6・領主の学校偽名と博物館
領主の職業偽名も真名も、領主がヒトであり貴族であるからには持っている。
職業偽名は、たしかマコトとかマナミといったつまらない偽名だし、たいていのヒトは領主と呼んでいるので(物語の都合上、別の領主が出てきた場合は「領主B」ということことになる。メモしておこう)、真名に関しては生涯公にはされないことになっている。
領主のツレ予定である人物の学校偽名を告げられただけで、軍事大臣が背中を向けてげたげた笑っているのを見て、領主は絶対に絶対に絶対に笑うな、と三度も念を押し、下を向いてぼそ、っと言った。
「…………ッテ」
軍事大臣は聞き返したので、領主は開き直った。
「リ、リーゼロッテだ、なにか文句あるかこの野郎」
軍事大臣は、急な用事を思い出した、と言って急いで部屋を出ていった。
もちろん思い切り笑うためである。
人事大臣は、そんなことにはびくともせず、にっこにっこして椅子にすわってうなずいていた。
「リーゼロッテ……まことに、悪役令嬢にはふさわしい偽名です」
「だから、悪役令嬢じゃないって」
「リゼたんとお呼びしてもよろしいでしょうか」
「絶対にだめ」と、領主は執務机の上で手書きの文書を書きながら応対した。
最初に出会ったのはねえ、まいのりてぃ・くらぶへのお誘いからだったんだけどぉ。
(この件に関しては話が長くなるので別の機会に)
ほどなくして戻ってきた軍事大臣に、領主は一枚の紙を手渡した。
『明日より、ニワトリの博物館・館長職の兼務を命じる
昼休みは執務室での昼食を許可する
なお、職業偽名は「カミーユ」とする』
ニワトリの博物館とは、古今東西のニワトリを飼育し、卵とおいしい鶏肉を回収する職場で、農業にも、他領地と比べると力の入れ具合では劣っているとはいえ、農場の仕事としては悪くないものである。
要するに、鶏小屋勤務。
*
それからしばらくの間、軍事大臣は執務室を訪れることがなかったので、心配になった領主は、博物館の館長補佐を呼んで様子を聞いてみた。
「実によく働くかたですな、カミーユ、ぷぷっ、様は」と、館長補佐は言った。
以前は世話係が来ると蹴飛ばしていたニワトリも、おとなしく列を作って食事を待つようになりました。
ただ館長の機嫌をそこねると、いつ食肉にされるかわからないせいで怯えている鶏もいるせいなのか、全体に食が細くなって、どうしたものか。
「あと、博物館の入口に、これをかけたい、と言いまして、なら領主の許可をもらってください、と言っておきました」と、館長補佐は両手を広げたほどの横幅と、片手の肘から指の先までの長さの縦幅がある看板を、領主に見せた。
『ARBEIT MACHT FREI』、働けば自由になる
こんなもん、許可できるか、絶滅収容所ではないぞ、と、領主はその看板を足で踏みつけてふたつに割り、取り急ぎ軍事大臣の館長職兼務を解いた。
「兵士の訓練より楽でしたな、嫌がったら食肉工場に回せばいいんですから」と、再び領主と一緒に昼食をするようになった軍事大臣は、親子丼を食べながら、ではなく、素早く食べ終わってから言った。
「3か月も教練を続けさせていただければ、最前線でも立派に戦えるように仕込めたのですけど」
新帝国の新憲法には、主権在民、戦争放棄と並んで、基本的人権の尊重、というのが明文化されているのだけど、と、領主が言うのに対し、ニワトリに人権などはないのです、と軍事大臣は、2杯めの親子丼を食べながら力強く言った。




