◇31 エピローグ
◇31 エピローグ
昼食どきの屋上。
「遊び破りな行為だとは思う。だからと言って全否定したいわけじゃないけどー……」
「そうかな?想定してる枠組みが違うだけじゃないかなっ」
ゆりと淡井が昨日と同様、少なくとも俺には理解できない内容で会話している。
随分と白熱しているようだが、アレで出会ったのが昨日だというのだから驚いてもいいだろう。
俺が初めて臨心部としての活動を全うした、……淡井の自殺を止めたあの日、俺は淡井とゆりとを病室で引き合わせた。
割と突然、淡井を連れてきた形になったのでゆりは驚くかもしれないと思ったのだが、ゆりはどこか予想していたようにナチュラルな対応をした。……まぁ、淡井を止めに行った事は知っているから、ある程度は予想できたのかもしれない。
ゆりと淡井、出会いの時点でその各々にどのような思考プロセスがあったのか、俺には分からなかったが、形式的なあいさつなど殆どなく、
「それ、読んでるのっ?」
との淡井の言葉からなし崩し的に永遠と終わらない会話が始まったのだった。
黄色い数学書を開いては、
「ほら、ここは多分シューアの補題を使って変形するんだと思う」
「あれ?でもそれ、こっちのと大分形式が違うけど、―――」
とか言ってみたり、かと思えば、
「この本は東からの流入ばかりに注意が向いてるし、こっちは人が見えてないし」
「この人、元々は人文学ってよりは地学というか理学の人だからね」
社会だか何だかに話が飛んでたり、俺では全く付いていけるレベルではなかった。単純に二人の会話が横道にそれやすいというのも、別に賢さとかそういう話は関係なくあるような気がするけど。ゆりは俺と会話しててもよく話がそれるしな。
二人はその病室の延長で、現在も屋上で会話している。
「―――スポイルスポート――――――ナラティブ―――」
……よくもまぁわけのわからない横文字も交えて会話ができるものだな、と感心しなくもない。俺が知らないだけだとしても。
「ね?美羽さん、危なっかしかったし、淋しがってたでしょ?」
背後の下方から飛んできた不意の言葉に反射的に肩が竦んだ。振り返れば、ロリ理事長が立っていた。
確かに、ゆりや理事長様は割と最初からその二つについて認識し、俺に忠告してきていた。ゆりは似ているからでいいとして、理事長様は何故気づいたのかは気にならなくもない。
「わたしがどうして美羽さんの事に気づけたかが気になる?」
……この合法ロリには読心術の能力でも備わっているのだろうか。
「それはちょっとズルしてるからまた今度にして…………」
「ズルって何ですか。……読心術とか?」
ふざけて言ってみた俺の言葉に、理事長はきょとんとする。
「あははは、それは面白い発想だね。今度からそれを理由にしようかな」
言った後、理事長はくすくす笑いながら続ける。
「キミとわたしが似てるっていう意味では、間違ってないけどね。ほら、能力値が無くたってできる事はいくらでもあるんだよ」
「……それを言いたいがために今回の事を見守ってたとか?」
「別にそこまですごい人間じゃないけど。でもほら、ちょっとは自信持てたでしょ?」
「自分にですか?……むしろなくしますよ、周りのすごさが身にしみて」
「そういうのは良いんだって。これから頑張りなよー、彼女たちに逃げられないように、全力でキミは走らないといけないからね」
それはそうだ。そもそも現在をスタートラインとすると、俺の位置と二人の位置は驚くほど離れているだろうし、この状況で二人が俺を完全に無視しないのはその意味では奇跡的というか、異常ではあるのだ。
「ほら、お兄ちゃんも見てないで参加しなよー!」
そんな事を考えていると、ゆりが俺を呼ぶ。
退院したと思ったら途端に元気になりやがって。頼むからムリして体壊すなよ。……とかそんな事を思いつつ、俺は返す。
「参加したって、俺じゃ二人の足引っ張るだけだろー?」
俺の発言に対して、次は淡井が返した。
「そんなこと言ってちゃ、いつまでたってもそのままだよっ!」
確かにそうだし、実際、もっと賢くなったり、勉強だけじゃなくて色々自分を高めたいなとかは思ってるけども。
考えてる間にゆりがいつの間にか傍によって、俺の手を取ってきた。
「うわ」
そのままゆりに引きずられ、理事長と共にいた傍観者の立ち位置から引きはがされる。理事長はひらひらと手を振っていて、……その所作は外見よりもずっと大人びたもののように見えた。
まぁ小学生と比べたら何でも大人びて見えるかもだけど。
引きずられた先に待っていた淡井が、もう見飽きたような悪戯じみた笑顔で、
「ほらー、学園のアイドル淡井美羽が和也クンの議論の相手するよー?」
とか言っているが、乗ったら精神的には確実にぼこぼこにされるのは目に見えている。一方でゆりも内心を見透かしたかのように、
「若いうちにぼこぼこにされて沢山打ち直ししておかなきゃ、そのうちぽっきり折れちゃうよ、お兄ちゃん。完成なんてありえないから生涯打ち続けなきゃだめだしさ」
なんて事を言って俺を挑発する。
あーあー、賢い二人はいいですよね。知識も積層されているし、俺とは段違いで物事が見えてるんだろうしさ。
まぁとはいえ。
そんな二人がわざわざ俺を上に引き上げようとしてくれているのは、ありがたい限りだし、或いはそれはゆりと淡井が互いに互いの淋しさを埋め合わせることのできる相手、……もしかすると同種同格の他者を見つけられたという事も意味している気もするし、喜ばしい限りではある。
俺もその手伝いはできた、と思うしな。
人が同種同格である事は奇跡的で、だからこそ淡井はそういった存在を認められず苦しんだ。
それを思うと、三人というのはバランスがよい、とか言えるのかもしれない。
二人であれば、厳密にはどちらかがどちらかよりも優れているという状況に陥りかねず、それは同格性を侵害する。三人以上であればそのような状況にはなりにくい。また、三人という少人数たればこそ、集団の同種性がある程度は保持されうる。
……別にそんな打算で二人と話すわけじゃあないけども。
「早く遊ぼうよ、お兄ちゃん。ぼっとしてないでさ」
むやみに考えていた俺の思考の横合いから、ゆりが言葉を投げてきた。
「お前達の、遊ぶ、は、俺が一方的にぼこぼこにされるだけだろ」
「だから、傷つく事を恐れてちゃ、いつまでたってもなんにも見えないままだよっ」
淡井が言う。……まぁ、そんなことは分かってはいるし、だから変えようとは思ってるんだって。
思った時点で俺の思考は二人に伝わってしまうほどに格差があるような気もするが、彼女らが俺の言葉を待っているように思えたので返すための言葉を考える。
俺の、ある種の覚悟を明示するための、子供っぽいありきたりな言葉を。
その言葉を使える事は、非常に幸運である事だという事をかみしめながら。
俺は言う。
「じゃあ、三人で何して遊ぶ?」
終わり。




