プロローグ2
二人の孤人を奴隷とするにあたって、それはもう仕方ない、諦めるしかあるまいと腹をくくる。
アイガスとの敵対なんて絶対に悪手でしかない。だが次、次何かしらの業突く張りを防ぐ仕掛けが、そう思いなけなしの憤りを爆発させて交渉をしてみせる。手に入る物を今後失わない為の悪あがき。
「ですので、奴隷の購入を所有血印と焼印、さらに刺青式にてお願いします」
「刺青式ですか、それと焼印と所有血印も。焼印と所有血印はともかく」
刺青式とは奴隷に刺青にて商品の納入を記すやり方で、消せないので信用度も高い。焼印は「剣と花」のマークと日付が入った焼き鏝を押し付け、所有血印は所有者の血で誰のものであるとサインする方法である。本来どれか一つでするものだがこの際三つとも入れてしまおうというが自分の魂胆だ。
「ええ、魔道具なんて自分は使えませんのでね、焼印では似たようなのがあれば大変ですし、特殊なコネがあれば消すこともできます、血印もまぁ似たような理由です」
「それで、ですか。しかし刺青式は奴隷に負担がかかりますし、転売できないのでお勧めしません」
というアイガスの目が微妙に嫌がっているのがわかる。大方後で俺が売りに来るのを買うか、何かと理由をつけて回収でもする算段があったのだろうか?もしそのつもりならこの提案は大正解だ。自衛になって、なおかつアイガスに一矢報いれて万々歳。
「奴隷に負担がかかろうが別に良いでしょう、要は自分の物を自分の物とわかりやすく誰の目にも一目瞭然で、絶対に消せず、不正や言い訳しようのない状態にするだけです」
「しかしながら、三つともでなく、血印だけでも十分です。今一度考えなおしてみては?」
「刺青式の手間賃はこちらが持ちます。正直な所、自分の奴隷に何をしようと勝手でしょう?」
その一言で再度アイガスの目が嫌そうに光る。こちらが金を出すのだ、金を出して奴隷に刺青式を入れさせる事に問題点などどこにもあるまい。アイガスはしばらく考え、最後の確認をしてくる。
「刺青式は一人頭マリー金紙二枚、二万円。合計マリー金紙4枚4万円かかりますが、よろしいでしょうか?」
非常によくない、報酬で金をもらいに来たのに払うなんて本末転倒もいい所だ。だがその程度でのちの禍根を絶てるのなら祝いの席を設けてあげても良いレベルの自衛だ。
財布からマリー金紙を四枚取り出してアイガスに押し付ける。この時何故、俺はアイガスの目が不機嫌にドス黒くなっているのに、気付きながら無視したのか。後悔は後でしかできないとは至言だ。
「結構です、よろしくお願いします」
自分の肯定をみてとったアイガスが、こちらの目を探るように見てくるが視線をそらして避け続ける。俺の目を見ても何も無いぞ、ただ保身に走っただけだから。
「…かしこまりました、では刺青式と焼印を施してきますので二時間程お持ちください」
そういってアイガスが執事と奴隷二人をつれて応接間から出ていく、奴隷の二人がひどく恐怖に震えてるがまぁ仕方あるまい。初対面の奴がいきなり自分たちに刺青を強要したのだ、おかげで初対面の印象は最悪だろう。奴隷とそこまで仲良くなる必要はないし、いくら自分のだと証明しても死んでしまえばこの投資も全部パーだ。奴隷がいくら死のうが関係ないが、この死んだら死んだで損失が痛いだろうなと、鈍くなった頭でぼんやりと考える。
「まったくもって最悪だ、アイガスのくそ野郎め」
誰もいなくなった部屋、テーブルの上に置いてある真新しい首輪に「隷」の一文字を刻み込みながら、アイガス憎けりゃ首輪も憎いと言わんばかりに刻印に全霊を注ぎ込んだ。
付与魔術とは者に魔術的な付加価値を持たせることである。効果には様々な物があるが一例をあげるなら、人が近づくと立ちあがり自動で攻撃する全身鎧。魔力を通せば瞬時に帯電し、装備者には一切害が無いが切られると感電する剣などが作れる代物である。とはいえこの魔術は使い手が非常に少なく、また上記のような性能の良いものを作れる魔術師はホンの一つまみ程度である。
そして奴隷用の首輪だが「隷」の刻印を刻み込む自体は実はかなり簡単だ、所有者の意に沿わない時に締め付けて、苦痛を与える。たったそれだけでいいのだ、複雑な機動性能、硬質化しつつ柔軟性を持つ、水の魔力に対して浸透性を上げるなんていう戦闘用の刻印に比べればあくびが出る。デルフは一文字しか刻めない最底辺に近いレベルの付与魔術しか使えない、とはいえこの程度であれば二時間あれば十分に作れる。
腐っても魔術師、魔術師崩れの探索者でもフリーでやってこれた小器用な性分。
そんなこんなで二時間たち、出来上がった黒い首輪が二個ソファーでその首輪をいじりながらふと我に返る。間違ったのではないかと。
そもそも今金を貰わなくても後で貰うという選択肢もあっただろうし、最悪貰った双子の奴隷を適当に使いつつ、後日何らかの手段で回収しに来たアイガスに色を付けて売りぬけばよかったのではないか?そもそも本格的に奴隷を使う気もなければ、使うアテもない、ノウハウがなければ子供の奴隷なんて一ヵ月あれば死んでしまうと聞く。
となれば刺青式の代金マリー金紙4枚、4万円も無駄遣いでしかない。なんて馬鹿な真似をしたのだ勿体無い。そもそも刺青式を入れること自体、アイガスに喧嘩を売っているのだは無いだろうか?あの目は敵対者を見る目だ。自分のような魔術師崩れの探索者が調子に乗って大手に喧嘩腰になるのは、自殺志願と同義ではないか。あそこで自分にも伝わる様に、分かりやすくアイガスが嫌がって見せたというのに。
冷静になればなるほどマズイ気がするがもうどうしようもない。だがどうしようもないからと開き直るほどに度胸が据わっている訳では無い。そう悶々としているとようやく扉の外側から人の気配がし、扉が開く。入ってきたのはアイガスと執事、そして気絶してしまっている二人の奴隷を抱えてる使用人が二人である。奴隷二人はさしずめ刺青式で気絶してしまったのだろう、仕方ないとはいえ、やってしまったからこそ、もうどうしようもない。
使用人達は奴隷二人を床に下ろすとすぐに室外に出ていった。
「二人とも刺青式の際に気絶してしまいましてね。先ほど回復薬と気付け薬の複合剤を飲ませましたのですぐに起きるとは思いますよ」
「それは大変失礼しました。こちらも首輪は無事できましたので」
「それはいいことです。ところでデルフさんこの二人の服や靴など何かあてはありますでしょうか?」
それは、そんな物あるわけが無い。首を横に振る。日々の生活に必要な物がいるという事すら今の今まで完全に抜け落ちていた。あちらもこちらがそんな有り体である事ぐらい察したのだろう、アイガスが手を二回たたくパンパン叩くと、先ほど出ていったばかりの使用人二人が小袋を二つと短剣二本を持って入ってきた。
「いかがでしょう、古いぼろきれレベルとはいえ下着四組と服四組、靴が二足とナイフが二本と短剣二本。これさえあれば最低限なんとかなりますよ」
「それはありがたい」
「ええ、良いでしょう。お値段も全部合わせて八マリー金紙、八万円です」
それぐらいサービスじゃないのかよ、と言いたい。というかそんなボロ切れとくたびれた短剣で合わせて八万円はぼり過ぎだ、と思うがここは飲み込んでおく。結局は保身第一が信条。これを買うことでアイガスの溜飲が下がるならそれこそ安い買い物だ。糞ったれ、金を貰いにきたハズが先ほどから金が飛んでいくばかりだ。
「買わせていただきます」
財布からマリー金紙八枚を取り出してアイガスに押し付ける。金を貰った帰りに装備の新調を考え、全財産マリー金紙17枚フェ銀紙6枚、十七万六千円と小銭類の近年まれに見る豊かだった財布が、残り五万六千円と少しという悲しみ。そして財布の残金を覗き見するアイガス。もう嫌な予感しかない。
「さらに言えば最低限だけでは奴隷もすぐにダメになります。どうでしょう?毛布二枚とタオル二枚、奴隷用の小皿二枚。文字の読み書きも教えていましたのでそれを生かさない手もないでしょう、鉛筆一ダースにメモ帳四冊。これら合計でマリー金紙5枚、5万円でどうでしょう」
更に黒い笑顔で吹っかけてくるアイガス。あっちも分かってやってるのだから、ご丁寧にギリギリ払えて今日と明日の食事程度は何とかなる程度の値段である。ありがたくて涙が出る。もう好きなようにしやがれ。
「それも買わせていただきます」
残りのマリー金紙をすべてアイガスに押し付けて今買ったものすべてを小袋に詰め込んでいく。なんだよこれ、こんな物をマリー金紙13枚、十三万円で購入したのかよ。財布の厚みを涙無しには語れまい。もはや今日は厄日としか思えん。
「ぅ…ん、あれ?」「…ここは?」
そしてその厄の元凶とも思える二人がようやくお目覚めである。というか顔も似てれば声色も似すぎである。色以外に判別要素が一切ないな。
「おやおや、少々商談に興が乗りすぎて二人とも起きてしまいましたね」
「えぇまったくもって、良い買い物でした」
どっちも嫌味だよな、これ。自嘲が止まらい。自分の顔には苦笑いがこびり付いて離れやしない。
「さて起きたようですし、ご確認と最後の処理もしてしまいましょう」
そういってアイガスが手をパチンと鳴らすと、使用人二人が手慣れた様子で二人の奴隷を後ろから拘束しお腹を見せつけてくる。
「ご要望の通りに刺青式と焼印、刺青式は正式文書基準で焼印も剣と花で日付入り。ご確認ください」
そうして見た二人の腹に、金色は右わき腹付近から、銀色は左わき腹付近からそれぞれ「214年8月、ストラウ・デルフにセル金貨五枚で売られたEランク奴隷」との刺青、そして「剣と花」の日付入りの焼き印。二人は疲労困憊で抵抗せず浮かんでいる感情は諦念、それを見る自分も当然やっちまったなぁと諦念。
「では最後になりますが、血印と首輪の授与をお願いします」
そうアイガスに言われ、ふらふらと案内されるがままに奴隷二人の前に立つ。自分を見る目は濁り切った泥の眼球が4個。きっと何もかも、見えていたとしても何も映していないのだろう。まぁ自分に買われたのが運の尽きだ。精々役に立ってから死んでくれ。
右手の人差し指をナイフで小さく切り血を媒介にしてストラウ・デルフと署名する。広義では付与魔法に属するが、誰でも使えるごくごく一般的な所有権の誇示と証明。場所は刺青と焼印の下。二人の抵抗無く、子細滞りなく済んでしまい、後は首輪を着けるだけだ。
有能であればいいが、それよりもすぐに死ぬのだけは勘弁してくれよな。最低二か月は生きてくれ。そう思いながら二人に首輪を取り付けた。金を貰いに来たのに何も貰えず財布が薄くなり、ボロ布とガキが二匹俺の物。八つ当たりしても俺が許す、俺が俺の奴隷に八つ当たりして何が悪い。
「金色の方、お前の名前は今日から金だ、そして銀色の方の名前は今日から銀だ。後お前らは色以外に識別し辛いから、そうだな、金お前は俺のことをご主人様と呼べ。銀は俺のことをマスターだ。いいなこれは命令だ」
そうして多少のイラつきを八つ当たりじみた命令で発散しつつ、ストラウ・デルフは今日この日、特に求めたわけでもなく成り行きで、二人の奴隷を手に入れたのであった。
愚なる縁はこうして始まり、愚から生まれた物もまた、愚者の手の中に。