1話 誕生
『凡人の異世界転移物語』『始原の魔術師〜時を旅する者〜』『ワールド・ガーディアン〜新たなる転生者〜』のスピンオフ作品です。
その日の明け方1人の赤子が生まれた。
「よくやったぞ! 男の子だ!」
「跡継ぎが生まれて良かったですわ、あなた。
……でも、泣き声が聞こえませんわ。 息は! 息はしてますの!?」
出産したばかりの女性が痛むお腹に無理をして体を起こそうとしている。 そこへ産婆だろうと思われる女性が赤子を抱いて連れてきた。
「ご安心ください。 お泣きにはなっていませんが、目を開いてもう周りを見ているようです。 とても賢い男の子でございます」
それを聞いて安心した女性が赤子を受け取り抱きかかえる。
「私の可愛い赤ちゃん。 名前はなんとつけましょうね?」
「既に決めてある。 レフィクルだ! どうだ?」
「レフィクル……レフィクル! 素敵な名前。 きっと将来は貴方を超える立派な子になりますわ!」
「はっはっは、それでは余もおちおちしていられんな」
ガウシアン王国、後に狂王と呼ばれる男の誕生だった。
レフィクルはスクスクと成長し、3歳になる頃には既に言葉を覚え、受け答えもしっかりと出来るまでに成長し、自由に歩き回れるようにもなっていた。
「ふむ、やっと言葉を覚えたか。 しかし未だ身体は未熟だ」
独り言をぶつぶつ言いながら王宮を歩き回るその姿は王宮で働く者たちから不気味がられていたが、今のレフィクルにとって王宮内だけが自由に歩き回れる場所であり、世界の全てであった。
王宮をうろつくレフィクルの目に入ってくるのは、腐りきった生活をする父親である王やその大臣達の姿で、せっせと働いているのは兵士達や奴隷である給仕ばかりだ。
レフィクルはそんな光景を目にしながら自分のいる世界を知っていくように少しづつ慌てずに学んでいっているようだった。
ある日の事だ。 レフィクルの父親であり、この国の王であるチャートがレフィクルを初めて王宮の外に連れ出そうと声をかける。
「レフィクルよ、今から王都に行くがついてくるか?」
「おぉチャート、それは願ってもない言葉だ」
「お前は言葉を覚えるのは早かったが、変な言葉使いをしおって……余のことは父上と呼べといつも言っているだろう。 しかも余の名を呼び捨てるな」
「細かい事をいちいち気にするな」
「まったく我が子ながら可愛げがない奴だ」
そう言いながらもガウシアン王チャートは、やっと出来た息子レフィクルを溺愛していた。
だがレフィクルは王宮で見る、だらけきった父親を王としても人としても尊敬に値するところがなく、むしろチャートの子である事を恥じていた。
「あらあなた、レフィクルとお出かけですか?」
「ああ、そろそろコイツにも付き人が必要だろう」
あなたと言ったこの女性、つまりレフィクルの母親であり、この国の王妃シンもまた己の美のために無駄な時間や浪費をするだけの日々を過ごしている。
レフィクルの事を父親と同様に溺愛していたが、レフィクルはそんな母親がただただ気持ちの悪い生き物としか見れない。
こうして王都に向かったレフィクルは初めて見る王宮以外の世界の姿に驚き、また同時に顔に自然と笑みが浮かんでくる。
「どうだレフィクル、これが余の国の王都だ。 他にも各領地がいくつもあるんだぞ」
「規模はどの程度なのだ?」
「ガキの癖にそんな事をきにしているのか? まぁお前がもう少し大きくなったら教えてやろう。今日はお前の付き人となる奴隷を探すぞ」
「付き人? そんなものは余に必要ない」
「必要無ければそれでいい。 だが見ておく事は大事だ」
「一理あるな」
そう言って連れて行かれた場所は奴隷市場で、様々な奴隷が立ち並んでいた。
国王が姿を見せると奴隷達は一斉に跪き、ガタガタと震え出しながら頭を下げてくる。
「これは国王陛下、そしてレフィクル王子様、本日はこんな汚いところへよくおいでくださいました」
「世辞は良い、レフィクルに見合う奴隷を探しに来た」
「成る程、それでしたらこちらに躾のできた奴隷共が揃っております」
国王が奴隷商とテントに向かう中、レフィクルは1人外に立ち並ぶ奴隷たちを見て回っていく。
王宮では人間しかいないため、初めて見る人種の姿を物珍しそうに眺めていた。
「おいお前、なぜ頭から獣の耳が生えている?」
「……わ、私は獣人種ですので」
「獣人? なんだそれは。 それに耳の尖った奴や毛むくじゃらな奴もいるな」
レフィクルはその奴隷に聞いているつもりだったが、返事もせずに黙っているのを見てイラついた表情を見せる。
「貴様に聞いているのだ!」
「は、はい! 申し訳ありません。 耳が尖った者はエルフと言います。 そして毛むくじゃらと申されましたのが、ドワーフでございます」
「……聞いた事がないな。 なぜ貴様は好き好んで奴隷などをしているのだ?」
レフィクルがそう言うが、奴隷は震えるだけで返事もなければ頷きもしない。
「おい! 奴隷商!」
レフィクルが声を上げると奴隷商がすっ飛んでテントから出てきて、後から父親であるチャートも何事かと出てきた。
「一体如何なされましたでしょうか?」
「コイツだ! 答えろといちいち言わなければ口も開かん、ならば一層の事舌でも切り落としておけ!」
奴隷達、特に先ほどの獣人の奴隷が悲鳴をあげる。
「も、申し訳ありませんが、我が方としましてはあれは取り扱う売り物でございます。 それに奴隷は主人に意見を言ってはいけないと躾てありますので……」
「余計な事をしおって……チャート、コレの代金を払ってくれ。 余が直々にこいつに不要な舌を切る」
「バカモン、そんなくだらぬ事に金など払うか! お前が脅すから怯えていただけだろう」
「チッ!」
一瞬見せる舌打ちをチャートは見逃さなかったが、それを気にする事は無かった。
その日レフィクルが王宮に戻るときに1人の女が一緒に連れられる。 年齢にしておおよそ20歳過ぎたあたりだろう。
「いいかレフィクル、コイツが今日からお前の付き人となる。間違っても殺めるなよ」
「フン、それはコイツ次第だな」
その日王宮に戻ったレフィクルは奴隷にして付き人となった、ファルと行動を共にするようになった。
「ファルと言ったか。 この国はどうなのだ?」
「どうとはどういう意味でしょうか?」
「良い噂の国か? 悪く伝わる国か?」
「……最悪の国でございます」
「は、はっはっは! ファル、貴様素直だな。今の一言で首が落ちると思わなかったのか?」
「私は奴隷でございます。 嘘を言ってその場を言い逃れても、何れはお分かりになりましょう。 ならば嘘を言わず素直にお答えし、それにより処分されるというのであれば覚悟は常にしてあるつもりです」
「気に入ったぞファル! 貴様は殺さない」
「ありがとうございます」
それからと言うものレフィクルは常にファルを連れて歩くようになった。
そしてファルから色々と学んでいく。 奴隷の事、世界の事、ファルがわからないことは伴って書庫で調べもした。
そして年月が流れレフィクルが8歳になったある日の事だ。ファルが熱を出し倒れた。
「も、申し訳ありません……今、すぐに起きますので……」
「よい、治るまでゆっくりしろ。 その代わり早く治せ」
「レフィクル様……ありがとうございます」
「よく尽くすものは大事にする。ではゆっくり養生しろ」
そしてその日からファルの病状は悪化し、チャートには切り捨てて代わりをと勧められたが、レフィクルは頑なに尽くすものは大事にするべきだと断り、驚くファルをよそにレフィクル自らが食事を運び、国勤めの神官にもみさせるなどした。
またファルが倒れた事で1人で行動をするようになったレフィクルは、ある夜、王宮を彷徨く怪しい男の姿を見つける。ニヤリとしたレフィクルはそっと後をつけると、父チャートと母親であるシンの寝室へと近づいていた。
男が扉に近づいたその時、レフィクルがその手を掴む。
「死にたくなければ静かにしろ。 貴様何しにここに来た?」
手を掴まれた相手を見てただの子供と知り、即座に男は腰にあるナイフを抜き去ろうとするが既にそこにナイフはなく、自身の首に突きつけられ僅かに血が出ている事に気づき驚く。
「チャートとシンを殺しに来た、か。 面白い、貴様、俺に戦闘術を教えろ。 了承するなら殺しはしない」
男はじっとレフィクルを見つめる。レフィクルの奥底に眠る能力に気がついたのか、男は静かに口を開いた。
「俺の名はスパイダー、暗殺者だ。良かろう、お前が耐えられるというのなら教えてやってもいい」
「フン、耐える? 心配するな。 お前はただ教えればいいだけだ」
お互い見合いながらニヤッと笑う。 その笑いにお互いどの様な意味が込められていたのかは分からない。
翌日、レフィクルはチャートに戦闘術を教わりたいと申し出た。 当然チャートは喜び、早速指南役の人材を探し出そうと言ったが、レフィクルは自分で見つけたとスパイダーを紹介した。
「お前がレフィクルの指南するというのか?」
「はい、必ずやレフィクル様に最高の戦闘術を身につけさせてみせましょう」
「適任かどうか試してから……」
「余がコイツが良いと言っている。 他の奴ではダメだ」
チャートは溜息をつき、1月後までに成果を見せれるようにしろとだけ言って引き下がった。
その日からレフィクルはスパイダーに剣術、短剣術、槍術などのあらゆる武器の技術を教えられ、レフィクルはそれを水を吸う砂の様に覚えていった。
「覚えが良い、武器の扱いをまるで知っていたかのようだな。 特に短剣の腕前は相当なもの、マスタークラスはあるやもしれんな」
「この様な玩具など容易いものだ。 早くお前の真髄を教えろ」
「確かに十分だ。 だが、まだ時期ではない」
「何故だ?」
「後2年辛抱しろ。10歳になった時に教える」
「フン、逃げるなよ」
「お前のような逸材、捨て置くわけがない」
約束の1月後、チャートの用意した兵士と戦う。 武器はもちろん歯を潰した物だ。
「レフィクル! 約束の日だぞ。 父にその実力をしかと見せてみろ」
「こんな雑魚でいいのか?」
「はっはっは! こいつは驚いた。 兵長相手に雑魚呼ばわりか?」
雑魚呼ばわりされた兵長がギリっと歯を食いしばったのをレフィクルは見逃さない。
「ならば茶番はやめて、真剣でどうか?」
「お前は余の後継だ。 死なれでもしたら……」
「こんな雑魚相手で死ぬ様なら後継にはなれまい?」
チャートは悩み判断しきれぬとシンを呼び出した。 そして相談した結果、やはり真剣での勝負は却下される事になってしまう。
「レフィクル、私の可愛いレフィクル。 怪我でもされたら母は悲しみますよ」
レフィクルは母シンのこの化粧臭く馬鹿可愛がる優しさがうざったいだけであり、事ある度にレフィクルの行動を邪魔してきた。 そして一度シンが言ったことが覆ったことがない為、イラついたが仕方がなく歯を潰した武器による勝負をする事になる。
「レフィクル様! レフィクル様と言えど手加減はしませんぞ!」
「御託はいい。 さっさと始めるぞ」
兵長から見ればただの8歳の子供にしか見えない。 だが、武器を構えた瞬間兵長はそれが過ちだったことを悟る。 目の前に立つ8歳の子供にしか見えないレフィクルが、まるで歴戦の猛者の様に強大なオーラの様なものを放っている。
はじめの合図で盾を構え歯を潰した槍を向けるが、レフィクルは平然と前から迫る。
「その様に盾を構えたら、槍は突く以外出来んぞ」
そう言って、突き出してきた槍を僅かに避けただけで躱すと、思い切り盾を蹴り飛ばしてきた。
兵長からしてみれば守りを固め槍で牽制するつもりであったが、レフィクルに呆気なくその槍の牽制を躱されるどころか、一気に間合いに入られ、蹴りによって盾ごとひっくり返されてしまうなど夢にも思わなかったのだろう。
起き上がろうとした時には既にレフィクルの持つ短剣が兵長に向けられていた。
「言っただろう。だから雑魚だと」
そう言ってつまらなそうに短剣を捨てるとチャートのそばまで行き、わざとらしくお辞儀をしてみせた。
「よくぞそこまで強くなったものだ」
「約束通り指南はスパイダーにやらせて貰う」
「わかったわかった、お前の好きにするがいい」
こうして今回の試合は王宮内にレフィクルの実力を知らしめる良い機会となった。 そしてその頃にはファルの体調も戻り、レフィクルの世話をする様に戻った。
初めての方は初めまして。
そして今まで読んでくれた方はお待たせいたしました。
一応本日中に全話投稿予定です。