6年3組
令和。
ある年の7月。豪雨の日。未明。
群馬の片田舎。双山小学校。呪われた旧校舎。3階の女子トイレ。
雷鳴と共に木霊す少女の悲鳴。
何があったか──。
*
4月。
学年度初日。始業式を終え、6年3組の教室は騒ついていた。
「てかさ、うちらやっと揃ったよね」
楠見芽衣。
このクラスにおける中心人物。
女子上位軍を制し、その核となるグループのリーダー。
「だいたい2:1で離れちゃってたもんね」
三木聖来。
言わば腰巾着のような存在で、芽衣の言うことなら何でも賛成し、常に顔色を窺っている。
「ま、さすがに席は遠いけど」
黒板の表を見ながら芽衣が返す。
内心クラス構成のことで頭を巡らせていた。
上位軍・下位軍の境、男子・女子の横の隔たり……今年はどう乗りこなす?
大人たちの反応を見るに融通の利く上位・女子軍の方が幾分か優勢か。
基本男子はふざけに走るから女の教師は敵視するし、男の教師は言わずもがな女子に嫌われたくない。
ならこのクラスで厄介になりそうなのは誰だ?
地位は下がるがあざと女子代表の三ツ矢果奏の立ち居振る舞いは油断ならない。
女の敵は女。
好意を寄せる松木翔、彼の気が変わってしまっては生きていけない。
さすがに空気を読んで芽衣に睨まれたくない一同は暗黙の了解で彼女に譲っているが、いざとなれば──。
担任が来るまでのわずかな間で既にそれぞれが自分の立ち位置を持ってグループを成していた。
「でも本当よかった、いちいち休み時間になんないと会えないのめんどかったし」
そして、朽木葉菜子。
芽衣とは3年の時にスイミングスクールで知り合い、以降気が合って何でも言い合える仲にあった。
「ていうか6年ってことは……」
芽衣の一言で葉菜子に目を合わす二人。
「いや言うと思った! だから、あたし字が違うから」
笑う葉菜子を肘でつついて、聖来がツッコむ。
「その話題待ってたくせに」
「待ってないから」
「えーでもさ、やっぱ嫌じゃない? 気味悪いじゃん」
葉菜子がホラー好きなのと対照的に芽衣は怖いものが心底苦手だった。
「大丈夫だよ、だって奥の3番目だけ開けなければいいんでしょ?」
「そうだけどさ」
「あー聖来も怖いのダメだから一人でとか絶対ムリ!」
「大げさ! ……あれだっけ、この校舎今年までで来年からは新校舎に移るんだよね?」
同じ敷地内に建つ二つの校舎。
表向きは深刻な老朽化による安全性の懸念を理由としているが、実を言えば立て続く怪現象に懲りてのことだった。
「みたいね、うちらはギリギリこっち。よーかった!」
気怠く嫌味を返す芽衣。
「あの噂って本当なんかね? 何年か前に入った泥棒が目を抉られたってやつ」
葉菜子が囁き声でテンションを上げる。
「やめろって」
うんざりする芽衣。
「え、ああ、じゃあ“魔女”は?」
三池崇子。
古くから勤める変わり者の老婆で、校長の知り合いらしく、忌み嫌われたトイレ掃除のために雇われている。
見た者は不幸になるという言い伝えから魔女と渾名された。
「それもさ、本当にいんのかな?」
「幽霊の見間違えでしょ」
* (ここは読まなくていい。あるいはここだけ読んでもいい)
「そもそも幽霊を信じてるわけ?」
葉菜子が二人に訊く。
「いや信じてないよ?」
「あ、聖来も」
「だったら別に怖くはないんじゃないの?」
「いやいやそれは話が別。幽霊が居なくてもその空間が怖いわけでしょ」
「うーんそうだね。ていうか単純に一人が嫌なのもある」
苦笑する聖来。
「ま、一人は平気だけど」
「それってやっぱり信じてるんじゃなくて?」
「いやあ? 逆に信じてるけど怖くないって人もいるじゃん」
「確かに。芽衣ちゃんのパパがそんなこと言ってなかった? ハナはどうなん?」
「あたしは、半信半疑かな。居ないとは言い切れないし」
「でももちろん怖いでしょ?」
少し勝ち誇る芽衣。
「怖いよ。でも興味もめっちゃある!」
「趣味わる!」
「うるさ……みんな好きでしょ」
「大体“トイレの花子さん”なんて昭和のおばけだよ? そんなの居るわけなくない?」
「あ、でも聖来、Xで見たことあるんだけど……学校のトイレでね、“イエベかブルベか”聞かれても答えちゃいけないんだって!」
「なにそれ?」
鼻で笑う芽衣。葉菜子が続きを促す。
「で、答えるとどうなんの?」
「イエベって答えたら“温かみのある血まみれの状態”で殺されて、ブルベって答えたら“血を抜かれ青みを含んだクールな状態”で殺されるんだって!」
「は? ……てかそれ“トイレの花子さん”なの? イマドキすぎるでしょ、その花子さん。メイクアップアーティストじゃん」
「ああ! だから“トイレの”花子さんってこと?」
「え、どゆこと? うちら全然分かんないってハナ」
「だから、トイレは化粧直しをするところじゃん!」
「……それでなんで殺されなきゃなんないの?」
「え……聖来はどう思う?」
「えっと、すっごく変なメイクをされたから恨んでるんじゃない? 怖すぎる!」
「ああ、そうかもね」
バカかこいつらと思いながら適当な返しで流す芽衣。
*
平田俊輔は頭を垂れた。
思い返す──
「こいつはどういう仕打ちだ?」
平田は渋い顔をした。
「お前、俺が助けなかったらどうなってたか分かるか?」
ごつい手が平田のサングラスを剥ぎ取ろうとし、平田はそれを払い除けた。
石神権三。
双山小学校の校長。
黒光りする額の汗を拭いながら嫌らしい笑みを浮かべる。
「また見事に問題児を寄せ集めたな」
「とにかくもう決まってる。6年3組はお前が治めろ。でなきゃバラす。以上だ、消えろ」
*
「え、見て見て! あれって津田でしょ?」
気づいた聖来が呼びかける。
「え、珍しっ」
驚く葉菜子。
「どうせ今日だけじゃない?」
津田喜一。
数年前からの不登校児。
気にも留めなかった芽衣だが、どこか不気味な気配が拭えない。
なぜ来るように?
確か大きな揉め事もあった気が……。
「それよか転校生が来るって話じゃん!」
「あ、ね! どんな子だろ? 女の子だっけ」
妙に嬉しそうな聖来。
「あ〜転校生ねー。変な子じゃなきゃいいけど。なんか突っかかってくるようなさ」
「そしたら無視しちゃえばいいよ! 聖来は芽衣ちゃんの味方だし! ハナもだよね?」
「ああ、うーん変な子ならね」
「ま、嫌でも言うこと利かすけど」
「怖っ!」
無邪気に笑う聖来に葉菜子は少し傾げて笑い、その葉菜子の仕草を芽衣は見逃さなかった。
そうして、一週遅れでやってくる彼女の存在により、それぞれの歯車は一気に加速するのだった。