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〇六

 夜の学校へ来たのは初めてだった。暗がりにたたずむ校舎の壁は、昼間よりもはるかに高くそびえて見えた。無数にならぶ窓の向こうには得体の知れない濃密な闇が充満している。まるで深海の底に朽ち果てた沈没船みたいだ。急にザワリと背筋が寒くなった。

 アキラ――。

 本当にいるのだろうか。

 旧校舎のなかへ入ると、鼻をつままれても分からないような暗闇だった。電源はすべて断たれ非常灯の明かりすらもない。一歩踏み出すにも壁に激突しないよう手を前へ突き出していなければならない。ホントにこんなとこへ入っていって、だいじょうぶなのだろうか。とりあえず尻ポケットからマグライトを引き抜く。手探りでスイッチを入れようとしていたらトムに怒られた。

「バカ、明かりなんてつけんじゃねーよ」

「え、どうしてよ。こんなに暗くちゃ先が見えないじゃん」

「夜警のガードマンがいるんだよ。ちょうど今ごろは校舎を見回ってるはずだ。この建物から明かりが漏れてるのを見られるとマズいんだ」

「でも、こう足もとが暗くちゃ……」

 ギュッと腕をつかまれた。長くしなやかな指が強くからみつく。トムの手は温かかった。わたしは反射的に腕を引っ込めようとしたけど、トムが離さない。そのまま強く引っぱられた。

「ちょっと、なにすんのよ」

「おれ夜目が利くんだ。まあ任せとけって」

 不思議なことに彼は明かりなしでも暗闇のなかを歩くことができた。お互いに無言のまま腕だけがグングン引っぱられる。ちょっとドキドキした。中学生になってからは文化祭のフォークダンス以外で男子と手をつないだことなどない。茶髪でアロハシャツ着た不良少年でなければ、もっとドキドキしたに違いない。茶目っ気出して手を強くにぎり返してやったら、驚いて息を飲むのが分かった。こいつ、あんがい可愛いかも。

 静寂と闇のなか、二人の息づかいだけがやけに大きく聞こえる。二階へ上がると天窓から月明かりが漏れていて、今まで闇のなかにいたせいで、それがひどく明るく感じられた。そこからさらに階段のうえをにらむ。時計塔のドアは、闇に溶け込むようにひっそりと閉じられていた。

「やっぱ怖ぇよな……」

 トムが身震いして言った。

「じゃあ引き返す?」

「ここまで来てなに言ってんの」

 二人手をつなぎ合い、恐るおそるドアを開いた。首をしめられた老婆の悲鳴のようなあのイヤな摩擦音が、階段室の壁や天井に反響して身のすくむ思いがした。

 まずトムが踏み込んだ。その肩越しになかの様子をうかがう。

「……幽霊いた?」

「なんにも見えね」

 引っぱられて、わたしもなかへ入った。ドアがしまる。とたんに月明かりが遮断され、ふたたびまっ暗な状態になった。

「おい、ライトつけてもいいぞ。ここなら外に光は漏れねーと思う」

 声のしたほうへ見当をつけてスイッチを入れた。まぶしそうに手で光を遮るトムの姿が浮かび上がる。

「ばか、こっち向けんじゃねーよ」

「ごめん、わざと」

 マグライトで照らした室内は、昼間よりもやや広く感じられた。トムの影がニュッと後ろへ伸びて天井の暗がりと一体になる。その影と重なるように白い紙切れが三枚貼られていた。アキラという文字を隠した、あの護符だ。

「ねえ、これからどうするの?」

 急に不安になってトムに訊ねた。

「決まってるだろ、待つんだよ」

「待つって……アキラの霊がここへ現れるのを?」

 わたしの質問には答えず、彼は壁際にある大きなダンボール箱をひとりで動かし始めた。

「おい、ぼーっと見てないで手伝えよ」

「なにすんの、こんなもん」

「こいつの陰に身を隠すんだ」



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