◇09 部活動
◇09 部活動
さて、街に言って自殺者を見つけると言ったのだから、俺はてっきり駅とかホームセンターにでも張りこんで探すのかと思ってたのだが。
「あ、みてみてアレかわいー! ん、あっちのもイイかもっ!」
……淡井は自らの金髪と一緒に飛びまわりつつはしゃいでいる。
彼女は駅前に立ち並ぶ様々な店舗を渡り歩きつつ、大量の買い物を楽しんでいた。
同じ学生服で街に出てきた俺たちは傍目に見れば恋人にでも見えるのかもしれないが、だとしたら明らかに俺の方が不釣り合いだと思われそうなのでちょっと嫌だ。いや、というかさっきからチラチラと視線を感じなくもないが、それは恐らく自意識過剰なんかじゃなくて普通に淡井が有名人だからだと思いたい。
ちなみに俺の両腕には既に服だとか小物だとかアクセサリーだとかが四袋ぶん抱えられていた。かんっぜんに荷物持ちだ。いやまぁ確かに最初の買い物では違和感はあったものの一応の礼儀として俺が持つと言いはしたが、かといってこれはこれで嫌なものはある。ちなみに学習の荷物なんかは屋上近くの生徒会室に置いてきている。
買ってる物はまぁ、淡井らしいかわいらしい感じのものが多かったが、たまに変なものも混ざっていたりしてセンスはよくわからない。その辺が天才性と思われたりするのかもしれないし、そもそも俺のセンスで『かわいい』と思える物を淡井が買っている事は実はかなり異常なことかもしれなかった。
「ちょっと待っててねっ!あっち行ってくるっ」
言葉を残して店舗の奥へ消えていく。……見るからに高そうな食器だか何かの店のようだ。俺は入るのも躊躇われる。
さっきから淡井は立ち並ぶ店舗がどのような店であろうと見境なく入っては何かしらを買ってきている。だからこんな学生は迎えるべき客には入っていないような店にも入っていく。まぁ場所的に周囲の店は大抵は普通の庶民向けというか学生も買える店なので、この食器の店だけがやたらと場違いに高そうという気もするが。
人の行き交う道のど真ん中で立ち尽くすのも暇だし中に入ろうかとも思ったが、両手に抱えた荷物を思うと中には入りづらい店構えだった。ので、近くにあったゲームセンターの中、入り口近くにある椅子、……ゲーム待ち用の椅子に腰かけることにする。ゲームセンターは高級(仮)食器屋の目の前にあるので店から出てきた淡井は直ぐに俺を見つけられるだろう。食器屋にはますますなんでこんなところを選んだのか問い詰めたくなる立地環境だが。
ゲーセンの中は外とは隔絶し、電子音が大音響で響いている。入口近くに音ゲー、リズムゲーが並んでいるのもその原因だろう。
一息ついた俺は、現状を前に溜息をつきたくなる。一体全体何が楽しくて街でさして仲もよくない人間とショッピングと洒落こむ必要性があるだろう。つまらないとか無駄だとかいう感情もあるにはあるが、それ以上に淡井の思考回路がさっぱりわからない。
自殺者を見つけて止めるというのは、ちょっとしたお茶目心で単にこうして俺と遊びたかった、……とかそういう人間でもないだろう。大体、淡井が俺になにがしかの興味を持った理由すら俺は知らない。
俺が考えてもどうせ答えは得られないだろう。恐らく。
殆ど徒労の様な感覚にしたがって、俺は漠然とゲームセンターで遊んでいる人々を眺めつつ足の疲労を回復することにした。
やたらとテンポが速かったり音が多く情報過多な音楽に合わせて人間離れした勢いでボタンを押す人々。ボタンの配置はゲームによりまちまちで、中には画面に直接触れてやるものもあったが、そのどれもが傍目に見ればできそうにもないようなものばかりだ。
実際のところはやれば上達するのだろう。でなければその辺の学生が簡単にSランクだとかFULLCOMBOだとかいう文字と音声を連発できるはずもない。一回百円として、二万くらいつっこめば皆そこそこのレベルには上がりそうだ。
ただ俺自身はそれほどゲームセンターで遊んだ事もないので、実際にどうなのかは分からない無責任な概算ではある。
見れば、いかにも学生然とした人物が、やりきったようにボタンを少し強打した。直後、フルコンボを讃える派手でやたらと洒落た感じを意識した音と音声が聞こえてくる。先ほどまで男子学生が、しゃかしゃかとせわしなく腕を動かしていた事を思うと、恐らくそれなりの難易度の曲をクリアしたのだろう。
そいつは一通り満足げにし、手に持ったスマホで写真をさりげなくとったかと思うと、ボタンを連打してこちらを振り返った。
そのままこちらに歩いてきて、俺の隣に座る。
…………完全に俺が順番を待っているものと勘違いしているようだ。
座ってるだけです、なんていうのもマナー違反なのかもしれないと思った俺は、如何にも待っていたと言わんばかりに両手の荷物を筺体の前まで運んで、百円玉を突っ込んだ。どうせ淡井の買い物を待っている間は暇なのだから、遊んでいるのもいいだろう。
よくわからないゲームモードを適当に選択して、店員お勧めの文字が躍る曲を選ぶ。遊び方はどうやら目の前の四×四の正方形のボタンが光ったら押せばいいらしい。モグラたたきにも似ている。
ああ、こういう時に高校の友人がこういう事に詳しかったらもっと詳しく遊び方だとかをレクチャーしてくれるのだろう。とりあえず友人と言える外見不良な船崎了はあからさまに俗世間を嫌うタイプと言えば嫌うタイプなので、赤白の髪の毛という見た目と裏腹にゲームセンターなんか行かないんじゃないだろうか。実際そんな話は聞いた事もない。
曲の横にレベルが書いてあって、十段階程度に分けられているようだ。選んだ曲の横には八と書いてあり、そこそこ難しいらしい。正直レベルなんか見ないで適当に選んだが、色が黄色だからなんとかなるだろう。赤色だったり虹色だったりするやつは無理だろうが。
待機時間の後に、きいた事もない音楽が流れ出す。その直後、
並ぶボタンが俺からしたら無秩序に薄緑色に変わり出した。
いや、曲にあわせて光ってはいるけど。
俺は悟る。
ムリだ。
諦めて放置するが、どうやらこのゲームは一曲の途中では終わる事は無いらしい。そのままピロピロと音楽が垂れ流しになり、時折悪あがきとして光るボタンをてしてし叩いていた俺の前で、クリア失敗を宣告した。
「あらら。できそうなのから始めなきゃ」
不意に背後から声をかけられる。
淡井が買い物を終えて帰ってきていたのだ。小さめの箱が入った袋を持っているところをみると…………ナイフとかフォークでも買ってきたのだろうか。
淡井は続けて俺に訊ねる。
「待った?」
「待った。……大体、お前の目的は俺に荷物を持たせることだったのか?」
少し休憩することで怒涛の如く突き進んできた淡井との行動を冷静に見直すだけの余裕が生まれ、俺はなるべく皮肉めいた響きを言葉に含ませて言った。
しかし淡井は気にとめたそぶりも見せない。
「そんなことないよー?でもキミ、まだ街に慣れてなさそうだったから」
ちょっと失礼なことを言われて反論を考えたが、
「ね、ちょっとやらせてよ。まだ一回できるんでしょ?」
言われてみると、また曲を選べと画面に表示されていた。
「やったことあるのか?」
「似たようなのは一回誘われてやったことあるかなー。あっちにあるやつ」
そう言いつつ淡井は曲リストを一瞥すると、あろうことかあからさまに一番難しそうな、レベル表記が虹色に光る曲を選択した。
「人にできそうな曲選べって言っといて……」
俺が漏らすと、淡井はふふん、と笑い、
「この手のゲームだったらできるもん。美羽はこーゆーの得意だからね」
言って、筺体の前に立つ美羽が少しだけ準備したような素振りを見せた。
曲が流れ出す。如何にもゲーム音楽、電子音っぽい音階が濁流のようにスピーカーから吐き出され、同時にボタンが馬鹿みたいに光りだす。さっきよりも密度は濃い。
が、淡井は殆ど必要なだけの動きでパチパチとボタンを押してゆく。無駄がないわけじゃないが、力が入っていない動きはどこか気だるげにすら見える一方、ボタンの光かたは常に同じで、どうやらミスもしていないようだ。ちらりと表情を見れば、それなりに楽しんでいるようにすら見えた。
そのまま一曲が終わると、派手なエフェクトと共にエクセレントの文字が画面に表示された。見ると得点表記が丁度十万、……百万点だ。
「ど?満点でしょ?」
「……はいはい」
「なにその反応ー!せっかく本気出したのにっ」
すごいとは思うが、淡井美羽という人間を思えばこのくらい当たり前とも思える。
何でもできる天才少女。
そして、彼女はこんなゲームには興味なんて無く、もしかするともう二度と生涯でやらないかもしれない。単にやる機会がないと言うだけではなく、……バドミントンなんかと同じように、飽きてしまって、だ。
彼女の興味はその程度でしかない。
だから彼女は俺が誉めなくても特に問題はないだろう。別にゲームに思い入れがあるわけでもなし。
……ただそれなりに不服そうな表情を見ると、他人からの何でもできて当然という視線が嫌なのかもしれないという考えも浮かぶ。
そういう感覚は、自分には無縁とは言え理解はできたので、一言だけ付け加えておいた。
「いや、初めてなのに差がひどいなと思っただけだよ」
が、口から出てきた言葉は特にフォローにもなっていない気の利かない発言だったので俺は自らの脳みそを呪わざるをえない。案の定、淡井は表情の影を一瞬濃くした。
が、淡井は間を置かずに影をかき消し明るいものへと表情を変える。
「さ、もういいでしょ。ここはうるさいし、別のところに行こっ」
言って俺の腕をわざとらしく掴む。あからさまに演技だとわかっているのに俺の鼓動が多少早くなってしまうところは腹立たしい。
周りの眼も気になる。実際さっきフルコンボクリアしてた男は嫉妬っぽい表情を浮かべている。パーフェクトに対するものだと思いたい。
というか淡井は人を移動させるのに人の手を掴んで歩く癖みたいなものがあるらしい。正直慣れないからやめてほしい。何となく抵抗もしづらく、面倒くさい。
結局、俺はそのまま淡井に、どことも知れぬ次の目的地へと連行されるのだった。




