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葵 7

 健は、腕に巻かれた包帯をじっと睨んでいた。

 健の怪我の手当を終えた深尋は、何か声をかけようとしたが、結局何も思いつかずに息を吐いた。

 健たちは八尋の屋敷に戻って来ていた。

 たった一人で健たちの行く手を阻んでいた武爾は、瑞葉を連れた明里が見えなくなったのを確認すると、健の腕に傷を付けて退却した。

 健はすぐに後を追おうとしたが、深尋に止められ、負傷した腕ではそれを振り切ることもできずに、半ば引きずられるようにして戻って来た。

「手当をありがとうございます。俺は瑞葉を助けに行きます」

 そう言って健は立ち上がった。

「今すぐ行くと言うのですか。その腕では無謀です」

 深尋は包帯の巻かれた腕を見て眉をひそめた。

「行く。瑞葉と約束したんです、必ず守るって。俺はそのためにここにいるんだから」

「それは、聞いている方は勘違いしてしまいそうな言葉ですね」

 深尋は苦笑いをこぼした。

「分かりました。我が村も協力するよう長に頼んでみましょう」

「本当ですか」

「はい。長彦は我が村にとっても脅威ですから。ただし今すぐというのは難しいかと。準備をする時間が欲しいのです」

 深尋も立ち上がり、健と向き合うようにして立った。

「瑞葉さんは恐らく竜神の贄とするために連れ去られたのだと思います」

「贄って、それじゃあすぐに助けないと」

 健は部屋を飛び出そうとしたが、入り口を塞ぐように立った深尋に止められてしまった。

「どいて下さい。今すぐが無理なら、俺一人でも行きます」

 健は邪魔する深尋を睨んだが、深尋も怯むことなくこちらを見つめ返してきた。

「すぐに瑞葉さんが贄となることはありません」

「どういうことですか」

「ちょうど三日後、一年で最も昼の長い日がやってきます。通常、竜神への雨乞いの儀はその日に行われます。つまりそれまでは、瑞葉さんは無事だということです」

 健は苦い顔を浮かべて深尋の言葉を聞いていたが、やがて渋々といった様子で言った。

「なるほど。その間に戦の準備をするという訳ですか」

「はい。つらいとは思いますが耐えて頂きたい。その代わり、必ず瑞葉さんを連れ戻してみせますから」

 何とか健を思いとどまらせようと必死に言い募る深尋を見て、健はふと笑みを零した。

「いいえ、瑞葉を連れ戻すのは俺です」

 そう言うと、健は深尋に深く頭を下げた。

「俺が瑞葉を連れ戻すために、どうか協力をお願いします」

 どうやら考え直した様子の健に、深尋はほっと胸をなで下ろした。

「もちろんですよ。では、私は長へ報告して来ます」

「じゃあ俺も準備をしようかな」

 そう言って屋敷の外へ出ようとした健だったが、ふと思い出したように立ち止まった。

「あ、言いそびれましたけど」

「何ですか」

 怪訝な顔をした深尋の方を振り返って健は笑った。

「さっきの話ですが、勘違いなんかじゃないですよ」

 健はそう言うと、ぽかんとした深尋をその場に残して去って行った。




「さてと。もう追っ手は来ないかな」

 明里は後ろを振り返って言った。

 明里の肩に担がれた瑞葉は、顔をしかめながら不満の声を上げた。

「追っ手が来ないならもういいでしょう。どうせ逃げられないんだから下ろしてよ」

「あれ、嫌だった?お姫様は自分で歩かずに人に運んでもらうものだと思っていたよ」

 明里は意外だという顔をした。

「私はお姫様じゃないわよ。それに、荷物みたいな運び方をされて嬉しい人なんている訳ない」

「ふうん」

 瑞葉の抗議にどうでも良さそうな返事をして、それでも瑞葉の要求通り彼女を下ろした。

「ああ、苦しかった。あと少し下ろすのが遅かったら、あなたの顔にさっき食べたものを吐くところだったわ」

「それはそれは、危ないところだったね」

 やはり明里はこれっぽっちも危ないと思っていなさそうな声で言ったので、ムッとした瑞葉は、明里がほんの少し瑞葉から距離を取ったことに気付かなかった。

 そこからは瑞葉が明里に付いて歩くこととなった。明里はもう瑞葉を捕まえてはいなかったが、こんな山奥で逃げ出しても道に迷うのは明らかだったので、瑞葉は大人しく従う他なかった。土地勘も知り合いもろくにいないこんな場所で、迷っても生き残れる自信などまずない。雷神の森でのように、健が助けてくれたことの方が幸運だったのだ。

「ねえ、ひとつ聞いてもいい?」

 ただ歩いて付いていくだけの時間に退屈した瑞葉は、前を歩く明里に問いかけた。

「あなた男性なの?」

「一番気になることがそれ?」

 明里は呆れた顔で振り返った。

「もっと他にあるんじゃないの。どうして君を攫ったのか、とか、今どこへ向かっているのか、とかさ」

 明里のもっともな指摘に、瑞葉は肩をすくめた。

「私を攫った理由は、どうせ気分の良いものじゃないから聞かない。それから行き先は、長彦のところって言っていたじゃないの。具体的な場所は聞いても分からないからいい」

 それよりも、目の前に立つ女性、それもかなりの美人と言える人物の性別の方がとても気になるのだ。

 服装や髪型は女性のようである。瑞葉も最初は女性だと信じて疑いもしなかった。しかし、軽々と自分を担ぎ、それを物ともせずに走ってここまでたどり着いた体力や、抵抗したときに叩いた背中の感じなどを考えると、女性にしてはやけに逞し過ぎるように思える。

 好奇心を隠さずにこちらを見つめてくる瑞葉に、明里は思わず吹き出した。

「なるほどね。君の言い分は分かった」

 何がおかしいのかと、怪訝な目で見てくる瑞葉に一層声を立てて笑う。

「そうだね、僕は男だよ」

 明里は笑いながら肯定した。瑞葉は満足そうに頷いた。

「やっぱり。それは変装なの?それとも、それがあなたの普段の格好?」

「そんなことを聞かれたのは初めてだ。」

 明里は目を丸くすると、少し考えてから答えた。

「僕は男だから、今のこの格好は変装なんだろうね。でも、最近は普段でもずっとこの格好だよ」

 だからこれが変装という気はしないなあ、と呟く明里を見て、瑞葉は気が付いてしまった。

「そうなのね。きっと勇気のいることだったと思う。でも私、あなたを変だとは思わないわ。あなたが一番あなたらしくいられる姿が、あなたのあるべき姿なんだわ」 

 瑞葉は訳知り顔で頷くと、きょとんとしている明里の肩を優しく叩いた。

「よく分からないけど、何か応援されてるのかな。ありがとう」

 首をひねりながらもとりあえず礼を言う。瑞葉は満足そうにしているのでまあいいか、と明里は再び歩き出した。

「でもさあ、君を攫った理由は聞いておいた方がいいんじゃないの」

 少し歩いたところで、ふと思い付いたように明里が言った。

「だって、長彦は君を殺すつもりかもしれないよ。もしそのことを前もって知っていたら、いきなり殺されるのじゃなくて何かしら手を打てるかもしれない」

「あなたが今私を逃がしてくれればいいんじゃないの」

 さっきとは一転して瑞葉が恨みがましい声で言うと、悪びれる様子もなく明里は言った。

「ごめんね、それはできないよ。君を連れて来るようにと長彦に言われたからね」

 予想通りの返答だったが、少し仲良くなった(と、瑞葉は思っている)だけにがっかりした。

「あっそう。じゃあ、何かしら手を打つって?例えばどんなこと?」

 やや投げやりな口調で尋ねると、明里は当然のように言った。

「神に祈るんだよ」

 今度は瑞葉が呆れる番だった。

「神に祈って、神様は助けてくれるの」

「巫女様の言葉とは思えないね」

 お姫様の次は巫女様か、と瑞葉はため息をついた。

「私はお姫様でも巫女様でもないわ」

「じゃあ何なの」

「普通の一般人よ」

「そんな訳はない」

 あまりにも明里がきっぱりと言うので、瑞葉は思わずたじろいだ。

「君は北野姫のところから健と来たんだろう。普通の人間だと言われて信じる馬鹿はいないよ。何せあの雷神に憑かれたお姫様に認められ、人でない物の血が混じった化け物を手懐けている。君は一体何者なの?」

 明里の言葉を聞きながら、瑞葉は眉間に皺を寄せた。

「化け物って誰のこと?」

「もちろん、健のことさ。雷神の半身の忌々しいやつ」

 心底嫌そうに言う明里に、瑞葉はカチンときた。雷神に憑かれたお姫様は、まあその通りだと思うが、健のことを化け物呼ばわりするのは聞き流すことができなかった。

「そんな言い方ってないわ。訂正して」

「だって本当のことだ。君を見捨てたやつなのに、どうしてそんなに不機嫌になるのさ」

 明里は苛立った声で言ったが、瑞葉も負けじと睨み返した。

「健は私を見捨ててなんかいない」

「なぜそう言える?現にあいつは僕らを追ってこなかった。君のことを諦めたんだよ」

「それはあなたが邪魔させたからでしょう。健は必ず助けに来てくれる。約束したもの。だから私はいるかどうか分からない神に祈ったりなんかしないわ」

 そう瑞葉が言い放つと、明里は冷えた視線を瑞葉に向けた。

「へえ。勝手にすればいいさ、僕には関係ないことだ」

 そっけなくそう言うと、それっきり何も言わず、瑞葉の方を振り返ることすらしなかった。

 瑞葉の方も腹を立てていたので、黙りこくったままただひたすら進んで行った。

 そうしてどちらも口を聞くことのないまま長彦の元にたどり着いたのは、日もすっかり落ちた頃だった。

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