9羽
「おはようミヤ」
「お、おはよう。今日は早起きね」
本を読んだ夜から数日経ったが未だに成果は無い。何故なら実践しようとは言ったものの本の噛み付くとミヤの噛み付くはまた別物だったことが判明したからだ。試しに唄ってみたりしたが冷めた目で見られただけだった。
「今日からまた依頼受注の待機に行くんだから変なことしないでよね」
依頼を受けたら1週間は休暇を取ることようにしている。
前の依頼からもう1週間か、早いもんだな。
「なら俺は町に出てくるかな」
「あ、そう」
「昼前には行くから見送りは出来ないけど大丈夫だろ?」
「当たり前じゃない。むしろアンタがいると気が散って仕方ないわ」
「はいはい。全く何でこんな子に育ったんだか」
ミヤは反抗期だしモリガンは顔を出さないし、ほんとトリンだけが癒しだな。
「トリンはーー」
「トリンは部屋で寝てるわ。起こしちゃダメよ」
俺から最後の癒しを取り上げるのか!って夜に出発するんだから仕方ないか。
俺も早めに町に行くかな。
「分かってる。トリンにも見送り出来ないことを伝えておいてくれ」
「はーい」
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「あ、クレインさん」
ギルドに来ると必ずラナがいるが休みが無いのか偶然なのか。
「調査の進捗具合の確認と暇を潰しに来た」
「調査はもうすぐ終わるみたいですね。今日で最後にすると」
ロット山はあまり大きく無い。野営して調査すれば3日程度で終わりそうだが。
首都から呼び寄せたとは、もしかしなくともあのオスカーと名乗った冒険者か。たしかAランクだと自分で言っていたな。
「調査の内容の精査にはどれくらいかかる」
「一応ギルド本部の推薦ということなので、報告された内容を信じる、言ってしまえば鵜呑みにするということですね」
そうあっけらかんと返された。ギルドの在り方について少し不安になったが、早く済むに越したことは無い。
「明日また来る」
今日はもうギルドに用は無い。夜に来れば調査の報告が終わっている可能性もあるが、あの冒険者に会ってしまう可能性もある。別に後ろめたいことは無いが、わざわざ招集された彼女に気まずさは有る。
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既に依頼が終わっていると高を括っていたので思いがけず暇になってしまった。家に帰ってしまってもいいがミヤ達に挨拶した手前少し気恥ずかしい気持ちがある。
「久しぶりに峡谷に行くかな」
森の深い場所に家に今住んでいるのだが、町と反対側に抜けると荒野が広がっていて、その荒野に大きな峡谷があるのだ。因みにモリガンは『谷』だと言っていたが、その違いなんて微々たるものだろ。
向かう途中、家に帰って惰眠をむさぼるという快楽に誘惑されたが自制出来た。自分を褒めてやりたい。
道中の森の中ではハイコボルトやオークなどの中級の魔物を見つけたが、この森の魔物達は俺の強さを知っているので遠巻きに見るだけだ。
「暑くなってきた。もうすぐ抜けるな」
荒野の奥が砂漠になっているからか、荒野の魔物に火を使うモノが多いからか荒野及び砂漠の気温は高い。
汗がにじむのを感じながら歩いて行くと強い光に目が眩む。荒野に生息する魔物に太陽光が反射したみたいだ。クリスタルヘッジホッグという魔物で、針の様な水晶を背中に持っている。たしかEランクだったはず。俺にとっては眩しい以外に脅威が無いので放置だ。これが砂漠にいるアイスタイガーだったら即討伐だった。
「水が枯れているな……それに例年よりも暑い」
峡谷に着いて覗き込んでみると、以前まで下を流れていた水が枯れていた。見た感じ湿ってもいないので水が無くなって久しいようだ。妙な違和感を感じたので下に降りて調査することにする。
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「……結構深く掘ったが水どころか湿り気すら無いな」
降りて最初にやったのは穴掘りだ。水が無くなったのは地面に染み込んだのかもしれないと思ってのことだったが、1m近く掘っても乾いたままだ。森のほうは特に異変を感じなかったから原因は荒野側にありそうだが……
「このままだと、水を求めて荒野の魔物が森に押し寄せるな。そうなると魔物だけでなく動物達の生態系にも影響するな」
人が関わらない自然の営みなら俺が手を出す必要も無いが、問題を知っておきながら放置するのも駄目か。
「今夜は家に誰もいないし帰らなくてもいいか。まずは原因を推測して動くとしよう」
水が枯れた原因としては、
雨量が少なかった。
気候が変わった。
転生者。
1つ目は、そもそも例年より多かったくらいなので無し。
2つ目は、確かに海の水温が高くなった年は干ばつが多いが、森に影響が無いことから関係は無いだろう。
3つ目、消去法でいったらこれが一番可能性が高いんだが、転生者というもの自体がイレギュラー過ぎて不確定なものなので一応頭の片隅に置いておくだけにする。
ということで結局分からなかったので、この先にある水場に行ってみよう。水場にならまだ水があってナニかいるかもしれない。
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峡谷の中を歩いているが、水場に近付くにつれて気温が上がり、弱い振動も感じるようになってきた。
「暑い、というより既に熱い。地面も空気も熱い」
何だこれは……と思っていたら、水場があった住すり鉢状の広い空間に着いた。
「なんだこれは……まさか溶岩か?」
水が溜まっていた筈の場所には煮え滾る真っ赤溶岩が揺れていた。そりゃ熱くもなるわけだ。
だがこれで、溶岩という自然に適応出来た強力な魔物が関係している可能性が高まった。転生者の線はだいぶ薄くなったかな。
「溶岩、熱、荒野、砂漠……」
今言った単語に関連性のある魔物を思い浮かべていくと、3種類の魔物が浮かび上がる。溶岩を主食として地中に生息するラーヴァワーム。竜の中でも熱や火に強い火竜。溶岩の体を持つラーヴァゴーレム。それぞれB、A、Aと高ランクばかりで、水の魔法が得意じゃない俺にはキツイ相手だ。そもそもここに水が無いから水の魔法を使いようが無いな。
「ま、それでも勝てなくは無いか」
『毒を以て毒を制する』という言葉にあやかって火を以って火を制してやる。
すり鉢状の窪地に足を踏み入れると、足裏には感じる振動が違和感レベルからはっきりと分かるレベルに強くなった。思っていたより厄介な状況かもしれない。
「まずは俺の存在を知ってもらうか……出来るかな」
まずは『錬金』……土属性の基本となる技術だが、それで特殊な金属を2mの円の形に溶岩に傾けて錬成する。さらに、その金属に電気を流すと……
……ィィィィィイイン
普通の人間には聞こえない高く澄んだ音がする。所謂超音波と言われる高周波の音波を発生させる装置を作ったのだ。正直俺はこの音が好きではない。
超音波を溶岩に向けてしばらくすると、地面の揺れが強くなり、溶岩の表面もゆらゆらと揺れ始めた。
「少し、離れるか」
原因達が出てくると予想してバックステップで50mほど距離を取る。飛び散るであろう溶岩に当たったら流石の俺もヤバイからな。
ここら辺でいいだろうと足を止めたその瞬間、溶岩が盛り上がり、弾けて2つの何かが飛び出してきた。
「ま、予想通りかな」
俺の目の前には、体から溶岩を滴らせる2体の火竜がいた。