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夢現のあわい  作者: 池中 由紀
24/32

◇23 老人

◇ 23 老人


 果てしなく意味のわからない予知夢を見た俺は、やっぱり予知夢がアテにならなくなってきたのかとか思いつつも、普段通りに過ごしていた。

 最近は予知夢がおかしなことが珍しくないし、アレが放っておくと起きると言われても、さすがに俺の行動としてありえない。

 なんで人を巻き込んで自分まで死ななきゃいけないんだろう。腹が立って突き飛ばすとかの方がまだ理解できない事もない。

 もちろん意識しないわけではないが、あんな夢を完全に忘れて無視できるわけもなく、そのあたりは問題ないだろう。放置したからと言ってあんな事が実現するとも思えない。

 とにかく、俺は夢の事は特に気にせず、今日もまた淡井と行動を共にしていた。

 今日は防止部としての活動をするということで、街へと繰り出した。今回は前のように自殺しそうな人物にあたりをつけているわけでもなく、ふらふらと歩いて探すらしい。……自殺志願者を探しに街を歩く事には妙な気分を感じなくもないが、傍目からすれば部活動もせず街をふらつく男女に見えるのだろう。

 放課後、俺は淡井について街を適当に歩き回り続けた。淡井は郊外に出た時点でメールを誰かに送って以降、初めて俺と街へと言ったときとは違い、特に遊んだり買い物をするでもなく、街ゆく人々をそれなりに真面目な表情で観察している様子だった。

 一方の俺はと言えば、特にする事もできる事もなく、ただぼんやりと歩いて周囲を眺めることしかできなかった。

 視界の端に初めて淡井と行動を共にしたときに行ったゲームセンターと食器店が見えた。あの時楽しんでいたようにも見えたショッピングや、或いはゲームなんかも、結局淡井にとっては無価値なものだという事なのだろうか。

 特にする事もない俺は漠然と考える。

 ……正直に言って、淡井が世の中に飽きたというのもやはり理解しきる事が出来ないし、まして淡井がある意味で必死になって自殺を阻止しようとしている事が不思議でしょうがない。

 極端な話、自殺しようとしている人間なんて、大抵が社会的に弱者であったりとか、或いは淡井と対等であるはずもない人ばかりじゃないんだろうか。だとしたら淡井からしたらどうでもいいはずの人種だと思うが。

 それでも、と、僅かな可能性をそこに見出しているのだろうか。自殺願望を持った人間がある程度は特殊だと思えば、その特殊性と何か淡井の求める同種性、つまりある意味での特殊性とが関連づいている可能性は、ゼロではない。

 そもそも、淡井が何を求めているのか、やはり漠然としているような気がするのだ。

 同種同格の他者が欲しいと言っても……やっぱりバドミントンの相手とか、もしくはもっと上の世代とかを見れば同格以上の人物は、特定分野に限ればいるはずなのだ。にもかかわらず飽きたとか言うのは、やはり我儘な気がしないでもない。

 もちろん、同じくらいの人が少なくて淋しいとかそういう気持ちは分からないでもないが……。

 そんな事を考えつつ、ちらりと淡井の方を見やった。淡井は相変わらず道行く人々をそれなりに真面目な顔つきで観察している。

 と、淡井が突然こちらへ意識を向けて来た。俺と目があった事に特に驚いた様子もなく、淡井は、

「ねね、自殺の原因で一番多いのってなんだと思う?」

 脈絡の薄い事を訊いてきた。

 考えるネタを得られた俺は、んー、等と無意味なワンテンポを置いた後に答える。

「経済的理由とかじゃないか?不景気だとかなんだとか言ってるしな」

 俺の答えに、淡井はわざとらしい溜息をついて言う。

「はぁー……。違うよ。まぁ特定の年代はそーいう事もあるけどさ」

 殊更に残念そうにそう言った後に、淡井は続けた。

「正解は、健康的理由だよ。……悪い言い方をすると、間もなく死ぬ人が自分で死んでるだけだったりするんだよね」

「……それは本当に悪すぎる言い方だな」

「精神が肉体の影響を受けるとしたら、体の健康を崩したことで心の健康も崩してしまったー、とか、そんな事を言ったりもできるけど。とにかく、実際に私が見た感じでも、健康的理由って言うのは多かったなー」

「……お前、どのくらい今まで自殺防止してきたんだ?」

 ふと気になって俺は淡井に訊ねた。

 淡井は、俺の質問に対して少しだけ微妙な、よくわからない無表情を混ぜつつ、

「月に一人…………くらいかなっ。二、三人の事もあるけど」

 たった一人が月に一人はコンスタントに自殺志願者に出会えるという事に、俺は少しだけ心がざわついた。統計的に言えば別におかしなことではないのかもしれないが、それでも世の中に飽きた、絶望した人々がそれほど多くいるというのは驚きだった。

 淡井は俺の質問に答えた後、意味ありげに首をかしげた。微笑すら浮かべている。

「………なにか?」

 思わず俺が訊ねると、淡井は少し呆れたように息を吐いて、

「分からないの?今日のターゲットが、多分、ソレだってことだよっ」

 淡井が視線だけで示した先には、好々爺とはとても言えないようないかついスキンヘッドの爺さんがいた。商店街の一角に準備された休憩所でどこかのコーヒーを嗜んでいた。外見を見た限り、健康に見えるし、重役的な風格すら漂っている。ちょっとにらまれたら裏の世界の人間だと思ってしまうかもしれないくらいだった。なんとなくどこかで見たような気もするが。

「いや、あの人はどう見ても健康体そのものだろ……」

「そんな風に素人が考えるから、ある日ぽっくり、っていうのが絶えないんだよ?」

「まぁ……外見だけで判断できたら医者はいらないけども」

「じゃ、いこっ」

 淡井は特に躊躇うことなくスキンヘッドの爺さんのもとに向かう。……少しは覚悟決めるとか、そういう人間らしさと言うかかわいげみたいなものを演出してもいいんじゃないかとも思うのだが。少なくとも、俺自身はそれなりに躊躇したい状況なんだが。

 淡井がすたすたと歩いていく途中、、スキンヘッドの爺さんは淡井が近づいてくる事に気づいたようににやりと笑った。……なんとなく風格を感じなくもない笑い方で、ますます病気のようには見えない。もちろん素人考えにすぎないのは分かっているが。

 そう言えば、とふと思う。

 今回は俺に行ってみろとは言わないんだな、と思わなくもない。それが失望の結果だとしても、それほど俺自身は悔しく思ったり残念に思う事は無いけれども。

「こんにちはっ。川越さん……ですよね?」

 敬語を使った事に少しだけ意外なものを感じる。別に淡井が常に非常識な人間だと言うわけではないし、寧ろ大人に対する態度はわきまえている事は分かっていたが、実際に目の当たりにすると違和感を感じたのだ。

 とはいえ常日頃のように軽く明るい調子で話しかけた淡井に対し、川越と呼ばれたスキンヘッド爺さんは笑い飛ばして言い放った。

「はっはっは!ついにわしも天使とやらのお迎えがきたか!」

「……ご存じなんですか」

 またいつも通り俺を置いてけぼりにした会話が二人で始まる。……経験したからと言ってなれるものでもない。

 が、今回は川越さんが解説してくれた。

「そりゃあ、おまえさん、街中で自殺を阻止するような奴、それもそこそこ成功率がある輩は噂になるだろう?大体、インターネットで噂になっとるだろうに」

「……なら話は早いですね。自殺なんて止めませんか?」

 淡井の言葉に、川越はすっと目を細くし、

「どうしてだね?」

「単純に、人が死ぬのが嫌だから、では駄目です?」

 川越は淡井の答えに、ピクリと片眉だけを動かす。

「ふむ。……まぁええか。お前さんは、あの淡井美羽なんだろう?」

「うん、淡井美羽と呼ばれる人間の中では最も有名だとは思ってるよ」

「そうかそうか。いや、わしはお前を待っておった。お前さんに興味があってな。お前さんも、わしに興味があるんだろう?」

 言われた淡井は特に表情を変えない。さっきから微妙に淡井の態度は普段と違うような気もする。単純に川越に威圧されている、というよりは……―――どこか尊敬の念のようなものを感じなくもない。いや、気のせいかもしれないけど。

 淡井の返答を待たず、川越は自分に言い聞かせるようにも続けた。

「なんにせよ、わしはお前さんを待っておった。……お前さんがよければ、わしの家に招待しよう。問題さえなければ、今からでもいいが?」

「いいんですか?」

「いいとも。……わしはこれを最後の、……最期の楽しみにする予定だからなぁ」

「そうならないことを祈っています」

「はっはっは!そうかそうか!だがお前さん自身、もう悟っておるだろうに!」

 川越が笑い飛ばす。一方、淡井はそのまま反論する事は無く、俺はその事に驚かされる。これだけ言われて黙ったままの淡井と言うのは、なんとなく、奇妙な感じだった。

 そんな事を感じつつ淡井の横でただ突っ立っていた俺に向かっても、川越は意識を向けて言い放つ。

「そっちの少年も着いてくるといい。年をとると頭数は多いだけで楽しくなる」

 その感性は割と特殊な気もするが、わざわざそれを指摘する必要性もないので黙っておく。

 川越はくるりと体を反転させ、健康体そのものの様子でズンズンと先導しつつ、

「若者の教育や会話はいくつになっても楽しいものだな」

 そうぽつりとつぶやいた。


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