3. 街歩き
休日。ネフェリアは朝から下僕に纏わりつかれていた。
時々でよいので、これからもベルゼに料理を作ってほしいという。
ベルゼの懇願は半ば予想していたことであったので、ネフェリアは冷静に対処した。返事をうやむやにして、ついてこようとするベルゼを適当にあしらい、屋敷の外へ遊びに出掛けた。
ネフェリアの住む王国の首都は周りを城壁で囲まれており、王の住まう城と貴族街、平民街とで大きく二つの区画に分かれている。
ネフェリアは首都の中心部にある大きな広場の近くまで馬車で向かい、そこから侍女と歩いて繁華街のほうへ歩いていった。
あいにくと空模様は悪く、空気はどんよりと沈んでいたが、雨は降っていなかった。
侍女とともに、まずは馴染みの服飾店に立ち寄る。
ネフェリアが連なるバーリッシュの家は、家格こそ低いが、古い歴史を誇る。付き合いの長い服飾店も落ち着いた佇まいをしていた。
「やはり昔ながらの店がようございますね」
侍女のメイサがホッとして静かな店内を見渡す。メイサは年嵩のメイドで、二代に渡りバーリッシュ家に仕えている。
「最近は新興の服飾店が台頭してきているようですが、扱っているドレスは派手派手しく露出が高いものばかり。品がなくていけませんわ」
主人であるネフェリアの許可も得ずにペラペラと捲し立てた。
「流行などに惑わされて、あれもこれもと身の丈に合わない品を買う者が多いこと」
「メイサ。差し出がましいわよ」
いつものネフェリアならば、メイサに対して怒鳴っているところである。しかし、ネフェリアは声を抑えてメイサに注意するに留めた。メイサは「まぁ」と目を丸くして肩を竦めた。それから背筋を伸ばして頭を下げる。
「申し訳ありません」
落ち着いたネフェリアの態度を意外に思ったようだった。メイサはチラチラと不思議そうにネフェリアの様子を窺っている。怒鳴られても動じない、落ち込むことのないメイサは、感情の起伏が激しいネフェリアの侍女には実にうってつけだった。そのため、外出時の付き添いは、もっぱらメイサの役目であった。ネフェリアはそれ以上メイサには構わず、店員に案内されて商品の説明を受けた。
(この店、流行に疎いのよね)
流行に聡い貴族を相手にして、よく潰れずにもっているものだと思う。しかし、長年の付き合いから、価格をはじめ様々な面で融通をきかせてくれる。けっして裕福とはいえないバーリッシュ家にはなくてはならない店だ。
いつもなら、ネフェリアは流行りの店に行きたいと駄々をこねているところである。メイサはネフェリアが浪費しないように見張るお目付け役でもあった。やれ伝統がどうだのと、流行を蔑むような発言が目立つのは、ネフェリアが散財しないように婉曲的に釘をさしているのである。
ふと、目にとまった品を手に取った。
「これ、ローブの留め具にいいわね」
宝石はなく、シンプルな見た目だが、細かい彫りの装飾が美しい。
「お使いになるのですか」
メイサが意外そうに口を挟んできた。
「そうね…」
昔見た、ベルゼの傷ついた顔を思い出した。
(いまだに、はっきりと覚えているものね…)
表面が削られた、みすぼらしい留め具を使い続けているのは、ネフェリアへの当てつけか、それとも――。罪悪感がじわりと胸を蝕む。ネフェリアは首を振ってむりやり暗い気持ちを追い出した。
代わりに出掛ける間際に、適当にあしらったときの、ベルゼの情けない顔を思い浮かべる。ネフェリアは少しだけ口元を綻ばせた。
「いいえ、使わないわ」
ドレスのリメイクを何点か頼んで、新しい品は買わずに店を出る。
「はぁ…」
本当は、メイサ曰く「品がない」流行の店のドレスが欲しかったが、仕方がない。未来視のなかで、ネフェリアは自身の散財についても父から責められた。
ここはおとなしくしておく方が無難だろうという考えに落ち着いた。
「次は本屋に行きたいわ」
気を取り直して、店を出る。ネフェリアはメイサを伴い、通りを進んでいった。
本屋に入って、棚を物色する。
ネフェリアが手に取った本の背表紙を見て、メイサは顔をしかめた。
「お嬢様。お嬢様のお立場で料理をなさるのは感心しません。それにダイアナ様も、お嬢様が怪我をするのではないかと、心配なさっておいでです」
メイサが母の名前を出し、ネフェリアを諫めた。
「わかっているわ。ほどほどにするつもりよ」
ネフェリアはメイサを置いて店の奥へと足を伸ばした。
床にできた自分の影に視線を移す。薄暗い室内で影の輪郭はわかりづらかったが、じっと目を凝らした。きつく言い渡しておいたので、ベルゼは付いて来ていないはずだ。念のため、小さな声で呼びかけるが反応はなかった。
安心して棚から本を抜き出し、パラパラとページをめくる。
できれば初心者でも作れそうな、簡単なレシピの載った本がいい。何冊か見繕って購入することに決めた。
本屋を出てメイサの支払いを待っている間、覚えのある令嬢たちが通りを歩いているのを見とめた。
(レオノーラ様もこのあたりを散策なさるのね)
王子の婚約者であるレオノーラは才知に長けており、容姿も優れていることから下位貴族にとって憧れの存在である。取り巻きの令嬢たちを引き連れて、街の中を悠然と歩いていた。
レオノーラは絹のような滑らかな長い髪をかきあげて、クスクスと口元で笑った。
「私が料理など。自分で作るわけがありませんわ」
取り巻きたちの質問に答える形で、レオノーラが口を開いた。
「それは殿下もご承知のうえです。私との仲が良好であることを周囲にアピールするために作った話にすぎません」
「ええっ」
周囲にいた令嬢たちから驚きの声が上がる。
「殿下の婚約者になりたいと願う者は多くいますから。極力余計な争いを生まないように、学びの場では皆に静かに過ごしてほしいとの、殿下のご配慮です」
「そうなのですね」
取り巻きの令嬢たちは最初こそ驚いていたが、やがて納得して頷きあった。
ロイナが話していた、王子とレオノーラの美談は嘘だったということだ。
「……」
(それもそうよね……)
物陰でレオノーラたちの会話を聞いていたネフェリアも納得した。しかしそれを周囲に打ち明けて、おしゃべりな令嬢から話が広がる可能性は考えないのだろうか。
婚約者としての立場はもう盤石というところだろうか。地固めが済んだのかもしれない。賑やかな集団は、ネフェリアの前を通り過ぎていった。
レオノーラと王子の美談に学校の生徒たちは湧いた。女子生徒たちは皆、そのエピソードをきっかけに、高貴で手の届かない憧れの存在を身近に感じた。婚約者へ、あるいは好きな相手へ手作りのものを送ることが学校の中で一躍ブームとなった。
ネフェリアもそのブームにあやかろうとしたが無駄に終わった。セディアスの冷たい視線が脳裏に浮かんで、気が沈む。地面にできた、自分の影に視線を落とした。軽く首を振って、顔を上げる。
今となっては婚約者のために料理をする必要性はないが、ネフェリアには思惑があった。そのためにレシピ本まで買ったのだ。
その後、店を出てきたネイサとともに、ネフェリアはウィンドウショッピングをして、久しぶりの街歩きを存分に楽しんでから屋敷に戻った。




