エインセールの誕生日 前編
「妖精、今日はお前の誕生日なのか?」
「え?……あーー!」
入室してきた少年騎士の唐突な問いかけに、エインセールは思わずカレンダーを確認した。
10月4日……たしかに。ここのところ、いろいろな都市の手伝いに忙殺されていたためにすっかり忘れていたが、今日は誕生日だ。
「本当です、今日は私の誕生日ですよ! 嬉しいです、ファルクさん! 覚えていてくれたんですか?」
「いや、俺も忘れてた。ただ、こいつが届いていてな」
感激の言葉をさらっと弾き落としつつ、少年騎士――ファルクは妖精の前で掌を広げた。
その掌に載っているのは、とても小さな小さな、しかし丁寧にリボンの巻かれたラッピングボックスだ。
「これって……プレゼント、ですか? 私宛ての?」
「このサイズだしな。俺には小さすぎるが、妖精にはぴったりだ。しかも今日がお前の誕生日なら、まず間違いなくお前宛てだと思うぞ」
言われてみればそうかもしれない。机の上に置かれたボックスを、エインセールはまじまじと眺めた。
皺ひとつない包装紙はエインセールの好きな色で、それが薄黄色のリボンと映えてとても綺麗だ。これの贈り主は、よほど手間をかけて包んでくれたに違いない。
「すごく丁寧……どなたが贈ってくれたんでしょうか?」
「差し出し人の名前はなかったな。まあ、開けてみればわかるんじゃないか?」
「それもそうですね……」
テーブルに降り立って、エインセールはリボンの端をつまんだ。開けるのがもったいないほど綺麗な包装だがそうも言っていられない。するりとリボンを引っ張り、包装紙を広げた。続けて現れた白い小箱の蓋を持ち上げる。
「これは……」
「どうした。何が入ってるんだ?」
エインセールが箱から取り出した紙片――何やら書きこまれているらしきそれをファルクも覗きこむが、すぐその眉間に皺が寄る。
「小さすぎて読めないな……」
「あ、すみません! えっとですね、こう書いてます……」
慌ててエインセールが読み上げた。
『親愛なるエインセールへ
誕生日おめでとう。
あなたの大切な日を祝えることを嬉しく思います。
新たな一年が、あなたにとって実り多き年となることを祈っています。』
「……やっぱりお前宛てだったか。よかったな、妖精」
「ええ、とても嬉しいです。でも――」
誕生日を祝われた当人は、困惑したような複雑な表情を浮かべていた。カードをひっくり返したり小箱の中をまた覗きこんだりしながら、ため息をつく。
「差し出し名はどこにもありませんね。このバースデーカード以外には何も入っていませんし……いったいどなたが贈ってくれたんでしょうか……」
「書き忘れたのか、もしくは知られたくないのか――」
エインセールとは対照的に、まるで関心のなさそうな口調でファルクは続けた。
「どちらせよ、突き止めようがないなら気にしてもしょうがないだろ。言葉だけ素直に受け取っておけばいい」
「そうですね……」
頷きながらも、納得できない自分がいることを、エインセールは感じずにはいられなかった。
この誰かもわからない誰かは、誕生日を知っていてくれたのだ。自分自身ですら忘れてしまっていたこの日を。
それなのに、お礼を言うこともできないなんて……
「私、やっぱり……」
「やっほー! 二人とも元気してるー?」
沈んだ空気を打ち破ったのは、少女の底抜けに明るい声だった。
「ア、アリス様! どうしてこちらに!?」
「どうしてもこうしても、ここはフレノンノ城だよ? アリスがどこの誰に会いにきたって……あれ? それなぁに~?」
少女――魔法都市ノンノピルツの〝姫〟アリスは目敏くテーブル上の小箱に気付くと、興味深げに瞳を瞬かせた。
「わぁー、すごく小さーい! さてはさては、人が中に入ると人形みたいに小さくなっちゃう不思議な箱だったりする?」
「そんなわけあるか。妖精宛てに届いたプレゼントだ」
「むー、すぐ否定するのはつまらないのです。でもプレゼントなら仕方ないか。リボンとかも綺麗だね。エインセルセルの妖精友達からかな?」
「それが、どなたが贈ってくださったのかは……あ!」
首を横に振りかけたところで、エインセールははっと動きを止めた。アリスの言葉を頭の中で反芻する。
『妖精友達からかな?』――そうだ、こんなに小さい箱を綺麗に包装するのは、人間の手では難しい。妖精の手によるものと考えるのが自然だ。
そして、妖精の中でも、エインセールが好きな色を知っている者といえば――
「――ティーネ!」
「ティーネ? 姉妖精のことか?」
ユスティーネといえば、アルトグレンツェで賢者のお付きをしている、エインセールの姉だ。ファルクの確認にエインセールが力強く頷く。
「よくよく見れば、ティーネが書いた字に似てるような気がしてきました。ファルクさん、確かめに行きましょう!」
「なんで俺まで」
面倒くさそうな顔で少年騎士は妖精の誘いを払いのけた。
「差し出し人が誰か突き止めたいのはお前だろ。俺はべつに――」
「アリスも気になるなぁ~!」
ファルクの言葉に重ねるようにアリスが高らかに言った。反射的に向いたファルクの恨みがましい視線もどこ吹く風とばかりに笑ってみせる。
「でもでもアリスはお仕事とか実験とかで忙しいから、誰か頼れる騎士に代わりに行ってほしいなぁ~。具体的には名前に『ファ』と『ル』と『ク』がつく誰かに行ってほしいなぁ~?」
「……っ、行くぞ妖精!」
「はいっ!」
遠回しな命令を受けたファルクが黒コートを翻して部屋を出ていき、エインセールもそれに続く。
残されたアリスが彼らの背中に「いってらっしゃーい」と手を振った。