パンツマニア
〈パンツマニア〉
机の上から三番目の引き出しを開けると、そこには色鮮やかなパンティーが大量に詰まっていた。
――これが一年を費やして獲得した俺の秘蔵の宝だ。
勇気を出して下着売り場で購入したり、強風に飛ばされた洗濯物をこっそり回収したり(よい子は真似しちゃダメだよ!)、家庭のゴミを漁ったり……様々な手段を用いて集めた代物。姉妹のいる友人に頼み込む……というのも定番だが、俺に友達はいない。
ベッドの上に放り投げたパンティーの小山を眺め、不気味に笑う。
窓やカーテンを閉め切り、外界との繋がりを完全に排除した部屋。唯一壁にかけられたカレンダーのみ、今日が大晦日であると主張していた。
そう、本日は十二月三十一日! 一年の集大成!
俺は毎年の恒例行事として、その一年間で蒐集した女性用下着を、年末にあらゆる方法で堪能しているのだ。いわばパンティー総決算である。
今年の成果は百枚近く、昨年よりも豊作のようだ。
そして各々のパンティーには、無事に入手するまでの紆余曲折の思い出が秘められている。こうして眼前に苦労の結晶が積み重なっているのを見ると、感慨深い気分になる。
有能な――そして忍耐強い自分が恐ろしい。この日のために、俺はずっと我慢してきたのだ。本能の赴くままに数多あるパンティーを弄ぶという行為を。
そうして肉体に滞留した欲望を、遂に解放する瞬間が訪れた。
「ふぉおおおおおお!」
俺は興奮のあまり雄叫びを上げ、適当に掴んだパンティーを次々と頭にかぶった。
十枚ほどまとめて装着したら、今度は下半身だ。男らしくジャージとブリーフを同時に脱ぎ捨て、下腹部の“漢”を強調させるように小さな下着を穿いていく。個々のサイズの差も気にならない。この柔らかい生地が太ももを擦る感触が絶妙で、たまらない。快感で全身に鳥肌が立つ。
しかし、さすがに限度があった。二十枚以上も重ね履きする頃には、自慢のイチモツすら色とりどりの布地の奥に身を潜めていた。
「ふぅ、今回の戦いは多勢に無勢だな……」
仕方なく全制覇を諦め、腰のゴムを切らないよう慎重に脱ぐ。攻略前と後のパンティーをきっちり仕分けして、俺は第二回戦を開始した。
そして再び下着を片足に通す寸前、
「む?」
反射的に手が止まった。足首に絡めたグレーの地味な下着に、僅かばかりの感傷を抱く。
そう、これは……
――脱衣所から拝借した姉のパンティーだ。
俺は寛大な心の持ち主なので、実姉だからといって差別はしない。パンティーはみな平等だ。というか、むしろ貴重な使用済み下着の供給源として人知れず感謝までしている。
とはいえ姉弟というすこぶる近い関係上、どうしても他のパンティーとは異なる特別な思い入れを持ってしまう。鼻先に近づけてじっくりと観察してしまう。
平均よりもサイズはやや大きめ、一見すると無地だがサイド部分に小さな星が輝いている。匂いを嗅ぐと、引き出しに収納していた数ヶ月で熟成された汗やらなにやら……まあ悪い香りじゃない。
確実に言えるのは、もう二十三歳になるというのに、色気のない下着である。
……まあ、もう少し際どい下着を選んでもよかったのだが、野暮ったい大きなパンツの方が俺好みというのが本音だ。なんというか、気取らない生活感が窺えて、女性も俺と同じ生物なのだと実感できる。たまらなく親近感を覚える。
あの生意気な姉も、普段はこんなデカパンを穿いているのだ。ふははは。
ふと、性悪な気持ちが芽生えた。あの女に対する日頃のストレス発散も兼ねて、このパンツで遊んでやろう。
そして俺はパンツの端を指先で摘まみ、まるでヌンチャクのように振り回した!
なんという優越感だ。いつも俺を馬鹿にしている姉の下着を、今オモチャのように扱っている。姉の下着から生まれた風が、俺の前髪を揺らしている。
振り回す勢いのまま、おれは胸中で姉への罵倒をぶちまけた。
偉そうにしやがって! この自称家事手伝いめ! 少しははたらいて家計に貢献しやがれ! 俺もニートだけどね!
締めに、決めポーズの代わりでパンツを頭にかぶった。当然、部屋の扉やカーテンは閉め切っているため、誰にも見られる心配はない。作戦は完璧だ。
激しい動きで息を切らした俺は、ベッドに背中を落ち着けた。心地よい疲労感が身を包んでいる。
――俺の一年は、こうやって幕を下ろす。
素敵なことばかりじゃない、むしろ人生は苦難や逆境と常に隣合わせだ。誰だって、挫けそうになるのは一度や二度じゃないはず。
だから俺は、年の瀬に全部吐き出してしまおうと思ったのだ。
懸命に駆け抜けた一年を、楽しく面白く、笑顔で終われるように。
そして、綺麗な気持ちで次のスタート地点に立てるように。
階下から俺を呼ぶ声が聞こえた。姉だ。
「年越し蕎麦できたよー、おいでー」
どうやら珍しく俺の食事も作ってくれたらしい。彼女も彼女なりに、一年の終結になにかしら感慨を抱いているのかもしれない。
――変なところばかり似た姉弟だ。
おうと短く返事をして、俺は階段をひとつ飛ばしで駆け下りた。
「お待たせー」
晴れやかな気持ちでリビングの扉を開く。室内には蕎麦のいい香りが漂っていた。
台所で七味の用意をしていた姉が振り向く。
「やっときたな。早くしないとのび――」
そこで、台詞が止まった。
硬直した姉は口を半開きにしたまま、愕然とした眼差しで俺を見ている。一体どうしたのか。
不可思議に思っていると、リビングの奥にあったテレビに視線が動いた。電源が切られて真っ暗の画面に、自分の姿が映っている。
「あ」
俺は姉のパンツをかぶっていた。
あらためて、姉と視線が交錯する。その眼光は鋭い槍となって、俺の心臓を貫いた。間違いない、奴は俺の頭部に鎮座する下着が自分の所有物だと気づいている。
意図せず口から乾いた笑いが漏れた。姉も合わせて唇の端を不気味に吊り上げる。
「ち、違うんだ姉ちゃん、これは……」
焦燥に駆られながらの弁解は、それ以上続かなかった。
姉の右手が俺の襟首を掴む。その人間離れした万力と威圧感に、失禁しそうになる。
恐怖のあまり四肢が動かない。ただ小刻みに首を横に振ることしかできない。
そんな俺を半眼で眺め、彼女は悪魔のような笑顔で言った。
「おしおき、除夜の鐘スペシャル」
脳天を叩く拳骨の鈍い音が、近隣一帯に百八回響いた。
読んでいただきありがとうございます!
お姉ちゃんの鉄拳制裁により、百八の煩悩は浄化されました。
自分で書いといてなんですが、まったく度し難い阿呆ですね。
もし私に姉がいたら、未洗濯のパンツは回収しますが、彼のように変態的な行為は絶対にしません。神に誓って。