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夢現のあわい  作者: 池中 由紀
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◇13 理事長との会話

◇13 理事長との会話


 目覚めた俺は、久々に普通の夢を見たな、というような感想を持った。

 もちろん、内容としては淡井が転ぶと言うような微妙に信じがたい、……ゆりがいったように危なっかしさを証明するようなものだったが、それは別として。

 夢の最後に自分や関連する人々の怪我の状況が分かるのだが、今回、怪我に関して殆ど記述がなかった。

 この場合、後の行動に影響がない程度の怪我とも言えないようなレベルのものでしかない。傷も残らずちょっと苦痛があるだけで、この程度なら忘れてしまってもそれほど問題はない。別に被虐趣味は無いので覚えていればきちんと回避はするが。

 予知夢の内容を研究員の女性に伝えると、終わりがけに、久々に普通の夢でよかったですね、と言われた。確かに誰かが死んだりするような夢じゃなくてよかったとは思う。その研究員がにやついていたような気がするのは、俺の自意識過剰であってほしい。

 夢の記録を含む毎朝のルーチンをすべて終えた後、荷物を持って学校へ向かおうと研究室を出たところで。

 俺の前に外見小学生の女子が立ちふさがった。

「や、和也君。元気してた?」

「ちょっと最近ごたごたしてましたけど。今日は特に元気ですよ」

「昨日、一昨日のはすごかったもんねー」

「無事だったんでいいですけどね」

 俺は敬意を払って返す。何故ならこの外見小学生の女性は、実のところ―――

「あ、和也君、今わたしの年齢について考えたね?人の年齢を考えるのはよくないよー」

 心を読んだかのように言葉が飛んできた。

「そう言われても……言葉にはしないんで許して下さいよ」

「じゃ、次からは顔に出ないようにね?」

「…………でてたかなぁ」

 そんな事を顔に出すほど抜けてはいないと思うのだけれど、理事長が言うのなら出ていたのかもしれない。

 そう、この外見小学生の女性は俺の通っている飯悟学園の理事長様なのだ。身長は俺よりも頭二つ弱小さく、多分百三十センチ無い。あからさまに小学生然としていて、どんな手段を使ったのか肌の張りとかにも違和感はない。……いや、年をとってもこんなに綺麗なのは世の中年女性に恨まれそうだな、と思う。外見が小学生である事を除けば。

 ちなみに彼女、御歳四十歳だ。確か。

「また考えてたね?いいけどさ。それにしても彼女に目をつけられるなんて、やっぱりわたしの眼に狂いはなかったよねー」

「それで、なんですか?何か御用事でも?」

 理事長がわざわざ俺に会いに来たのなら、何かしら理由があるはずだ。こんな外見でもれっきとした理事長様であり、つまりは忙しい。たまに気まぐれだか理由なしで行動する事もあるらしいが、基本的には理由ありきで動くはずだ。

「おようじごようじ。といっても、キミに一言言っておこうと思っただけだけど。あ、別に事務的な内容じゃないから安心していいよ?」

「事務的な内容じゃない…………ならなんですか?」

「和也君と美羽さん。教育者としては、君たちはいいコンビだな、って思ったから、嫌じゃなければそのままコンビ組んでるといいと思うよって言っておこうかと。アドバイスみたいなもんかな」

 理事長の言葉は殆ど予想外の内容だった。

 俺と美羽がいいコンビ?

「冗談が過ぎますよ。大体、釣り合わないでしょう。俺はそんなに高能力じゃないし」

「うーん、確かに飯悟学園特進クラスにしては地味だけど。でも私の学園に普通にいられるくらいの能力はあるでしょ?」

「…………はぁ」

「だから普通に、これからの頑張り次第で一角の人物になる可能性は十二分にあるよね。……ね、まだ君たちは高校生なんだよ。まだまだ過渡期、モラトリアムだって許される。それを思えば、自分の可能性が枯渇しているって思うのはよくないし、教育者としてはそういう考えは止めてあげたいな」

 理事長の言い分は一理あるが。

 それにしたって俺と淡井は今まで殆ど接点なかったし、理事長は知らないかもしれないが淡井が俺に興味を持った理由は教育的観点からはとんでもない理由にも思える。自分を嫌ってそうな人に興味を持つってのは、……いや、案外教育的にいいと考える人もいるかもしれない。理事長がどうかは知らないが。

「和也君は成績もいいし、悲観するのは早いんじゃないかな」

「そんなの、きちんと目的持って全力で前進している人たちの前じゃ役に立ちませんよ」

「だよねー」

 否定するなりすると思っていた俺は驚く。が、

「けど、もしその評価軸に乗せたら、君の他にももう一人、あのクラスでは落第くらっちゃう人がいるよね?」

 そんな人間がいるだろうか?と考え始め、俺はすぐに気付いた。というか、会話の文脈を考えれば答えは一つだ。

「それが淡井だって言うんですか?確かに飽き症で一つ所に纏まらない人間にも見えますけど…………けど、圧倒的な天才性の前ではどうでもいいことじゃないですか、それ。それにまとまらない事で既成の枠を超えたりするかもしれませんよ」

「はいダウト。和也君はそんな事思ってないでしょ?……そして、理事長様であるわたし、飯悟カエリもそうは思わない」

「まぁ確かに……何か一つを極めて限界を超えていく事が重要かなぁとは思いますけど……けど、だからと言って俺とあいつを同列に並べるのは、正直俺の気がひけますよ」

 別に淡井の肩を持ちたいわけじゃないが、客観的に見れば明らかに俺の方が淡井よりも能力は低いし、同列に並べるには俺の羞恥心が悲鳴を上げる。

 しかし理事長の飯悟カエリはそんな俺の心を見透かしたかのように言葉を続ける。

「和也君も美羽さんも『将来に期待』って意味では同じだよ。君たち二人はとても似てる。和也君はそうは思わないかもしれないけどね。けど私は同時に、二人の事を心配してるよ」

「心配ですか?」

「うん。和也君はちょっと小さく纏まりかねないし、美羽さんは、―――危うい」

 ゆりと同じ言葉に、俺は思わず目を僅かに細める。

「だから君たちはいいコンビだと思うんだ。あとちょっと美羽さんはかわいそうだし」

「かわいそう?」

「美羽ちゃん、一人ぼっちは淋しいでしょ?」

 予想外の言葉に、思わず俺は答える。

「一人ぼっち?淡井の事を知らない人はいないし友達だってたくさんいるし、大体あいつが人間関係で困る様子なんて、―――ってそれもしかしてアレですか、『できるけど心休まる友達がいない』とかそういうのですか?そんなの俺だってムリだと思いますよ」

 微妙に敬語が外れかかった俺の返答に、理事長は笑って返した。

「あはは、別にそういうのじゃないよ。もっと、そうだね、んー………」

 軽い感じの表情の奥に真剣さを垣間見せつつ、理事長は発言を切って黙考した後、

「多分、和也君ならすぐ気づけるんじゃないかな。そんなに縁遠い話でもないしね。だから、わたしから直接言うのはやめておこうかな」

 思わせぶりな発言だけすると、理事長は真剣さを霧散させて続ける。

「ま、大人が学生の交友関係にとやかく過干渉はしたくないけど、老害の戯言と思って聞き流しておいてほしいな」

「…………はぁ」

 俺は再び生返事を返すと、理事長はそれじゃ、と廊下の向こう側へと走って消えた。大学の廊下を外見小五ロリの人間がぱたぱた走っていくのを見るとどことなくほほえましさすら感じられる。実際はいい年の女性なわけだが。

 一応、あれでも教育熱心な理事長様だったはずだ。なんだったか、自分の体について知るために、金を稼いで研究者を育てる、だったかそんな理由を雑誌か何かで見た事がある。自分自身は研究者ではなくパトロンとして支援する。さらには、未来を切り開く若者を教育する。手法は少し迂遠な気もするけれど、それでも誰にでもできる事ではないだろう。おまけに学園は全国的にも知名度を持つほどに成功しているわけで、俺が批判したりできるようなものでもない。

 集会だとか普段の話を聞いていても、それなりに尊敬に値する人物だとは思う。ちょっと偉そうな物言いになるが。そんな理事長にあんな事を言われては、ますます淡井に興味というか微妙な感情を抱かざるを得ない。まして、似ているだなんて。そんな事はないと俺は思うが。

 そんな微妙に混乱した心の中を普段のルーチンワークで沈めるように、俺は学園へと向かった。


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