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18・領主の留学時代(その5)

 リリスと喧嘩した翌日の放課後、リーゼがまいのりてぃ・くらぶのくらぶ室に行くと、リリスが待っていて、きのうはごめんなさい、と言った。


 悪いのはあなたじゃなくて取り巻きだろ、だいぶ迷惑してるという話はしょっちゅう聞くのだ、とリーゼは言った。


 誰から?


 みんなから。


 仲直りの握手をしてくれ、と言われて、リーゼは手を出し、リリスの手を握った。


 その手はあたたかく、柔らかくてすべすべしていた。


 そして。


 あ、あ、あなた、なんで握手のあと手を手布でふくの、と、リリスは言った。


 だってあんたら、みんなそうしてるやん。


 共和国民同士ではない者と握手したら、こっそり、洗面所とかで。


 それが差別意識にもとづくものかどうかは不明であるけど、まいのりてぃ、つまりあんたらが、握手、などという、感染症をいとわない、勇気ある民であることは確かだろうな。


 リーゼは手布をリリスに渡した。


 大切に持ってろ、帝国民の謝罪とその作法を教えてあげよう、と、リーゼは言い、頭を下げた。


「ゴメンナサイ」


 それは、社会的地位がの者に大してする、敬意の礼じゃないの、とリリスは言った。


 そういうのもあるね、でも謝罪するときにもやるの、一緒にやれよ。


 そしてふたりは、再び頭をぶつけた。


 これ、もっと離れてやらないといけないもんじゃないの。


 そりゃそうだよ、共和国民はぱーそなるすぺーすが狭すぎるんだよ、とリーゼは言った。


 そして、リリスは、リーゼからもらった手布を大切に保存しておいた。


     *


 リーゼ、ってのはこの国の呼び名を真似た偽名だよね、本当の偽名はなんていうの、とルークは聞いた。


 めんどくせーなー、だったら旧帝国の表意文字、まず1000字覚えたら教えてやらないこともないよ、と言ったら、それなりにかかったけれど、ルークは覚えた。


 リーゼが毎日、50字ぐらい新しい漢字を教えて、ルークとリーゼ、それにリーゼの取り巻き何人かもつきあったようである。


 一枚の紙の裏表に、びっしり書かれた文字を10糎ほどの高さに積まれたので、リーゼは教えた。


『緑』


 これは、共和国語で「おれんじ」という意味を持つものだ、発音は「みどり」。


 もちろん嘘である。


 リーゼの本当の偽名は「蜜柑」で、表語文字としては「橙」ではあるけど、どちらも初等教育では習う字ではなかった。


     *


 思ったより早く、リーゼはこの国を離れて帝国に戻らなければならないことになった。


 外交交渉や旧大陸の列強諸国の動きを見て、リーゼのオヤ、つまり領主は、帝国も戦争もしくはそれに近いものに巻き込まれる、と判断したのだった。


 共和国から帝国行きの最後の船が出たのは、暖季も近いある日のことで、船の甲板と桟橋は風が寒く、乗客も見送りの人間も、手袋をして防寒衣の襟を立てて耳を覆っていた。


 次にリリスたちと会えるのはいつになるだろうか、リリスは死なない特殊能力があるんだから、学園都市に爆弾が落ちても平気だろう。


 自分は面倒くさいから、7倍速ぐらいで、再びこの国に戻れるまで領主の館の地下室ですごそうかな、と領主は思った。


 学園都市から港までは大陸の反対側なので、学園のみんなとは駅でお別れをした。


 みんな、というのはみんなで、ルークは学年が変われば高等教育初期学生、リリスは同じく中等教育初期学生で、どちらも進学先は決まっていた。


 ルークは「福」、リリスは「禄」、ルルイエは「寿」と書かれた板を持っていた。


 ルルイエは旧帝国からの移民がオヤなので、共和国民として共和国に残るのである。


 戦争がはじまってからも、ルークとリーゼ改め領主代理は手紙を使って、中立国経由でやりとりをしていた。


 戦争以前は高度な宇宙人のおかげで、電話や電文でのやりとりもできたのだけれども、宇宙人はそのための通信衛星その他、軍事利用に使われそうな技術の使用制限をかけてしまったのだった。

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