◇20 責務と自由
◇ 20 責務と自由
荷物を取りに行こうと生徒会へ向かった俺と淡井だったが、何を思ったのか淡井は屋上へと出て行った。
もう見慣れたはずの夕光が屋上に落ちてきている。見慣れたはずなのに特別な印象を抱かせられる光景に対して、表現しづらい不思議な感情を抱いた。
多少の風に金髪を攫われつつ、淡井はフェンスへと近づき眼下の光景を漠然と眺めている。
俺は淡井の行動の理由があまり理解できなかったが、いつも通り単に気が向いたからなのかもしれないし、そもそも淡井が屋上を好んでいるという情報を思い出す。
そんな事を考えつつ、俺はゆっくりと近づいた。
淡井の傍に俺が立ち、下に見えるグラウンドで白球を追いかけている野球部員を漫然と眺めていると、やがて淡井がこちらへと意識を向けた。
まっすぐと俺を見据える軽い笑顔を乗せた表情からは、吟味するような、しかしそれでいて厭世や諦念のような感情が見えた、様な気がした。
淡井は呟く。
「……ねぇ、カズヤ君。どう思った?」
要領を得ない質問。だが、それは意図されたもので、俺の反応を見るたものものだろう。入試の面接なんかと同じだ。
ただ俺は別に淡井に好印象を与えたいわけではないので、俺は素直に口にする。
「どう思うって…………別に何も思わないよ。お前は噂にたがわず半端じゃない高能力者、能力の高い人間だってことと、アレで飽きたとか言うのは我儘だとしか思えないってことくらいだよ。というか、お前普通に楽しんでただろ?」
先ほどまで複数の部活に参加し、かつどの部活でも歓迎され、そして傍目に見れば楽しんでいた様子だったのだ。あの様子で『飽きた』というのは、俺には理解できなかった。
しかし、淡井は言う。
「刹那的には楽しいよ?でもね、ああいう楽しさは、薬なんかでも得られる快楽と大差ない、そう思わない?」
「……お前、それ全国のスポーツマンとかを敵に回す発言だぞ」
「ちょっと悪く言いすぎだとは思うけど。とにかく、わたしはすぐに飽きちゃうから。飽きる事が分かっていれば、それはつまらない事だよね。それに、わたしはできちゃうし」
淡井の答えに、俺は思った事そのまま伝える。
「お前のその、飽きたって物言いはやっぱり理解できないな。大体、飽きた飽きたって、できるできるって言うけどな、高能力ならその能力を活かすべきだとは思わないのかよ。世の中に役立てるとか、能力があるからこそできる事があるだろ?」
俺の発言に対し、淡井は軽く浮かべていた笑顔を消す。……淡井の表情から俺が読みとれる表情が消えた事は、俺を強く狼狽させる。
「……キミも、そういう事を言うの?」
無表情とは対称的に、淡井の言葉そのものからは、あからさまな失望に近いものを感じる。別に淡井の機嫌を取ろうとは思わないが、自分の言動に対し他人が負の感情を持つのはそれほど気分のいい事ではない。
が、別にだからと言って主張を変える必要はないだろう。
「そういう事って言うのは、能力を生かすべきだって事か?お前は活かすべきだとは思わないってことか?」
「むしろ、どうしてキミは活かすべきだって思うの?」
淡井は僅かに首をかしげて金髪を揺らしつつ訊ねてくる。
「そりゃ、能力値の高い人間はその能力を活かして世の中とか人類の役に立ったりできるだろ?で、それを活かさないのはもったいないだろ」
「どうして高能力者は社会貢献しなきゃいけなくて、低能力者はしなくてもいいの?」
「……別にそんな事言ってないだろ。ただ、能力があるのなら、飽きたとか言ってないで、それを活かせばいいだろ、活かすべきなんじゃないかって言ってるだけだ。もったいないし」
「でもそれは、わたしの自由だとは思わない?持たざる者よりもできる事があるからと言って、持たざる者と違う事をやらなきゃいけないわけじゃないでしょ」
「それは…………もったいないとは思わないのか?」
「別に思わないよ?わたしがどう思うか、どうするかは私の自由でしょ?その能力はわたしが手に入れたものだから、どうしても自由じゃないかな?……中には、能力は一人で手に入れられるものじゃないから還元しなさい、とか言う人もいるけど、わたしはその主張には反対だしね」
「…………」
俺は反論できない。
確かに、もったいないと思うのは俺の意見にすぎないし、個々人の行動は各々の自由だと言われれば、それを否定できるとは俺は思えない。
淡井は俺の答えを待たずに続ける。
「それに、結局それにも飽きちゃうよ。そんなのはつまんない。わたし、別に人の役に立つ事を生きがいにはしてないから。役に立とうと思えばできる事も分かってるし、楽しくないよ」
「じゃあ一体どうしたいんだよ。飽きるとかつまらないとか自由とか言うけど、結局お前はどうしたら満足なんだ?」
「楽しい事が出来れば満足だよ?」
「だからそれはいったいなんだって聞いてるんだろ?」
淡井は少しじとっとした眼で俺を見た。
「……………………」
しかし口を開くことなく、沈黙を続ける。表情からは、失望や諦念、だろうか。
俺が黙って待っていると、やがて淡井はするりと屋上から出ていく方向へと歩き出した。
突然の行動に俺は一瞬反応が遅れたが、
「世の中には楽しいことだって沢山あるだろ!」
俺の言葉に、淡井は足を止めて一度振り返った。一度俺を見た後、視線を横にずらし、さらに俺の足元へと視線を動かした。
淡井は言う。
「楽しいはずのことだって、場合によっては楽しくなくなることだって、あるんだよ。―――ねぇ、カズヤ君?君にはわからない?」
「単純にお前が飽き症なのが原因じゃないのか?」
淡井は俺の言葉に対してゆっくりと首を振って強い否定を示した。
「……じゃあね。わたしは今日は帰るよ」
言葉を残して淡井は去っていってしまう。
まだ話は終わってないだろ、と言いたくもなったがやめておいた。と言うのも、……今日のディベートの様子を見ても思った事だが、生半可な発言は簡単に論破されてしまうと思ったからだ。
だったら、俺はもっとよく考えて発言した方がいいだろう。自殺学生のように、今何とかしなければいけない事でもないのだから。
俺が黙って見送る事に、淡井が違和感の一つでも感じてくれたかどうかはわからなかったが。
去り際、校舎内へのドアの手前で、淡井は一言だけ言葉を残した。
「キミも研究者なら、色々考えてみてよ」
内容は俺の事を勘違いしたもので、かつよくわからないものだったが。
淡井はそのまま俺を残して夕焼けに染まる屋上を去って行った。




