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夢現のあわい  作者: 池中 由紀
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◇27 モデル

◇27 モデル


「なぁ、お前なんで生きてるんだ?」

「……ハァ?」

 突然の質問に船崎は少しキレ気味でそう答えた。

 ……まぁ上半身裸でモデルしてるときにそんなこと訊く事ではないか。

「あぁ、悪い悪い。後でいいよ。モデル終わった後で、そのお礼としてでいいからさ。書くときは集中したいのかもしれないし」

 木製のイーゼルにキャンパスを乗せてひたすら鉛筆でデッサンを繰り返していた船崎の手が一瞬止まった事に少し罪悪感を覚えつつそう言うと、船崎は何事もなかったかのようにもう一度書き始めた。

 しゃかしゃかと小気味よく鉛筆が紙の上を走り、時たま止まって俺の方を見て目を細めたり、横に置いてある別の濃さの鉛筆と取り換えたりしつつ、十分もしないうちに書きあげたかと思うと紙を外して床に放りだす。

 俺と船崎は今、裁縫準備室という、今は使われていない部屋にいる。使われていないので少し埃っぽいが、鍵さえ閉めてしまえば人が入ってくる事もなく、かつ外から覗かれる心配もない。まぁ埃っぽい怪しげな薄暗い部屋で上半身半裸の男が微動だにせずポーズも取らず座っていて、隣で別の男が一心不乱にデッサンしてるわけで、奇妙と言えば奇妙かもしれない。

 書き上げた紙をちらりと見る。うまいんだかヘタなんだか俺には分からないが、とりあえず正確そうだと言う事は判る。デッサンは正確さが重要だとか小耳にはさんだ事もあるし、多分うまいんだろう。

 船崎が描き上げた紙を数えてみる。既に二桁を超えているから、まぁ一時間くらいはたったんじゃないだろうか。だから俺も疲れてしまって、さっきの様な質問をした、という事でもあった。

「……淡井にでも訊かれたのか?」

 ぽつり、と船崎の言葉。

 言われてみると、ちょっとニュアンスはずれるかもしれないが、それに準じた事を聞かれていた事を思い出した。

「まぁ……大体そんな感じの事をね」

 俺が言うと、船崎は直ぐには答えず、ただ手を動かし絵を描き続ける。

 船崎は一枚描き上げたところで呟くように言う。

「理由を気にする事が悪いとはいわねぇが、それに囚われる必要もねぇよ。まぁ……

恵まれた環境の俺が何を言っても、アイツは聞き入れねぇだろうが」

「恵まれた環境?」

「俺は元々絵がへったくそだったわけでもねぇし、知っての通り、親も芸術系の人間だ。才能とか言うもんがあるならそれにも恵まれた、と言えるだろうし、何より、自分よりも上手い人間が文字通り親身になって触れてくれたってのは、恵まれてるだろうよ」

「……船崎でもそんな事思うんだな」

 親を思う発言と外見とのギャップが激しく、思わず言ってしまう。

「どういう事だよオイ。……俺が浮いてんのはこの外見だけだろ?」

「その外見がすさまじいからね」

 実際、赤白の髪色と多少の高身長以外は普通の人間以外は別段普通の人間と変わりはない。

 ……と、思ったが意外とそうでもないかもしれない。というのも、

「でも、普通ではないよね」

「あぁ?どういう意味だ?」

「別に、粗暴だとかそういうんじゃなくてさ。―――自分に自信持ってるだろ?」

 船崎は黙っている時よりは遅く動かしていた腕をさらに緩やかにした。しばらくして、

「まぁ……一応、それなりに結果を出してるつもりだしな」

「普通の高校生ってのは、まだ自分のレーゾンデートル、……って日本語でなんていうのか忘れたけど、そんなものを確固たる何かとしてもってることなんて無い。だから、そういうのが他の人とずれてて、ある意味ではそういうのが怖く見えたりはするかもしれないしさ」

「存在理由な。だがあの中じゃ珍しくねぇだろうが」

 あの中と言うのは飯悟学園の特待クラスの事だろう。まぁ、確かに、右も左も自信満々の人間が多くて、俺は居場所がないが。

「自分に自信がない人間からするとさ、自信満々の人間が怖いんだろう。別種の人間に見えて、その自信を裏付けにして何されるか分かんないとか考えてさ。ま、単純に羨ましいってこともあるんだろうけど」

「そんなもんか……」

「そんなもんだよ」

 船崎はその後は特に喋ることなく、俺が少し肌寒さを感じる時間までデッサンを書き続けた。


 船崎が描き上げたとき、外は夕暮だった。というのも、なんとなく、俺が夕暮には終わろうと船崎に言ってあったからだ。

 なんとなく…………淡井が今日も待っているような気がしたから。

 船崎は俺の申し出を無視することなく、夕暮れがかった時点でデッサンをやめてくれたのだ。イーゼルなどを持ち、元にあった美術室に運ぶ途中、屋上へ向かう階段までは俺と船崎は共に歩く。

「俺は絵を描きてぇし、親を越えるのもやりてぇから、だから生きたいとか言えんだろうな」

 船崎はそう言い残して、俺と別れた。


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