心を解かして
誤字脱字報告、矛盾点の指摘や感想等は不要です。
「待ちます。貴女が私を好いてくれるまで、いつまでも」
「……そうですか」
そんなこと、この世がひっくり返ってもあるわけがない。
何故ならあんたは私の敵だから。私の憧れている人の敵だから、つまり私の敵でもある。
なのに、顔を合わせるといつもこれ。なんでなの、どうしてなの。
「柚葉、愛している」
「……私は嫌いよっ」
「いいんだ。いつか振り向いてくれるまでずっと、待つから」
毎回このやり取りで私は逃げるように部屋を出るのだ。
康成の父の屋敷へ私の父が密談しに行く時、嫌だと何度言っても私を連れて行く父。おそらく私と康成をくっつけたいのだろう。
だがお断りだ。私にはいずれくる時期までは心に決めた人がいるのだから。
信幸様。私の憧れでお慕いしている人。あの方は文武両道、清廉潔白で心優しく、民からとても好かれている。私の仕えている領主様のご子息で次男。
他の土地の領主様方のご令嬢達から熱い眼差しを送られていることに気づきもしないけれど、私はそんなところも素敵だと思ってる。もちろん他のご令嬢でもそう思っている方はたくさんいるけど。
私の身分じゃ到底釣り合わないけれど、子供の頃から兄のように接してくれる信幸様に憧れないなんて、それこそ無理で。私の恋は初恋がいまだ続いている状態なのだ。
私の父は領主様の警護役で、母はすでに他界しているが、領主様の奥方様とは子供の頃からの知己の仲で信幸様の乳母をしていた。つまり、私と信幸さまは乳母兄弟でもある。
けれど年を追うごとに身分の差を痛感し、陰から憧れるだけで十分と思い込ませている私。なのに信幸様はいつまで経っても私に妹のように接してくれる。
それは嬉しくもあり、恋心のうえでは悲しくもあるが、元より叶わぬ恋なのだからとより一層諦めるべきだと思わされるのだ。私が勝手に想っているだけで、信幸様はそんなこと知りもしない。それを責めるつもりはない、私が関係が壊れるのが怖くて恋心を知られたくなくて必死で妹を演じているのだから。
ただ信幸様の婚姻がなされるその時までは、その時までは恋していたいのだ。どこかのご令嬢と夫婦になられたら、その時こそ完全に諦めると私は決めていた。市井で昔からよくある身分関係ない恋物語など実際にはありはしないのだ。私ももう十二。猶予はもう数年あるかないかだろう。
「柚葉、こちらへ」
「はい、父上」
領主様のお部屋の掃除が終わり一息つこうとしていると、父がこそっと手をこまねいてきた。
それを見て悟られぬようにふうと溜息一つつくと、私は父のいる庭の木陰へと歩み寄った。
「康成殿へのあの態度、いい加減受け入れたらどうだ」
「敵を受け入れろと言うのですか」
その父の言葉に眉間に皺を寄せると、父は首を横に振る。
「敵ではない。康成殿は先見の目をお持ちだ。これからは松川家が風に乗る。我らの一族は常に天下を取る側へ付くのが古来よりの決まりなのだ」
わたしとて領主殿が天下を取るのであれば何もする気はない、とわざとらしい表情を浮かべて小さく口に出す父を見て、私は更に眉間に皺が寄った。
なにを言っている。そもそも父が情報を流すのも原因の一つではないか。たしかに私の一族は戸籍上は平民ではあるが、隠れた名を持ち、重要な使命を帯びているのも事実。
それはこの国の守りの要の術に深い関わりがあり、私の一族の血は途絶えてはならないと一〇〇〇年も昔から決められていた。一族婚とその時の天下を治めている氏族との間でしか子をなしてはならないともされている。
うちは分家の中でも中の位置にある家だが、若い娘は一族の中では少ないために私の夫婦となる男は本家に決められてしまう。どうせいつかは道具にされるのだ。だからそれまでは自分の心に真実でいたい。
「私は信幸様に天下を取ってほしい。それだけの器があるのは父上も承知のはず。今からでも領主様の為に働けばっ」
「これは本家の決定なのだ。そして康成殿はお前を許嫁、ゆくゆくは妻にと望んでおられる。康成殿がそう望む限り、本家からの指示でお前の相手が変わることはない」
まるで幼子をあやすかのように宥めてくる父。いつまでも駄々をこねずにさっさと嫁げと言う父に憤りが治まることはない。
娘が少ないといってもまだ相手が決まってないのは数人いるはずだ。もういい。父がその気なら私にも考えがある。
「……少し、頭を冷やします」
「そうしなさい。そろそろ急がねばならぬ時期にさしかかっているのでな」
父の顔を見たくなくて俯いたままそう言って去る私の背中に、最後通告のように言ってくる父。
その日の宵闇に紛れて、私は領主様の屋敷から姿を消した。
「小夜、お勤めが終わったら和尚様のところへ来いってさ」
「わかった」
寺の石畳を箒で掃いていた私に声を掛けてきたのは近所に住む男の子。この寺のお坊様方は日替わりで市井の子供達に朝塾を開いているのだ。
私が柚葉から小夜へと名を変えて辺鄙な村へ隠れ住むようになって五年の歳月が経っていた。腰下まであった髪も肩で切りそろえ眉に沿って前髪を作った私は、五年の時で体も成長し顔つきも大分大人びたため、おそらく過去に私を知っていた者でさえ分かるものはいないだろうとふんでいる。
行く当てもない私は今はこの寺で尼の見習いとして住まわせてもらっていた。まだ若い私が世を儚んで尼になることをここの和尚様が是としなかったのだ。だから髪を全て剃らせてもらえずにいる。
二年前、風の噂で信幸様が康成の軍に敗れて討ち死にしたと聞いた。今は本家から父が聞いていたとおり康成が天下を取り執政しているらしい。
信幸様。出来ることならそれを知ったあの時私も後を追いたかった。けれど、和尚様に他のお坊様や子供達が泣きながら止めてきて、それを無碍に出来なかった弱い私は今もこうして生きているのだ。
そして、さらに弱い自分を追い詰めることがあと一つ。康成のことだ。嫌いなのは決まっている。けれども何故か頭から離れないのだ。愛憎は表裏一体らしいが、もしかしたらこれがそうなのかもしれない。
気がつくと信幸様のことよりも、私を切なそうに見るあの顔を思い浮かべる。ぶんぶんと頭を振って靄のようにかき消すけれど、いつの間にかまた康成の顔が出てくる。嫌いなはずなのにどうして。
「和尚様、ご用があるとか」
「ああ、小夜。お入り」
昔のことを思い出しながら和尚様の部屋へ着いた私は、部屋の外から障子越しに声を掛ける。穏やかな声で和尚様が入れと言ってくれたので、私は俯いたままそっと障子を開けて閉めると一礼した。
「柚葉! 無事だったのか!」
「……なにっ!?」
突然和尚様の声とは全く違う若い男性の声がしたと思ったら、瞬間強い拘束を受けた。
ちょうど顔が相手の肩にあたり押し付けられているので相手の顔が見えない。力強く抱きしめられているから次第に息苦しくなって、無礼な相手の背中を思いっきり叩いた。
「すまない、苦しかったか」
「っいきなりなんなんです! 無礼でしょう」
相手の顔を睨みつけたが一気に血の気が引いた。なんでここに康成がいるのか。声が違うから気づきもしなかったが、そうか、声変わり。
困り顔で私を見ている康成は今は十九歳か、五年前よりもずっと精悍な顔つきになっていた。黒目黒髪は同じでも、目に宿る意思の強さが感じられる。髪も長くなっており後頭部で一つに纏められていた。
「どうしてここに。どうしてここが分かったの……」
自分でも青ざめているのが分かるくらい動揺していた私は、そう聞きながら一歩一歩後ずさる。
「柚葉、逃げないでくれ……」
切なげに私を見て片手を追いかけるように出してきたが、懇願するような小さな声と共にその手は下ろされた。
そんな顔をしたからなんだ、私の好きな信幸様はもういないのに。その原因である康成がのうのうと私の前に現れるなんて、なんて悪夢。
「康成様、後はこの和尚が……貴方様は一先ず部屋へお戻り下さい」
「……わかった、頼む」
和尚様が康成に助け舟を出すなんて。信じられない顔をして見ると、康成は私の方を一度見て反対側の障子を開けて和尚様の部屋を出て行った。
「小夜、おいでなさい」
「和尚様、これはどういうことなんです」
裏切られたのだろうか、今まで匿ってくれていたのにどうして今更ここがばれたのか。私は和尚様に詰め寄った。
「まずは落ち着いて飲みなさい。長い話になる」
「……はい」
穏やかな声でそう言われると私の心も少し落ち着いた。長い話と言っていたのだから冷静に聞いたほうがいいだろう。
差し出された茶を数口啜り一息つくと卓に置き、私は和尚様へ話をしてくださるように頷いた。
「柚葉、今宵の月は満月だそうだ。一緒に見ないか」
「ええ、では月見酒でもどうですか康成様」
「ああ、楽しみにしている」
夕餉を食べて一息ついているところで下から月見を誘われて、私はどうせなら月見酒をと提案した。私の膝を枕にしている康成様は寛いだ表情を浮かべていて心底楽しみにしているといった感じがありありと伝わってくる。
私にはそんな康成様が年上にもかかわらず妙に可愛く見えてしまい仕方がなかった。以前はただひたすら穏やかさが目立つだけの人だったのに、五年経った今は飄々としたところも出てきて相対した者に一筋縄ではいかないと思わせるばかりだ。
けれど、私の前では気負う必要などないとばかりにぐうたらだらけている。今までの私の応対から考えると、康成様にとっては幸せの極みだというのは本人に言われて理解しているが。
本当はまだまだ恥ずかしいのだ。しかも、今なんて膝枕なんて。でも、今までの分私は康成様のために頑張ると決めたのだから、恥ずかしがってばかりではいられない。
それにこんなひと時を送れるようになって、私もようやく最近幸せなのかもしれないと思うようになってきた。和尚様がいなければ、ここにこうしては居なかっただろう。了見を狭くし過ぎていた私は真実を見極めることが出来ていなかった。
「柚葉?」
「すみません、昔のことを思い出していたので」
物思いに耽っていると、下からまた声が掛かる。私の頬に片手で触れて康成様が少し首を傾ける。
「そう。昔も今も柚葉の愛らしさは変わらないね。柚葉に一目惚れしてから十年は経つ。そしてその内の純粋で優しい心根も天女の慈愛と同じなのだろうね、俺の心をこんなにも暖かく幸福にしてくれるのだから」
「もう、その口縫い付けますよ。恥ずかしい」
「縫い付けてくれるのかい? それはぜひお願いしたいね。針と糸なんて必要ない、口を合わせるだけでできる簡単なことさ」
ああ、康成様の愛情表現に容赦がなくなったのも、和尚様が原因なのだった。康成様の提案に頬が熱くなる。最初は大した容姿でもない私に一目惚れ、そのうち中身にも惚れたとか。昔の私は理解できなかったが、今ではそれがとても嬉しい。
とにかく、和尚様が半年前に私に話してくれたことなのだが。
『小夜、まず始めにお前に謝らなければいけないことがあるのだよ。実は私はお前が名を小夜と変える前からお前のことを知っていたんだ』
『それはどういう……』
『お前が父殿と話た日を覚えているかい、夜に紛れて屋敷を飛び出した日のことを』
『覚えています、忘れるはずもない』
『そうかい』
問いかけに顔を硬くした私にうんうんと頷く和尚様。
『その日からずっと、康成様の影の者がお前を悟られぬようにつけていたのだよ。あらゆる害からお前を人知れず守れという命を受けてな』
『守れ? 私を』
『幼さの抜けきっていない年頃の娘が、一人何事もなくこの寺に辿りつくことができると思っていたのかい。お前をかどわかそうとする輩や下心を持つものを陰で排除していたからこそ辿りつけたのだよ。大人でも一月かかる場所だ。とてもじゃないが平和穏便にはいかない』
『……』
たしかに、あの頃の私はひたすらどこか遠くへ、見つからぬ場所へという思いのみで空腹や疲れに気づくこともなく一心不乱と歩みを進めていた。貯めていた奉公の金を節約に節約して旅をしたのだし。
『お前のような娘が一人で旅するなど尋常ではないのだよ。けれど、今思えばそれは正解だった』
横目で私をみながら一つ頷いた和尚様は話を続けた。
『お前が懸想していた相手、信幸殿だったか。情に絆されて石崎と結託し、康成様の松川家と対立した。そこまではよいのだ。だが、石崎には裏があったのだよ』
『裏? ですか』
『それに気づいた康成様が信幸殿に幾度も文を出したのだが、その頃にはもう後戻り出来ないところまできていた。信幸殿も覚悟の上だったのだろう。秋の紅坂の戦いでは単身軍を突破して康成様との一騎打ちを望んだのだ』
『一騎打ち!? じゃあ、じゃあ信幸様は』
『いや、康成様は一騎打ちに勝ちはしたが首はとらなかった。だが、石崎の手のものが軍に紛れていたのか、一騎打ち後に信幸殿の首に毒矢が刺さった。康成様は矢を放ったものをその場で討ち取り信幸殿の手当てをと望んだのだが、即効性の猛毒で手遅れでな』
『そんな……信幸様』
話を聞いた私は思わず両手で顔を隠した。毒矢なんて、苦しいなんてものじゃないだろう。私が代わりに受けることができたならよかったのに。
けれど、どうして信幸様は単身で敵の軍に乗り込んだりだりしたのだろう。
『なぜ、単身でなど……』
『それが、信幸殿のけじめのつけかただったのだろう。康成様が妹のようなお前を好いておることも知っていた。最早後がない自分より、天下に一番近い康成様にお前のことを頼むと、息を引き取る時に言っていた……』
涙が溢れてくる。でも止める気は起きなくて、私はただただ洪水のように涙を流した。もし私が領主様の邸を出て行かずに、信幸様の元にずっといたのなら何か出来ただろうか。
いや、きっと何も変わらなかったはず。止めたくても止められず、ただ見守ることしか出来なかっただろう。私と信幸様の立ち位置では深く関わることなど出来なかった。
ひとしきり泣いた後、ふと私は疑問に思った。
『和尚様、なぜそれほど詳しく知っておられるのですか、まるでその場にいたかのようです』
『そうとも。小夜、わたしが先程言っていた康成様の影の者、なのだよ。お前がこの寺に来ると分かった時、先回りしてこの寺の和尚として迎え入れたのだ。この寺は実は松川家に輿入れしてきた先代当主の奥方様が懇意にしていた寺でな、その縁で容易に和尚にすり替わることができたのだ』
『和尚様が影……じゃあ、この寺でずっと私のこと守ってくれてたの? 康成のことがあるから尼にさせてくれなかったのね』
『すまないね。お前のことも定期的に文で様子を知らせていた』
『そんな……』
じゃあ、和尚様は本当は和尚様じゃなくて、名前も知らない康成の影の者で、私のことをずっと守ってくれてた人なの。
でも私のことただ懐柔しようとしてただけとは思えない。だって、いつだって祖父のように暖かく見守ってくれてて、悪いことした時は本気で怖かったし、良い事した時は嬉しそうに褒めてくれた。私の名を呼ぶ今だって暖かい何かを感じるんだ。それは決してただの義務なんかとは違う。
泣き腫らした目で和尚様を見上げると、和尚様も泣いていた。私のせいで泣かないで。私の本当の祖父はもういないし顔も見たこともないけど、私にとっては和尚様が祖父だったんだ。
『ごめんなさい、和尚様。もう泣かないで』
『小夜、いいんだよ。わたしのことより康成様だ。信幸殿が亡くなられたのを知った小夜を、文でいつも気にしておられた。敵としか見られていないから、自分が行くわけにもいかず、一騎打ちの後ともなれば自分が殺したも同然と、合わせる顔もないと言っていた』
『そんなこと』
祖父のような存在の和尚様が仕えている康成。彼のことも私は一度もちゃんと見ようとしなかった。こんなに気にかけてくれていたのに。私は全部のことに気づくのが遅かったんだ。
『小夜。お前は近頃ようやく信幸殿を亡くした心の傷が塞がってきたようにわたしには見えた。だから、今ならば康成様のことも少しは冷静に見れるかと思ったのだよ。文で小夜が病にかかったと嘘ぶいて、康成様をここへおびき寄せたのだ』
『そうだったのですか……ありがとうございます、心配してくれてて』
最初は行方知らずだった私が見つかっての無事だったか、だと思っていたが、病について言っていたことだったのか。和尚様の話を知る前だったから、悪いことをしたな。それに、それ以前のことも。
私がここに居る意味はもうないんだな。そして、新たにしなくてはいけないことも出来た。
『小夜、それでだ。お前はこれからどうする、このままこの寺で小夜として生きていくのもよし。元の名に戻るのもよし。父殿は大層心配しておられたよ。戻っても大丈夫だろう』
『そうですね。私、決めました』
私をそう言うと和尚様の目を見てはっきり言った。
『柚葉として、戻ります。ただし、康成様の人となりを自分の目で見る為に戻ります』
もう迷いはない。自分の愚かなところは知った。ならば後は受け止めて変わるだけだ。そしてちゃんと知ること。それが私にできること。
『父上には悪いけど、私、康成様の邸に厄介になります。父上の所へは戻りません』
数秒呆けた顔をした和尚様だったけど、私の考えは変わらないことを知って笑って頷いてくれた。
『そうかそうか。では、私も康成様のところへ共に行くとするか。そうだ、わたしは半蔵という。改めてよろしくの、柚葉』
『半蔵おじい様? あっ、ちが。半蔵様』
『あっはっは。かまわんよ、わたしはお前のことはずっと本当の孫のように思っている。どうか、おじい様と呼んでおくれ柚葉』
和尚様の名を知った私はつい、おじい様と呼んでしまって恥ずかしくなった。耳が熱くなったけど、笑いながらそう呼んでくれと言ってくれたからまた泣きそうになってしまった。
『はい、半蔵おじい様』
「柚葉、どうかしたのか。ぼうっとして」
「え、あっ康成様、なんですか」
いつの間にか膝枕を止めたのか、康成様は起き上がっていて、すぐ近い目の前に顔があった。
「さてはどこぞの男でも思い出していたのではないだろうな。だめだぞ、柚葉は俺の妻になるのだから」
「半年前のことを思い出していたんです。半蔵おじい様から聞いた話を」
妬いたと拗ねたような口調でそう言う康成様が可愛くて、私はつい笑ってしまう。
「また半蔵おじい様か。柚葉を取り会うことになる相手が半蔵とはな。俺もそこまでは予想だにしなかったぞ。だいたい、いくら祖父のような存在だからといって共に居過ぎなんだ柚葉は」
更に拗ねたように話し出した康成様はでも、自分の幼いころから影として目付け役としている半蔵おじい様を鬱陶しくは思っていないよう。康成様も半蔵おじい様のことを好きだのだし。そう思って見つめていると、口に柔らかい感触がした。
「俺も負けてられないからな。半蔵半蔵言っていられると思うな、柚葉」
「なっ、い、いきなりなんてこと」
心臓がばくばくしてきたではないか。康成様はしてやったりという顔をしてにやりと笑っていた。くそう。ならば、そうだ。これで仕返しといこうか。
「康成様、私が殿方としてお慕いしておりますのは康成様だけです。ですから、私のこと離さないでくださいね」
私は恥ずかしさで一杯の胸を押さえてそう言うと、今まではいつもされる側だった口付けをこちらからしてやった。
きっと私の顔は今までにないくらい羞恥で赤く染まっていることだろう。でも、そんなことよりも少しでも康成様の心に沿いたい。恥ずかしいのは我慢だ。意表をつかかせる意味では仕返しとしては十分だろう。
「ゆ、柚葉……あ、そのだな」
飄々としている康成様、愛情表現が激しくなった康成様。でも、今までずっと受身だった私だから、効果は絶大だったみたいだ。少し赤くなった康成様は、どもってる。もっともっと色んな康成様を知りたくなったから、受身なだけではいないことにするね。だから、ずっと私だけを見ていて。
「ふふっこれからも末永くお傍にいさせて下さいね、康成様」
「ああ、柚葉。愛している」
柔らかく微笑んで私を抱きしめてくれる康成様。
このやりとりから更に半年後、私と康成様は夫婦となる。
もちろん半蔵おじい様は変わらず側で守ってくれているのだが、孫を早く抱きたいとそればかり言うので、その願いを叶えるのもいいかもしれないと、康成様と相談しているのはまだ秘密だ。
ここまで読んでくださった方、本当に有難うございました。