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夢現のあわい  作者: 池中 由紀
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◇04 屋上

◇04 屋上


 にもかかわらず、俺は屋上に向かう事にした。

 それまでにかなりの葛藤があり、既に夕方になってはいたが。

 行く理由はあまのじゃくというわけじゃなくて、妹の言葉を思い出したからだ。

 妹は俺の予知夢について知っているが、俺は『自分を大切にしてね』との言葉を賜った事がある。

 単純な言葉通り、予知夢で自分に降りかかる危険を避けてね、という意味、ではない。曰く、予知夢を絶対視して『自分』というものの存在を曖昧にすることは避けてほしい、とか、そういう感じの事を言っていた。

 実際問題、予知した危険は基本的に簡単に変えられるのだから、気にしすぎて行動が夢に影響を受けるのは、あまりいい事ではないのかもしれないとは思う。

 だから俺は、今回も十二分に気をつける事にして、あえて屋上に向かう事にしたのだ。

 淡井が俺を屋上に誘ったのは、予知夢を抜きにして考えれば、単にそこが生徒会室の傍だからだろう。

 生徒会長である淡井の屋上好きはそこそこ有名で、よく屋上で景色を眺めている彼女の姿が目撃されている。見た目も悪くなく金髪で目を引く事もあり、それなりに絵になるそうだ。

 ちなみに、この飯悟学園の生徒会は、生徒会という言葉から連想させられる権威的な何かとは一切無縁の存在だ。

 飯悟学園生徒会は、形骸化している。中身がすっかすかなのだ。

 実際、今現在一年生である淡井が生徒会長である時点でおかしいと分かるし、そもそも生徒会には淡井以外の誰一人として在籍していない。一年生の淡井が会長なのは、生徒会長は三年に一度一年生から選ばれると言う意味不明のシステムによるもので、立候補者が出ない場合はくじ引きで決まるらしい。実際、淡井の前会長はくじ引きで決まり、ほんの少しだけ存在する事務的な仕事と今日の朝の様な集会における挨拶を淡々とこなしたと聞いている。

 淡井はなにを思ったのか立候補したそうだが、かといって生徒会が生まれ変わった、とかそういう話は聞いた事がないし、そんな事は起きてないと思う。唯一特徴的な活動と言えば、生徒を個別に呼び出して学校からの依頼や雑務を伝えたりすることくらいだろうか。依頼は高能力の人間に限るにしても、雑務は一般生徒を呼び出す事も多い。

 その意味では、生徒会の連絡で屋上に呼び出されると言うのは、飯悟学園に限ってはそれほどおかしなことではないのだ。

 だとすれば、俺がもしも予知夢の能力を持っていなかったら、拒否するはずもない。それを思えば、予知夢によって行動が大きく捻じ曲げられるのはあまり良くないと考えるのなら、やはり俺は屋上に行くべきだろう。

 それでも少しだけ足取りは重いまま、俺は屋上の扉の前へとたどり着いた。……夕焼けが扉についた小さな窓から漏れていて、心がざわつく。現実に夢の世界が漏れてきているような錯覚を覚えた。

 腹をくくるのに僅かな時間を費やし、俺は扉をゆっくりと開けた。

 フェンスの傍、屋上の端。

 そこに無駄に絵になる様子で淡井が佇んでいた。

 緩やかな風に金髪が断続的にさらわれ、ほどけた髪が夕光をきらきらと反射する。普段の印象からは乖離した、物憂げな横顔もまた状況には合致している。

 ……本当に無駄に絵になっていて、綺麗だ。それほどいい印象を彼女に持たない俺にすらそう思わせる。あまりにも綺麗すぎて、計算しているんじゃないかとすら思える。

 思わず立ち尽くす俺に、淡井は気づいたのだろう。すっ、とこちらへ向き直った。

 しかし、物憂げというか、いつも瞳の中で燃えている意思の炎が消えているというか、どこかうつろとまで言ってもいいかもしれない様子のまま、淡井は口を開いた。

「………キミは、生きてて楽しい?」

「―――は?」

 思わずそう答えてしまい、しかし直ぐに言葉を咀嚼しなおすと再び背筋に寒いものを感じた。

 生きてて楽しい?

 つまり殺すよとか、いやさすがにそれは無いと思うけど、というか一体どういうつもりなんだ?

 動揺して何もできない俺に対して、何を思ったのか何も思わなかったのか、淡井の表情かクルリと―――いつものように溌剌としたものに変わった。

 軽い溜息のような吐息を残し、

「―――なんてねっ。それにしても、来てくれたんだー?嬉しいな。来てくれなかったらちょっと淋しかったところだよ」

 無邪気な様子でそう返してくる。もちろん、それが本当に無邪気なものなのかは分からないけれど。

 俺はなるべく当たり障りのない返答を考えてから投げる。

 が、次の瞬間、

「「君が来いっ、て…………?なに真似してるんだ?」」

 淡井と俺の声が重なった。俺の発言とそっくりそのままを淡井が同時に話して、それが一字一句違わず一致しているのだ。

 発言の合間に、淡井は楽しそうにくすりと笑う。それほど不快感は無いが、少し対抗心のような感情は湧いたので、言葉をつづけてみる。

「「なんでこんなことしてるのか分からないけど、俺の真似なんかしても楽しくないんじゃないか?というか脈絡がなさすぎだろ」」

 しかし淡井を振り切る事が出来ない。笑う淡井を見ていると、単純にふと思いついて何も考えずに面白がって行動に移しているだけ、なんて気もする。

「「本当に一字一句ずれることなく喋れる妹。…………。キリンがパンダとハグしてる」」

 絶対にあり得ない発言ですらトレースされる。

 なんとなく、これ以上続けても無駄な気がして徒労感がまし、思わずため息をついたところで、淡井はようやく自分の言葉を作って喋った。

「ど?美羽はねー、人の事見るのは得意なんだよ?すごいでしょ、面白いでしょ」

 特に誉めてほしそうでも自慢するようでもなく、ただ思いついた事を口にしているかのようで、とげのある感情は感じられない。

「まぁ面白いと言えば面白いしすごいと言えばすごいけど―――」

「―――ハッキリしない男は嫌われるよー?」

「……。けど、まさかこの為に呼んだわけじゃないだろ?」

 俺がそう言うと、不満そうに唇を尖らせて、

「ちぇー。せっかく特技見せてあげたのにつれないなぁ。……じゃあいいよ、本題に入るからっ」

 言い終える頃には既に淡井の表情から不満の類の感情は消え去り、ドッキリが見つからないように我慢しようとしている表情になる。

 思わず俺は自分の背後を軽く確認するが、まだ屋上に入ってすぐの場所から動いていないので、何がどうなってもここで突き落とされたりはしないだろう。階段から転げ落ちたりはするかもしれないが、未来が変わるときはもっと大胆に変わるものなのでそういう事もないとは思う。

 俺の不安に淡井は気づいたかわからないが、一瞬言葉をためらうようなそぶりを見せた。しかしそれほど間をおかずに、

「臨床心理部へようこそ! 臨床心理部は世川カズヤ君を歓迎します!」

 よくわからない事を宣言した。

 ……よくわかりたくない事を。

「あ、臨床心理部、通称りんしん部に入ったら自動的にぼうし部とSAS団にも入ってもらうからそのつもりでねっ」

「いや、今からでも辞退できるはずだろ」

 きちんと拒絶する風に声を作って返すと、しかし、

「あれ?そこは『何だそのネーミングセンス』とか言う所じゃないの?」

「……そんなの先輩方が漫画とか小説でも読んで立ち上げた影響だろ。同じような名前の部活動やサークルが世の高校や大学にはごろごろあるんじゃないか」

「よくわかってるねー。そそ、それで先輩方もいなくなって、晴れて幽霊部活動になりましたー」

「それは良いけど、俺は幽霊部活動に入っただけで、特に活動をしようってわけじゃないぞ。参加はしないからな」

 俺は拒絶をちょっとわざとらしいかもしれないくらい強調して返したが、淡井はそんな事どこ吹く風で金髪だけを風にたなびかせつつ、にんまりと笑って続ける。

「でもさ、カズヤ君。キミ、あまのじゃくみたいだから、やらないやらないって言ってても参加しちゃったりするタイプでしょ?」

「やらないって言ってて参加しちゃうように見えて本当に参加しないタイプだ」

「ふーん?でもキミ、わたしに興味ある、でしょー?」

 口元を手で隠して、少しだけ上目づかいで俺を見てきた。

 ちょっとかわいいとか思ってしまう。

 …………これ、絶対計算して表情とか作ってるだろ。

 って、あたりまえか、よく考えたら相手は子役とか演劇とかやってたような人間だからそのくらいできるだろう。

 そして、興味があるというのは否定できない。

 なにしろ俺は淡井に殺される運命だったらしいのだから。

 だから俺は、言葉そのものを否定する事が出来ず、かといって淡井の考えているような意図では決して無い事を伝えたかったが、正確に言葉にする事が出来なかった。

 俺の返答を待たずに、淡井は、

「わたしもキミに興味あるしさ。無理強いはしないけど、来てくれたらうれしいな」

「俺に興味?なんで?」

「はい減点ー。わざわざぼかしたんだから意図を汲んでよー?」

 またさっきと同じように上目づかいな表情を淡井が作っていたが、さすがに一度経験すれば慣れる。俺が反応しないのを見て、淡井は作っていた表情を崩して言った。

「理由はそのうち話すよ。それじゃ、今日はこれでおしまい。じゃねー、キミは先に帰って良いよ」

「え?」

 思わず俺は声を漏らす。

「あれ?残念だった?」

「いやいやいやいや。全然残念じゃない。じゃあ帰るから」

 俺は言葉を置いて逃げるように屋上を後にした。

 そのまま一階へとたどり着き、俺は安堵のため息をついた。

 …………つまり、今日の予知夢はもう無効になったと言ってよいだろう。

 なんともあっさりとした結末だ。

 あれだけびくびくしていたのがうそのように何事もなく過ぎてしまった。

 それは喜ばしい事ではあるが。

 肩すかしのような感覚がなくもない。……いや死にたかったわけじゃないけど。ただ理由が分からないのが怖いのかもしれない。何故同級生でさしたる接点もない俺を殺そうと思ったのか。

 それを言うのなら俺に興味があると言うのもよくわからないが。大それた経歴だとか能力なんて俺は持ってないし、そういう経歴に興味を持つのなら他のクラスメートを引きこんだ方がいいだろう。

 いや、案外ただの気まぐれなのかもしれない。やりたい事だけをやって生きていたいです、と全身で表現しているような人物だし、それは割とありうる事にも思える。

 まぁ予知した未来なんて気をつけていれば簡単に変わる、という事を確かめられたという事でとりあえずよしにしておこうか。

 案外、予知夢で予知した俺の死も、ただの事故だったりしたら笑え……ないけど笑えるな、とか、そんな事を死の恐怖から解放された俺は考えつつ、帰途につくのだった。


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