5・領主と謎のツレ予定者
領主の執務室には来客用の椅子と机があり、机の上には花瓶が置かれていて、花瓶の中の花は季節にあわせたものが定期的に替えられていた。
領主が領主になって間もないある日、人事大臣が机に足をぶつけたため、その花瓶が倒れて水がこぼれてしまったので、領主は呼んだ秘書官とともに怒りながら机を拭いて、軍事大臣が入れ直した水に、花を立て直した。
「あのお、前から気になっていたんですけれども、この花ってうちの職員が持ってきてるんじゃないんですよね」と、人事大臣は聞いた。
「そうね、これはわたしのツレが、花屋に指定して持ってきてもらっているものだ」、と、領主は答えたので、「えっ」と、軍事大臣は驚いて聞き返した。
「あんた、ツレなんていたの?」
「いきなり敬語ぬきかよ、それはいることはいるよ」
正確には、ツレというよりツレの予定者だけどな。
「なにしろツレになるためには年齢制限があるし、帝国では同性婚は認められていないから、わたしが成人年齢に達して共和国に移ったら、正式のツレになるということになる。ようするに、ツレというより予定者だ」、と領主は答えた。
「そのものは危険な暗殺者とか工作員である可能性はないのですな」と、軍事大臣は聞き返した。
「どうなんだろう。じゃあいちど会ってみるといいんじゃないの」
軍事大臣は若かったから実際の戦場での戦いには間に合ってないだろうけど、わたしのツレは戦争時にギリギリ士官だったのだな。
つまりあと何年か戦争が続けば高級将校になれるくらいの軍人。
「どうやってそのようなかたとお知り合いになられたのですか」と、人事大臣は聞いた。
「知ってるだろ、戦争前は、わたしは共和国に留学してたんだよ、チチの希望でね」
チチというのは先代領主で、領主候補の何人かぐらいは諸外国を知っておくのもいいだろう、と現領主に言われたてそうしたのだった。
「そこからの話は長くなるんだけど、あいつがわたしの帝国魂になにか感じるところがあったんだろうな。前からのツレ予定者との契約も破棄してくれてね」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよ、それだったら領主は……悪役令嬢?」と、人事大臣は言った。
「おまえ、その手の話にはくわしくないのな。というかちゃんと知らないだろ。わたしは悪役でも令嬢でもないよ。婚約破棄されたほうが悪役令嬢で、わたしは主人公だっつーの」
「あーっ、そうでしたね。ちなみに婚約相手のかたの学校偽名は」
この世界では、本名、つまり真名で呼び合うことはまずない。学校・職場・電網環境など、場所によって違う名が使われ、学校の場合は「学校偽名」となる。
「ルーク。ルーシーとも言うよ」
「は」
気がつくと軍事大臣は、ふたりに背中を向けて、肩をひくひく動かしている。
あきらかに笑っているな、と領主は判断した。
たしかに、そんな名前の人物が出てくるのは、悪役令嬢が存在する世界ぐらいなものだろう。
「そ、そ、それで、領主の留学時代の偽名は」と、軍事大臣は、引きつった顔を半分だけ領主に向けて聞いた。




