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夢現のあわい  作者: 池中 由紀
16/32

◇15 女学生

◇15 女学生


 あの夢のシーンがやってきた。

 というのは、つまり、駅前で淡井が俺を巻き込んで転ぶシーンだ。

 俺は今現在、階段を下りている最中だ。淡井はいない。

 今回、俺はあえて阻止しない事にしている。

 何故なら、転んで醜態をさらすなんて言うのはまさに淡井にとって予想外のもののはずで、だったらわざわざ阻止しなくてもよいと考えたからだ。

 放課後、屋上に向かってから今日こそ真面目に活動すると言ってまた駅へと向かった。前回と違うのは、駅が通過点ではなく、終着点という事だけだ。

 淡井曰く、今日は死にそうな人にあたりをつけているとのこと。しかも死ぬ方法まで大体分かってるそうで、それが飛び込みらしい。

 だったらわざわざ駅で直前に止めなくてもいいような気もするが、淡井曰く大事なのはタイミングらしい。俺にはよくわからない。

 俺は階段を降り切る。気配を感じつつ振り返れば、夢と全く同じ光景が、つまりは淡井が階段の始まり、地上にいるのが見えた。

 軽く手を振り、淡井は一定のリズムを刻んで階段を下りてくる。

 映像的にはきれいだなぁ、世の中って不公平だなぁ、という感じだが、しかし、この後に転ぶ事を知っていればまた見方も変わってくる。極端な話、世の中とは公平なのだとか言ってしまってもいいのかもしれない。いや、ギフテッドと対価が釣り合っては無いけど。

 淡井が運命の位置にたどり着き。

 足を滑らす。

 僅かに垣間見える驚きの表情。舞う金髪。

 夢よりも淡井をずっと注視していた俺は、

 刹那、笑顔を見た気がした。

 俺は淡井を受け止めすぎず、かといって倒されるがままにもならないように地面に倒れ込んだ。軽く受け身をとったおかげで、夢と違って殆ど痛みすらなかった。

 一方で夢と同じく、淡井は俺に抱きついたような恰好のまま胸の上から動かない。

 さて、夢であったら俺は動かない淡井に不安を感じ声をかけるところだが―――

「―――なんで分かったの?」

 淡井が顔も上げずに話しかけてくる。あからさまな驚きの色がそこにはあった。

 淡井の質問には白を切るために適当な言葉を返す。

「分かったって?」

「私がわざと転ぶのだよっ。最初から転ぶってわかってたみたいに受け止めたでしょ?」

 ばれないようにしたつもりだったのに簡単にばれてるし。

 というかわざと、というのはやっぱりか。……じっと見てた時に笑顔が見えた時点でそんな気はしたが。

 とはいえ今回は予期せずうまく淡井を驚かす事が出来た。予知夢を見ていて俺が行動を変更していなかったら、淡井が驚くことなどなかったはずだ。

 さて、淡井の疑問にはどうやって答えるのが正解なのだろうか。俺は質問への回答を考える。が、その間に俺は淡井の背中を軽く叩いて、

「早く立てよ。怪我はないんだろ」

 立ち上がるように促す。淡井は何故か微妙にしぶしぶといった感じで立ちあがった。

 俺も一緒に立ちあがり、制服についたちょっとした汚れを適当に払った。淡井と違い直接床に倒れているので多少汚れたかもしれない。

 さて、嘘をつくときは真っ赤なウソよりも本当の事を混ぜたほうがいい、というのは定説で、実際そう言った側面も無きにしも非ずだろう。

 俺は解答を作り出し、淡井へと送った。

「たまになんとなく分かるんだよ。自分でもなんでか知らないけど、未来がちらっと予想できる。今回の場合、お前が転びそうだな、とかってな」

 返された淡井はかなり疑っている様子だった。無理もないと思う。俺も人からそう言われたら馬鹿にされてるかふざけてるかのどちらかだと思ってもおかしくない。

「ふーん?教えてくれればよかったのに」

「確証がないのに『お前、転ぶかもよ』とか言っても意味ないだろ?」

「じゃあ今度から教えてねー?」

 言いつつ、淡井はにこりと笑う。そのままの表情で続ける。

「キミ、やっぱり面白いねっ」

「驚いたか?」

「ちょっとね。うん、その調子で私を驚かせたりしてくれると嬉しいなー」

 明るく溌剌とした表情としぐさから負の感情が誘起されることはなく、自然にプラスの印象を持つ。妹と理事長の言葉も薄れてしまうほどだ。淡井の転倒はただの演技なのだから。屋上から突き落とされた予知夢はやはり淡井の危うさのようなものを表現しているのかもしれないが、かといって一度のミスで危ういと言ってしまうのもどうかと思う。ふとした瞬間に予想だにしなかった出来事が起こるというのは、それ自体は珍しい事ではない。

「じゃ、行くよっ」

 淡井はそう言って俺の手を引く。……だから接触が多いって。

 引っ張られるようにして向かったのは、地下鉄の駅のホームだった。それなりに階段を下りたり地下道を歩いたりして、ホームへとたどり着く。切符が電子化されてからは随分と楽にホームにいけるようになったものだなぁとか、どうでもいい事を考えながらたどり着いたホームには、まさに学校帰りと見られる学生がちらほら見えた。

 淡井は特に喋ることなく比較的早足でホームを歩いて奥へと向かう。この駅にはまだ飛び込み防止用のドアなどは設置されていないから自殺場所に選んだのかもしれない。自殺の意思があるのならドアなんかは自殺阻止の効力を持たないようにも思えるが、実際のところ障壁は心的障壁にもなりうるのだろう。実際どうかは知らないが、設置するだけで自殺は減りそうだ。

「―――ほら」

 ビタリ、と淡井が突然足を止めたため、後ろに引っ張られていた俺は淡井に半ば衝突するようになったが、淡井は特に気にとめた様子はなかった。

 俺の腕を掴んでいた手を放し、電車が止まった時に最後尾になる位置よりも外側のスペースにたたずむ学生服の女子生徒を一瞬だけ指差した。一応、駅のホームの柱の陰から窺っている形になっているので、向こうから気づかれる事は無いだろう。

 淡井の言葉を聞いているからだろうか。生徒の様子は非常に不自然に見えた。

 まず彼女の立ち位置がおかしい。あの部分は電車が止まる位置ではなく、基本的に誰も行く必要性の無いデッドスペースだ。階段や入り口が彼女側にあるのならまだしも。人がいるはずのない場所にたたずむ姿は、あからさまに浮いて見えた。

 加えて、彼女は周囲を漫然かつ不自然に確認している。けしてきょろきょろと挙動不審なわけではないが、かといって一点を見つめて動かないわけでもなく、まして自然でもない。視線移動に慣性が働いているかのように、微妙な間と溜めを持って周囲を見ていた。

 その不自然さは、確かに自殺者のものにも見えない事もない。実際に淡井がそんな人の心情や行動を読み切っているかは分からないけれど、少なくとも彼女がそれほど良い精神状態ではないだろうことは、俺にも推測はできた。

「あの子が、今日の防止部のターゲットだよ。……じゃ、頑張って」

「…………頑張ってとは?」

 たん、と軽く腕を叩きつつつ淡井は当然のこととばかりに言う。

「キミがまず彼女を助けてみてよ。私を驚かせてくれるんでしょー?」

「それは嫌だ、というより無理だろ。別に俺は社交的なたちじゃないぞ」

 淡井は少し揶揄するかのような、……きつめの攻撃的な表情を一瞬だけ覗かせる。俺は僅かにたじろいだが、その瞬間に普段のように軽い表情に戻り、

「でも、ほっとくと死んじゃうんだから。大丈夫、駄目だと思ったら私が止めるよ」

「そんな事言われてもな。大体、本当に彼女が……自殺、するかは俺から見たらかなり怪しくもあるし」

 くるりと俺の方を向いて、にやりとしつつ淡井は言う。

「はい、嘘。さっき見た時から、確かになんか危なそうだな、とは思ってるでしょ?」

 あっさりと見破られて俺は閉口するしかない。そのまま二の句を告げずに黙っていると、淡井はもう心の準備の時間は終わったと判断したのか、

「じゃ、説得、がんばってねっ。―――ほらっ!」

 大きめの声と共に、ドンッ、と少し強めに押されて、俺はよろけつつも柱の陰から押し出されてしまう。わざわざ声を大きめにしたのは彼女に気づかせるためだったのだろう。彼女が俺の方を向いた。

 濁った目が俺を捉え、否応なく説得へと突入した。


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