◇11 妹と部活
◇11 妹と部活
「遅いよお兄ちゃん!Penalty!」
駅前まで遊びに行ったせいで、学校に戻ってこれたのは日が落ちて薄暗くなった頃だった。入れるといいなぁ、と思いながら入口に向かうと運よくまだ鍵はしまっていない。走って四階生徒会室まで駆け上がり、……不用心にも戸締りもしてない部屋の中に放置してあった俺の荷物をひっつかんで病院へ向かった。
ちなみに俺のかばんの隣に置いてあった淡井の荷物が気にはなったが、かといってどうするわけにもいかず放置してきた。一応、入口からは見えづらい場所に少し場所を移しておいたが。まさか淡井がそれに気付かず右往左往するはずもないし、するならするで『驚く事』だろうから恨まれる事もないだろう。
とにかく、主に淡井の部活と称する買い物に付き合っていたがために、ゆりの病室に来るのは普段よりも遅い時間になってしまった。かなり慌てて院内を早歩きしたため、途中でニット帽を被った男性とニアミスしてかなり肝を冷やした。
とはいえ、妹さんは俺の事情など知らない。結果的に妹さんは遅刻した俺に不満たらたらのご様子だった。
「何してたの?どうせ昨日の人に付き合ったらこんな時間になったんでしょ?」
「部活動、……とか言って街で買い物に付き合わされたよ。今日は真面目に活動する気はなかったらしい」
昨日と同じようにベッドの近くに置いた椅子に座りつつ返した俺の言葉に、ベットの上に座るゆりは少し眉をひそめた。
「なにそれ?というか、部活動って何やるの?」
ゆりの質問に、俺は淡井から訊いた事や今日の出来事を話した。SAS団だとかぼうし部の意味、自殺を阻止するという部活内容。街で買い物やゲームなどをした事。さらには、淡井が俺に興味を持った理由。
そのあたりの事を話した時点で、ゆりの表情は少し真面目な時のものになっていた。
「なんだか……うーん……」
きちんとした意味を成さない声を漏らすゆりに、俺は軽く返す。
「どうした?街で遊んだ俺とあいつに嫉妬したか?」
ぴく、と反応したゆりは、
「そりゃ嫉妬はするよ?私だって病院でずっとじっとしてるより、たまには遊びたいから。でもそうじゃなくて…………」
一言返しただけで同じ状態に戻った。
こうなれば俺が何かふざけても特に意味は無いので、ゆりが考えている事がまとまるまで俺は待った。
が、ゆりはふと何かを思い出したように思考を中断した様子で俺に訊ねてくる。
「あ、そう言えば今日の予知夢は?見なかった?」
俺は言葉に詰まる。が、別にやましい事があるわけではないし、何より隠す意味もないはず、なので俺は白状した。
「あぁ…………今日は昨日と逆だったよ」
俺の表情がどんなものだったかは分からないが、あんまり綺麗に演技ができていたとも思えないので、それなりに不安というか後ろめたさみたいな感情が出ていたかもしれない。ゆりはじっと俺を見つめてくる。
「逆って?」
「今日のは俺が相手を屋上から突き落として殺す夢だった」
「…………何それ?」
あからさまに疑問を浮かべるゆりに対して、俺は自分の推測を提示する。
「いや、多分事故なんだ。俺もあいつも、相手を脅かそうとしてふざけてフェンスに向かって押したんだと思う。で、フェンスが壊れて地面にまっさかさま、という感じなんだと」
ゆりは少し考える風にした後に、俺に言った。
「見えてよかったねお兄ちゃん。見えてなかったら危なかったんでしょ?」
「まぁな。正直、昨日今日と俺はかなり嫌ーな気分を味わったよ」
「もう付き合わない?」
「もう一回くらいは。部活内容が気になるし、相手も気になるし」
俺が言うと、ゆりはわざとらしい驚きを顔に張り付けて言う。
「お兄ちゃんが相手のこと気になるの!?しかも女の人なんでしょ、きゃっ」
「別に俺は普通に恋愛とかにも興味ある、特に変わった性癖もない人間だぞ」
「そっかなー?昨日だって妹に見とれて欲情してたくせにー」
「自意識過剰は身を滅ぼすぞ」
俺の言葉に、ゆりは軽い笑いだけを返して話題を切った。
その後、クエスチョンマークを頭上に表示させて言う。
「でもお兄ちゃんが相手を気にするって珍しいね?お兄ちゃん、あんまり色々な人に興味持って接するタイプじゃないでしょ?特定の人とは仲良くなったりするけど。どんな人なの?飯悟学園の人なら、すごい人だってこともあるでしょ?」
言われて俺は、そう言えば相手があの『淡井美羽』だという事はなんとなく伏せていた事に気づく。なんとなくと言うか、身内と学校とかの事を話すときに友人の名前等といった固有名詞を使わないのが俺と妹との間のローカルルールだったからというのが大きいのだが。
俺は自分の発言をあからさまに劇的口調にして答えた。表情は、……意味不明な自信で虎の威を借るモブのものに。
「聞いて驚くなよ? あの有名な『淡井美羽』だ」
「淡井美羽、って……ウソ!?あの!?―――ホント?」
驚きすぎてゆりは口が少しあいていた。俺は自分の表情を普段通りに戻してから続ける。
「ホントホント。初めて喋った時に俺の発言を一字一句違わず同時に再生したりする位、まぁ噂に違わぬ超人っぽい人間だったよ」
「一字一句違わず同時にって、……喋る内容を予測して同時に喋ってるってこと?」
「たぶんな」
「……そんなことありえるかなぁ」
「ありえるもなにも、目の前でやられたから疑いようもないだろ」
んー、と妹はすこし唸った。物を考えるときの癖で、ゆりは右手で頭を前から支えるようにした。右目の視界があからさまに隠されている気がするが、ゆりに言わせれば外界の情報が減った方がいいからなんじゃないかな、とか言っていた。じゃあ目を閉じれば、というと、なにもわかっていないと言わんばかりの顔で首を振り、刺激が極端に少ないのもよくない、とゆりが言ったのをよく覚えている。
ゆりはしばらく何事かを真面目に考えていたようだったが、やがて現実へと認識を戻した。
「でも、お兄ちゃんが、あの淡井美羽と遊んでるのかー……」
微妙に感慨のような感情を混ぜつつゆりが言った。
「遊んでるっていうか、何故か興味持ってきたってだけだけど」
「お兄ちゃんが淡井さんの事を好きじゃないのを見抜かれたから、だって言ってたんでしょ?」
「そうやって言ってたな。実際どうなのかは別問題として」
俺が言うと、ゆりは俺の眼をじっと見つめてきた。……少し上目づかいに見えなくもないその様子と淡井のしぐさが重なった。
ゆりは言う。
「なんか『危ない』だけじゃなくて『危なっかしい』人だね」
「淡井がか?危なっかしい?アレだけ何でもできるのにか?」
はぁー、と、ゆりはあからさまな溜息をつく。
「だって考えてもみてよ。淡井さんは悪意がなかったにせよ、お兄ちゃんを事故で殺しちゃってるはずだったんだよ?事故が起きる事が見抜けてなかったって事は、それだけ抜けてるってことだよね。殺したくもないのに殺しちゃったってことはさ」
言われてみると確かにそうか。人の事見るのが得意で何でもできると自負してるわりに、望まずに人を殺してしまうとしたらそれはかなり抜けてると言ってもいい。
「俺があまり淡井の事をよく思ってないってことがばれたから殺そうとか思ったかもよ?」
俺が冗談でそう言うと、
「そんな人には思えないけど。でも、もしそうだとしても『危なっかしい』人だよね。そういう短絡は、危ない人というよりは危なっかしい人、危うい人だと、私は思う。……だから気をつけてよね」
「十分気をつけるさ。それに、淡井は俺にそう長い間興味を持つとも思わないしな」
俺が言うと、ゆりは軽く笑う。
「それはそうだよね。今までどんなことにも飽きてきた事でも有名な淡井美羽が、たった一人の人間に興味を持ち続けるなんて、ちょっとした事件だよ。スクープだよ。お兄ちゃんが淡井さんをベタ惚れでもさせればできるかもだけど」
「ふっ、妹をベタ惚れにさせた俺にかかれば淡井なんて簡単に虜にできるさ」
「うわぁ。自分の妄想が現実と区別がつかなくなったら人間終わりだよねー」
「その発言は精神病患者や痴呆症患者に対する人権侵害だぞ?もしこの世界が漫画ならそのうち検閲されて『妄想と現実とは区別をつけなよー』あたりにマイルドに置換されるな」
「ぷぷ、無知は罪だよお兄ちゃん。痴呆って言葉の方がもうすでに差別的だってことで認知症って置き換えられてるのに」
「まじか……というかそれ字面が悪いってことだろ?」
「うん」
「そのうち『痴』って漢字が使われてる言葉が消え去りそうだな。白痴美、音痴、痴女、痴漢……あぁなんか消えそう。二十年もすれば消されそうな字面だ」
「白痴はもう消されてるし、音痴も排除の運動は聞くし、痴女は造語だし痴漢にしてもジェンダー的にも微妙だよね」
「こうなれば新興宗教を立ち上げるしかないな」
神妙そうに響かせた俺の言葉に、ゆりは軽く返す。
「言葉狩りを逆に狩ったりでもするの?」
俺は視界の端に止まった本のタイトルを基に発言する。
「いや、痴愚神を礼讃する新興宗教を立ち上げ、痴に対しての印象を変える」
「お兄ちゃんソレ読んだことないでしょ?アレ読んで痴愚最高!なんて人は元々痴愚神を信仰してるお兄ちゃんみたいな人だけだよ」
「いや別に信仰してないって。でも『痴こそ知だ!』ってテツガクテキに響くよな」
「『生は死だ』とか『幸福は不幸だ』なんていう、対義語を等号で結ぶだけの言葉遊びはありふれ過ぎてて目新しさすらないよ。それに音も区別つかなくてダメすぎ」
「大丈夫大丈夫、相手にするのは元から痴愚信仰してる大勢の一般人どもだから」
「うわ、またそういうこと言い出す。そーゆー大きい発言すると相対的にお兄ちゃんが小さく見えるからやめた方がいいよ?」
「別に大きな発言じゃないだろ」
「事実だからとか言う気?」
「違う違う、発言自体から小者臭がするからさ。状況によりけりだけど、大抵の場合」
「小者臭ねー。小者っぽさってなんだろね。私は状況によりけりっていうよりは結果によりけりだと思うけど」
「どういう意味?」
「だってさ、例えば―――」
俺はその後もゆりと雑談を続け、ゆりがまずそうに病院食を平らげた後に、いつも通り自分の部屋へと向かった。




