欄は品名と宛先以外、どれだけ見直しても空白のままだ。
「エインセールちゃん、元気を出しましょ~。きっと、まだ手掛かりはあるはずだわ~」
落ちこむ妖精につられたように悲しげに目を伏せたオデットだったが、ふと名案でも思いついたかのようにポンと手を叩いた。
「そうだわ~。届いた箱は、綺麗なリボンと包装紙が使われていたのでしょう? 最近それを買った人がいないかアイテム屋で問い合わせるのはどうかしら~?」
「……でも、それってすごく大変なんじゃない?」
オデットの提案は悪くないが、オディールの懸念ももっともだった。各都市のアイテム屋に聞いて回るだけでも一苦労なうえ、そもそも買われた物なのかどうかもわからないのだから。
「まあ、行き先があるだけまだマシだ」
他に案があるわけでもない。協力してくれた二人に、ファルクが軽く頭を下げた。
「次はその線で調べてみる。白鳥姫、世話になったな」
「いいのよ~。それじゃあ、また後でね~」
「ああ、またな。行くぞ、妖精…………妖精?」
踵を返しかけたファルクだったが、エインセールの返事が聞こえず、辺りを見回す。
いつの間にかエインセールはいなくなっていた。
シュヴァントゥールの城と街をつなぐ透明な橋の上をふよふよ飛びながら、エインセールはため息をついた。
次の目的地はアイテム屋。そこでリボンと包装紙を買った人がいないか訊ねるわけだが――
「もし誰もいなかったらどうしよう……」
そうなったら終わりだ。もう、たどることはできない。
お祝いをしてくれた人に感謝を伝えることはできなくなるのだ。
その気持ちが羽の動きを鈍らせるが、思い悩んでいるうちにエインセールはアイテム屋の前まで来てしまっていた。
「……ううん、ダメなときのことばかりを考えても仕方ないですよね!」
気合いを入れ直してエインセールがドアをノックする――寸前にドアが開き、その手は空振りした。背後から現れた誰かが先にドアを開けたのだ。
「俺を連れ出しておいて、勝手に消えるな」
「ファ、ファルクさん!」
驚くエインセールをよそに、ファルクはアイテム屋の店主にリボンと包装紙について訊ねている。年若い店主が調べるためにカウンター奥へ消えてから、エインセールはおずおずと切り出した。
「すみませんファルクさん……私……」
「……相手がわからなかったら、黙って受け取っておけばいいだろうに。そんなに嬉しかったのか?」
「はい、それはもう……」
ファルクやユスティーネでさえ言ってくれてないのに、と口にするとせがんでいるみたいになるので、そのあたりは言葉を濁しつつエインセールは答えた。
「直接伝えたいんです。お礼を、直接」
「そうか……」
「お客さん、お待たせしました!」
ファルクの口元が一瞬笑みを刻んだように見えたが、店主に向いたその顔はいつもの仏頂面に戻っている。エインセールもそれ以上ファルクに注意を払ってはいられなかった。店主の次の言葉に集中する。
「他所の店舗から、ちょうど在庫の連絡があったんだ。お客さんの言ってたリボンと包装紙、シュネーケンの店で売れてたそうだよ」
「シュネーケン……!」
手掛かりがつながった。
店主に礼を言ってから二人が外へ出る。向かう先に立っているのは、ローブを纏った一人の少女だ。
「ワープ屋さん! 何度もすみません! また転送をお願いします!」
「もちろんです。ワープ先はどちらですか?」
「城塞都市シュネーケンに行きます!」
「『シュネーケン』ですね?」
エインセール、そしてファルクが頷くのを確認してから、ワープ屋の少女は杖を掲げた。
「すぐに転送いたします」
杖からあふれる転送魔法の光が、エインセールの視界を白く染めあげる。
――一瞬後、エインセールを包んだのは割れんばかりの歓声と拍手の嵐だった。
「え、え? これはいったい……?」
困惑の中でそれだけ言うのが今のエインセールには精一杯だった。魔法の光が弾け、視界ははっきりしたものの、状況に理解が追い付かない。
てっきりシュネーケンの噴水広場にワープすると思っていたのに、どう見てもここは屋内。それも城の中だ。そして大勢の甲冑騎士たちが脇に居並ぶ広間で、エインセールの前に立っているのは、賢者オズヴァルトに、アリスに、オデットとオディールに……各都市の姫たちや、エインセールの見知った者たちが勢揃いしている。
「ようやく来たわね。待ちくたびれるところだったわよ?」
「ティーネまで!? いったいどういうこと!?」
「あら、まだわからないの?」
いたずらっぽく笑ってから、ユスティーネは飾り付けられた室内を妹に見せた。
「これはエイン、アンタの誕生日パーティーよ」
「私の……?」
真実を聞かされてなお、エインセールはまだ混乱の中にいた――それじゃあ、あのプレゼントボックスを贈ってくれた人は?
「つまりね、アンタが受け取ったバースデーカードは、このサプライズパーティーの招待状だったのよ。アンタが贈り主を気になって探し出すように、みんなで一芝居打ったってわけ。アイテム屋もワープ屋も、みんなグルよ」
そういえば、ここまで来れたのは姫様たちの言葉からヒントをもらったおかげだ。それも全部誘導だったということか。
「ごめんね、エインセルセル。騙すつもりはなかったんだけどー」
跳ねるようにアリスがやってきて、両手を合わせた。
「驚いてもらうために、みんながんばったの。許してくれると嬉しいな」
「許すもなにも、私――」
涙腺が緩むのをこらえながら、エインセールは声を絞り出した。
「私、嬉しいです。こんなにたくさんの人たちにお祝いしてもらえるなんて……」
「フフ、ここにいる人たちだけが『みんな』じゃないわよ。ていうかエイン、誰かが消えてることにまだ気付いてないんじゃない?」
「え?」
ユスティーネに手を引かれながら、エインセールは周囲に目をやった。
ファルクが――ずっと一緒に行動していた騎士がどこにもいない。
「彼、パーティーの準備が整うまでアンタを誘導する役割だったんだけど、役目が終わってすぐにあっちに行っちゃったのよね」
「あっち?」
その疑問の答えは導かれた先、窓の向こうにあった。
シュネーケンの街並みが一望できる高い窓。下に目をやれば噴水広場が見える――そしてそこには見慣れぬ光景があった。
広場を埋め尽くさんばかりに、さまざまな都市に所属する騎士たちが集まっていたのだ。ただの騎士たちではない。一人ひとりが覚えのある……エインセールがナビゲートしてきた者たちだ。
祭りもかくやという賑わいの中、張られた横断幕に書かれた文字は――『エインセール、誕生日おめでとう!』
「どう、エイン。これが『みんな』よ」
「はい……」
涙を抑えられる自信はもうなかった。
ここから届くかどうかはわからなかったが、小箱を贈ってくれた人に会えたら真っ先に言おうと思っていた言葉を、エインセールは力いっぱい叫んだ。
「皆さん……ありがとうございます!!」
タワプリが終わるの悲しいです。
小説家になろうのタワプリ部門賞をきっかけにゲームを始めたけど、このゲームに出会えてほんとよかったと思ってます。




