神隠し 4
瑞葉は部屋の入り口に立つ少年を見た。祠の前での出来事が思い出されて、先ほどの正体の分からない不安が再びよみがえってきた。
瑞葉の様子を見て少年は口を開いた。
「さっきは無理やり連れて来て悪かった。詳しいことは後で話すが、あの場所は本当に危険なんだ。普通の人間が長くいていい場所じゃない」
瑞葉はぽかんとした。
「あなた――あなたは誰?」
すると少年はひとりで納得したようだった。
「森は暗かったから仕方ないか。俺は健。君をこの館まで連れてきたのは俺だよ」
瑞葉はびっくりした。
「でも、さっきの人は普通の格好をしていたわ」
森で会った人物はシャツにジーンズというごくありふれた格好だったが、今目の前に立っている健は、祠の前で出会った少年と同じような姿――教科書に載っている弥生人のような出で立ちだった。
「ぬれたから着替えたんだ。ごめんね、君にも着替えてもらったら良かったんだけど、すぐに帰るのなら着替えないままの方がいいかと思って」
ぬれた服のままの瑞葉に対して申し訳なさそうにする健に、瑞葉は首を横に振った。
「気にしないでください。入ってはいけない所に入った私が悪いんです。それに、あなたの言ったとおりすぐに帰りますから」
健は少し考え込む素振りを見せると言った。
「君の名前は何ていうの」
「私は瑞葉といいます」
「それじゃあ瑞葉、君に会ってもらいたい人がいるんだ。その人のいる所でいくつか君に聞きたいことがある。帰るのはその後でいいかな」
「ええ、構わないです」
やはりお説教は免れられないようだ。瑞葉には拒否権などないのだから健の言うことに従うほかなかった。
「じゃあ行こう。付いて来て」
瑞葉は促されるまま部屋を出て健の後を付いて行った。
健はどんどん歩いて行って、やがて館の裏側に出た。裏側は瑞葉が迷った森が広がっていて、その入り口には建物が建っている。建物の床は瑞葉の頭よりずっと高い場所にあり、太い木の柱で支えられている。正面に階段があり、そこから昇って中に入るようだった。
健はその高床式の建物の方へと歩いて行った。階段を昇ったところにある入口の両側には槍を持った男性がひとりずつ立っていた。
彼らは健が通ると頭を下げ、健はそれを見ることもなく建物の中へと入って行った。
瑞葉は緊張しながら健に続いて行った。呼び止められないかとひやひやしたが、何事もなく中へと入ることができた。
建物の中はひとつの部屋になっていた。薄暗い部屋の奥には灯が灯してあり、その奥にひとりの女の人が座っていた。
「北野姫、瑞葉を連れてきた」
静かな部屋に健の声が響いた。瑞葉は健の隣に立って北野姫と呼ばれた人物を見た。
北野姫は瑞葉より三つ四つ年上のまだ若い女性だった。白い衣の下には赤い裳を履いていて、肩からは鮮やかな色の布を垂らしている。首には石を通した首飾りをいくつも連ねていた。
「よくぞいらっしゃいました。どうぞこちらへ」
瑞葉と健は北野姫のそばまで行くと、そこで腰を下ろした。
「瑞葉とおっしゃるのですね、わたくしは北野と申します」
北野姫は瑞葉に微笑んだ。瑞葉が男なら落ち着かなくなるような魅力的な笑顔だった。
「健にあなたを連れてくるよう頼んだのはわたくしです。ごめんなさい、突然驚いたでしょう」
瑞葉ははっとした。
「いいえ、私が勝手にあの森へ入ったのがいけなかったんです。道に迷ってしまって、いけないとは知らずに入ってしまいました」
北野姫は思案気に眉を寄せた。
「奇妙ですね。確かにあの森へ入ることは禁じられていますが、普通は入ろうとしても入れないものなのです」
瑞葉は目を瞬かせた。
「どういうことですか」
「あの森は普通の森ではありません。雷の神が住まう森なのです。普通の人は雷の神のお力によって入ることはおろか近づくこともできません」
「雷の神の力?」
ここは、パワースポットのひとつだということだろうか。
「先にひとつ言っておかなければいけないことがある」
それまで黙っていた健が唐突に口を開いた。
「瑞葉、ここは君が思っている世界じゃないんだ」
「え?」
瑞葉は健を見た。
「ここは、君がいた時代のはるか昔の時代。まだ神々がこの地にいた頃の日本だ」




