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24・領主と沼の水の謎

 領主の主な仕事は、決裁を与えることであり、もっとも重要な仕事、そして領主にのみ権限のある仕事は、次期領主を決めることだった。


 戦争後は制度が変わり、領民の意見を無視できなくはなっているとはいえ、次期領主を領民が拒否することはごくまれにしかない。


 次期領主候補ははおおむね、最初は5人程度で、最終的には2~3人のうちひとりが選ばれることになっている。


 選ばれなかった領主候補は、関連の民間組織・会社の顧問や理事長代理という、ほぼ責任のない仕事を一定期間続けたのち、公的には引退する。


 現領主は、戦争がなかったとしたらもうすこしあとに領主となるべき者、というよりならなかった者のはずだった。


 3人の領主候補の偽名は、賢者のアカネ、愚者のイサオ、そして凡庸なミドリだった。


 幼少のミドリに、オヤであった当時の領主が、ほぼ子犬ぐらいの大きさのヒュドラを与えたのは、なんとなくいちばんうまく育てられそうだったからだったんじゃないかな、と、現領主はばくぜんと記憶している。


 7つの顔につけられた傷は、無遠慮で容赦ない、当時の兵士たちによるもので、ミドリはむしろ、ヨサブローと名づけたヒュドラには、巻きつかれたり噛まれたり、火を吹きかけられたりしたものだった。


 留学の前日、領主はヨサブローをこの沼に放したことをやっと思い出した。


 その当時と比べると、沼の主となったヨサブローは、100倍ぐらいの大きさにまで育っていた。


     *


『しばらく見ないうちにえろぉ小さくなりましたなあ』と、ヨサブローは言った。


 領主はむかむかむかむかしたけど、それはお前が大きくなったんだよ、と言い返した。


 世間のもん、みんな小さくなってるだろ。


 ヨサブローの精神感話は、その場にいた全員に、同じぐらいの大きさで伝わり、お互いの意思疎通をはかることもできる。


 この沼を紫色に変え、瘴気を生んでるのはお前か、と領主は聞いた。


『いや、だんだん紫色になってきたけど、それはぼくのせいじゃないよ、それに瘴気って生ゴミとか産業廃棄物の不当投棄のせいだよ、なんとかしてくれよ、領主』


 話によれば、ヨサブローは沼の水を汚しているのではなく、定期的に炎でゴミを浄化している、いいヒュドラだったらしい。


 しばらく待っててね、とヒュドラは言い、領主とその仲間は、ごおごおという音を聞きながら、近くの森で軍事教練とウナギの折り詰め弁当を作るのに励んだ。


 沼に戻ると、水の色はきれいな紫色ではあるけれども、全体に清浄な空気がただよい、健康的な邪悪さが感じられるようになった。


 しかし、この沼を汚す業者などがいるとは許せないので、後日監視映像機の設置と、自動車にこっそり据えつけられる全地球即位装置を用意させよう、と領主は言った。


『ところでこの水、持ってくとええよ、たぶんヒトにもおいしいと思うんよ』


 視覚的には毒水のようにしか見えなかったので、とりあえず領主はいつものとおり、軍事大臣に、やれ、と目で合図をした。


 軍事大臣が飲食物でお腹をこわしたことは、領主の知る限りではなかったからである。


 こわごわと両手で紫色の水をすくうと、軍事大臣は、ごく、と一口飲み、引き続いて、がばがばー、がばがばー、と飲んだ。


 これはなかなかいい水ですよ、領主、と軍事大臣は言った。


 力がみなぎってくるような気がします。


 体力回復のぽぉしょんも、紫色だったりしますからね、と人事大臣は言った。


 この沼の底から湧き出てくる水は、どうやらウナギやヒュドラを巨大化させるほどの栄養素のようなものを含んでいるのかもしれない、と領主は考えた。


 試料として持ち帰るため、半分の兵士に、用意した水筒の水を捨てさせ、この沼の水を詰めるように、軍事大臣を通して領主は指令を与えた。


     *


 それから数日間、領主は沼の水を通常の水と合わせて飲み続けてみた。


 はじめは濃い紫色のものが、日が経つにつれて薄くなり、何日かあとにはただの水と区別がつかないほど透明になる。


 ためしに、城の調理室にしかない業務用の冷蔵庫に冷蔵保存したものと、執務室の棚に置きっぱなしにしたものとを比較してみたけれど、違いは冷たいか室温か、以外には特になかった。


 そして、産業大臣を連れて人事大臣が執務室にやってきた。


 郷土納税の新製品として、このようなものを試作してみました、と産業大臣は言い、紫色の硝子瓶に入れられた水を領主に見せた。


 製品名としては、以下のものを考えております。


『領主様のおいしい水』


 それは却下ね、と領主は即断した。


 といっても、『ヒュドラ水』ではベタすぎるので、さらにいくつか案のあったうち、以下のように決定した。


『軍事大臣のチカラ水』


 領地内にある護謨会社の研究所では、これはひょっとしたら世界、いや宇宙創生の謎を解明する秘物として、より高度な研究機関にまかせてもいいのでは、という意見も出た。


 でもなんか、軍事研究に使われそうだから保留、と領主は言った。


 小瓶に入ったチカラ水を飲んだら、ヒトが巨大化して戦車放り投げるぐらいになる、とかみたいなのね。

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