2. 餌付けしてみた
ベルゼがサンドイッチを口に運ぶのをチラチラと横目で見守る。頑張って作った手前、どうしても反応が気になった。知らず、膝の上でスカートを握りしめていた。
「……っ」
サンドイッチを一口だけ食べた途端、終始虚ろだった目に生気が宿った。あっという間にサンドイッチをひとつ平らげて、次に手を付けた。
いつも死んだ魚のような目をした使用人が、キラキラと目を輝かせて夢中で次々とサンドイッチを頬張っている。そんなベルゼを初めて見た。正直気持ちが悪いと思いつつ、ネフェリアは呆気に取られてその様子を見守った。
「気に入った?」
熱心な食べっぷりにネフェリアはまんざらでもなく、反応を窺った。
「すごい。ちゃんと味がある」
「……はぁ?」
態度とは裏腹の、あまりに失礼な感想にネフェリアは怒りを覚えた。ベルゼに見せつけるように扇を手に取って、もう片方の手のひらに打ちつけた。
ベルゼは顔色を悪くして慌てて釈明をした。
「いや、このサンドイッチが不味いとか思っていたわけではなく」
ネフェリアの剣幕にたじろいで、片手に持ったサンドイッチと籠を抱えて距離を取る。
「呪いに罹っているせいで、今まで何を食べても味がしなかったから驚いたんだ」
その言葉で、さきほど夢で見た未来の出来事が脳裏によみがえる。
夢の中でベルゼは今よりもさらにやせ細っていき、ついには食事を受け付けなくなっていった。
「そういうこと」
眉尻を下げて視線を落とした。
「でも……どうして急に味がしたんだろう」
ベルゼが食べかけのサンドイッチを掲げながら首を傾げる。
味もしないはずの食べ物をどうして欲しがったのか。ネフェリアも疑問に思いながらベルゼの横顔を眺めた。そうして惨めにサンドイッチを自分で消化して過ごすはずだった時間を思って、心がざわめいた。あんな夢を見たせいだろうか、ベルゼを恨めしく思う。
(そういうところよ)
胸に手を添えて穏やかでない衝動を抑えながら、ネフェリアは気持ちを切り替えて微笑んだ。
「私にもひとつちょうだい」
「いやだ」
ベルゼは駄々っ子のように籠を抱えてネフェリアから遠ざける。
「なんて意地汚い……」
ネフェリアは呆れてベルゼを睨み付けた。
「これを食べると味がするだけじゃなくて、身体の痛みも楽になるんだ」
ベルゼは籠を抱えたまま、ネフェリアの方を向いてベンチの上に片足を乗せた。行儀の悪さに眉を顰めたところ、ベルゼはニヤリと口の端を上げた。
「ご主人様。察するに女神様から、贈り物をもらったでしょ。この国は慈愛と慈雨を司る女神の信仰が厚いから…癒しの力とか? でも今まではそんな力なかったよね。以前作った失敗作を食べさせられたときは味がしなかった。その力は最近もらったもの?」
ベルゼは喜色を浮かべながら、饒舌に推測を並べ立てた。さきほど食事をしていたときと、また違った輝きを見せる瞳は、面白いものを見つけたと言わんばかりだった。随分と察しが良い。高位の魔術師を名乗るだけのことはあった。
ベルゼは流れ者だ。故郷の国では魔術師として重用されて、それなりの地位にいたと聞いたことがある。あるとき、禁忌を犯して呪いに罹り祖国を追われて、この国に逃げてきた。呪いの影響で衰弱して路地裏に倒れていたところをネフェリアが気まぐれに拾い、今に至る。ベルゼはそれをことさら恩義に感じて、どれほど手酷く雑に扱われようとずっとネフェリアに仕えていた。
「ええ」
素直に頷いた。ベルゼ相手に、下手に嘘をつく理由もない。自分では気付かなかったが、ここ数日のあいだに力を宿していたらしい。不思議な夢の中で、女神様が教えてくれた。
「ほかの人には秘密にするつもりよ。ベルゼも他言しないでちょうだい」
「え……」
ネフェリアの言葉にベルゼは信じ難いといった顔をした。
癒しの力が発現した者は例外なくどこの国でも持て囃され、国を挙げて大切にされる。高い地位を与えられ、繁栄と安寧を約束されていた。王の妃として召し上げられることも少なくない。
しかし、あの未来視の中でネフェリアを見捨てた国に尽くす気は持てず、また、面倒を抱える気も今のネフェリアにはなかった。
「どうして」
「裏切らないでね?」
ベルゼの疑問を遮って念を押した。ネフェリアは人差し指を己の口に添える。ベルゼがムッと唇を歪めた。
「裏切るわけがない」
「そう……」
ネフェリアは体を捻って、ベルゼと距離を詰めた。
「でも」
言葉を続けようとしたとき、ベルゼがハッとして背後に視線を向けた。
「ネフェルー」
ネフェリアを呼ぶ高い声が聞こえて、靴音が近付いてきた。
瞬時にしてベルゼの姿が掻き消える。
「あ…!」
声をかける間もない。ネフェリアは虚空を睨み付けた。抱えていた籠も一緒に消えた。抜け目のない下僕である。諦めて声のした方へ体を向ける。
「ここにいたの」
渡り廊下の先から、長い髪を頭の上で結った快活そうな女子生徒が姿を現した。ネフェリアの友人である、ロイナだった。
「セディアス、またあの女と一緒だったわよ? ちゃんと誘ったの?」
ロイナはネフェリアのもとまで歩いてくると、挨拶もそこそこに文句を並べ立てた。
「手作りさえ持っていけば、いちころだって教えたじゃない。庶民のそれと比べるまでもないわ。レオノーラ様もそれで殿下と仲睦まじくなったんだから」
ロイナは学校でもっとも有名かつ、高貴な二人の話を例に挙げた。手作りの料理を介して互いの仲を深めたという、グーヴニル国の第一王子とその婚約者レオノーラの美談は、学校中の関心を集めていた。女子生徒のなかには、レオノーラにあやかって料理をする者たちが続出していた。
「私は、いいの。もう二度と作らないから」
頑ななネフェリアの態度にロイナが首を傾げる。
「何かあったのね? よかったら放課後に話を聞くわ」
そう言ってネフェリアを教室へと促す。もうすぐ午後の授業が始まる。ネフェリアは立ち上がって歩き出してから、一度立ち止まった。ベンチの方を少しだけ振り返る。
「でも来なかったじゃない……うそつき」
つい今しがたベルゼに言いかけた言葉の続きをつなぐ。
だれもいないベンチに向かって、ネフェリアは一人毒づいた。
「なにか言った?」
先を歩くロイナが聞き返す。ネフェリアは首を振って笑いかけた。
「いいえ」
味があってもなくても、食べきるつもりだったベルゼです。




