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夢現のあわい  作者: 池中 由紀
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◇01 全校集会


◇01 全校集会


 夏休み開けの、二学期の初め。

 俺は非常に暗い気分で登校し、早速の全校集会を聞き流している。話が長い事を自覚しつつそれを自慢する教頭が壇上で話しているが、あまり聞く価値があるとは思えない。見た目が小学生な理事長の方がまだ面白い話をするが、彼女は小さな区切りの集会には出ない事も多く、今回は出席していないようだった。

 いや。

 というか。

 正直言って、そんな事考えてる場合じゃない。

 俺は、今日の朝に最悪な夢を見た。

 世川和也という人間が、……つまり俺自身が、特に何の接点もないはずの淡井美羽によって殺されるという夢を。

 そもそも俺と彼女とは、同じクラスメートでこそあれ、この春から同じ学園で過ごす事になっただけの間柄のはずだし、夢に登場するほど接点があったとも思えない。多少有名人な彼女に憧れの様なものを抱いていたとすれば少なくとも無意識下だろうし、俺はそんな無責任な無意識は認めたくなかった。

 これがただの夢だったらどんなに良かっただろう。

 いや、別にフロイト先生に出張って来てもらって桃色にしたいとか、そう言う意味ではなく。


 これは予知夢なのだ。


 俺自身が半信半疑だった時期はもう小学生のころまでで、中学後半の頃にもなればこの事は事実として受け止めてきていた。理由も原理も不明だが、とにかく、俺は自分に害が及ぶ事に関して、正確に夢として予知する事ができる、らしい。

 この能力は俺の人生をささやかながら良いものにするために役立ってきた。

 例えば道端で転ぶ事を予知すれば、その道を通らなければ良いし、自転車に轢かれると予知すればきちんと後ろに気をつけているだけでよい。未来を予知したら変えること自体はたやすいことだ。……ただ一方で、無視して忘れたりすると、確実にその現象が起きることも確かで、思えばまだそれほどこの能力を信じていなかった頃、忘れたせいでそれなりに痛い目を見ていた気はする。

 さて、だとすればつまり、俺がこのまま特に何も対策せずに、或いは予知夢を見ることなく生活したとすれば、十六歳の俺はここで人生を終える事になる、らしい。

 ちなみに今まで俺は自分が死ぬ予知夢を見たことはない。

 そもそも骨折以上の夢だって三回くらいじゃないだろうか。

 その原因がもっと接点の多い妹だとか友人だとかだったら、まだ理解できない事もないけど、……いや理解はできないかもしれないけど、ともかく淡井と俺とは、本当に何の関係もないのだ。

 何故殺されたのだろう?

 予知夢は基本的に当日の出来事のはずだから、要は今日中に俺は淡井と知り合って、屋上で会話?して、そして殺されるらしい。

 …………訳が分からない。

 もしかしたらアレかもしれない。つまり、俺の、このよくわからない予知能力はもう使えなくなったとか。原理が分からないから、いつ消えてしまってもおかしくはないし、そうなると少し生活に困るような気もするので困るけど、とにかくそういう事なのかもしれない。

 あぁ、でもそんなこと言って無視してて万に一つも死んだりしたら嫌なので、というか、やっぱり俺は少し混乱してるらしい。

 とにかく。とにかく、淡井がこれから俺にコンタクトを取ってきたりするはずで、注意深く生活すれば死んだりすることはないはずだろう。気をつけることはそれだけで十分じゃないだろうか。十分だろう。

 俺は起床以来ずっと頭の中をうろついている問題に対し半ば強引にそう思う事にして、―――生徒会長として壇上に上がる金髪、淡井美羽を眺めた。

 堂々とした足取りで、しかし無責任にも見えるほどの自然体で、彼女は壇上へあがる。金髪がうるさいが、慣れてしまえば目に毒というほどでもない。

「生徒会から連絡があります。……えーっと、まだ部活に入ってない人がいるけど、この学園は一人残らず部活に所属する事になってるから、入ってください。今日配るプリントに書いてくれればいいよ。各クラス五人くらいかな?どうしても入りたくないって人も、そういう人たちの為の幽霊部活動があるからそれに参加してください。……以上です」

 微妙に崩れた丁寧語でそう告げると、さっさと壇上から下がってしまう。

 普通に考えれば生徒会長としては不真面目な態度だし、生徒としてもどうかと思われるはずだが、淡井美羽という人間が動作主であれば話は別だ。

 淡井美羽は有名人だ。

 それもかなりのレベルの。日本の同世代で最も有名と言ってもいい。

 特に彼女について特別興味を持ったわけでもない俺ですら、ある程度の情報は常識として身につけている。

 天才子役として芸能界に関わりつつ、小学生程度の人気絶頂の時点で『他にやりたい事が出来た』と引退した。引退後それほど経たず、まだ中学生にもなっていない彼女は『彼方への毒』とかいう小説を発表。小学生少女の書く堅苦しく息苦しい小説がベストセラーになって、さらに有名になり、そしてそれから小説もパタリとやめてしまう。

 芸能関連にしか興味がないかと思えば、次に興味を持ったのはバドミントンらしく、全中で一位をとってそれ以来大会に出ることはなかった。……丁度テレビでプロ選手が騒がれ始めたころだったと言うのも理由の一つではあるが、彼女はとても注目を浴びた。一時期は連日プロ選手並みに報道されていたような気もする。

 さらには中三で数学オリンピックにでたとか何とか言う話もあり、この辺は前の三つと比べたらそれほど大きく取り上げられてはいないが一部の界隈ではかなり有名らしい。おまけに家柄も悪くなく、さらにさらに以上に取り上げたような輝かしい経歴が反感を買わないような人柄だと来れば、有名なのはおかしくはないだろう。

 そのほかにも様々なスポーツやらなにやらで記録を残しているとかいう噂話を枚挙すれば暇がない。噂なので全てが真実ではないのだろうけど、いくつかは真実なのだろう。俺はそんなに興味持って調べた事はないから詳細はよく知らないが。

 いやはや、漫画なんかの万能キャラですらもうちょっと節操がありますよ、と一言投げたくなるレベルだ。

 ちなみに俺自身は彼女についてそれほど良い印象は持たない。

 人柄自体には魅力があるらしく、直接会った人間は殆ど懐柔されると言うか、彼女に肯定的になってしまうが、世の中には一定数、反感を覚えている人間がいる。

 もちろんやっかみや羨望、嫉妬なんかが原因でただ理由もなく批判している人間も多いのだが、それだけではない。

 というのも、彼女はすぐに『飽きる』事で有名で、特にバドミントンをやめた時は少しその事が騒ぎになった。スポーツマンシップとかからは外れているようにも見える態度が癇に障った人もいたのだろう。俺も彼女のように、何かきちんと一つを追求しない態度はあまり好きだとは言えず、だからとても高い能力を持っている彼女によい感情ばかりを抱けない。

 高い能力があるのなら、それをもっともっと追及して活かせばいいのに、とは思う。

 ただ、一体彼女の人柄とやらがどれほど素晴らしいのか知らないが、世間では『飽きられる方が悪い』というような論調が主流になってしまっている。

 大体、俺の意見だって、職人気質を好む人間の身勝手なものではあるのだからそれほど強くは言えないのかもしれない。人が何をするかは自由なのだから。

 世の中や社会は彼女に肯定的だ。金髪で軽薄な態度なんかも、天才ゆえの凡人には理解できない奇行と捉えられ肯定される。あれほど世界に愛されている人間もそうはいないだろう。

 とはいえ。

 俺とは関係のない人間のはずだったのだ。いくら有名人だといっても。

 にもかかわらず彼女に俺は殺されるらしい。

 またも浮かび上がった強烈な疑問、何故殺されるのかについて、俺はもう一度、答えなど無いと知りつつ延々と考え続けるのだった。


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