第三話
「はい、もう一度やり直し!
いらっしゃいませ!」
「い、い、い、いら…いら…だああ!
言えるかそんなもん!!」
{腰から礼
顔は正面
接客用の笑顔を付けて挨拶}
6年半、何百回、何千回となくやってきた
接客の基本姿勢を
お手本としてゴナに見せるも……
毎度毎度この調子でお話にならない
「…ふぅ…
もちろん私も臨機応変で
毎回こんな丁寧に
お辞儀つきの挨拶は出来ないけど
基本を身に着けておけば
仕草も姿勢も違ってくるし
せめて、接客用の笑顔でいらっしゃい!
ぐらいは言えるようにならないと」
「今まで通りでいいじゃねーか
変える必要なんか…」
「あるから言ってんでしょー!!
はい、もう一度!!」
「…いら…いら…ぐあああ!」
まだ朝靄が掛かり肌寒い朝
開店前にゴナの店で
接客の練習をするのが日課になりつつある
やる気もなく
話も聞く気のなかった前に比べたら
だいぶ良くなった方だと……思う
何故こんな事を始めたかというと……
話は1週間前のあの夜に遡る
「ほれ、着いたぞ
一階が店で二階が家になってんだ」
「…………はひ…あぎがどうございまぶ…」
(うう…泣きすぎて言葉がうまく言えない…
それにしても………
可愛いオシャレなお店ね…)
ゴナに降ろされ目の前の建物を見上げる
雨風しのげるぐらいだと聞いていたから
勝手に今にも崩れ落ちそうな
あばら家みたいな建物を想像していたが
想像より遥かに素敵なお店だ
シンプルな赤茶色のレンガの外壁に
木の扉がとても映えていて
扉の脇に置いてある小さな看板には
暗くてよく見えないが
おそらくドント商会と書いてあるのだろう
二階へ続く外階段も
鉄板製の階段に
アンティーク調の手すりが付いていて
お店の雰囲気に合っていてとても素敵だ
何かの映画で見た
魔法使いが住むパン屋の外観に似ている
(うーん……
全然汚くなんてない…じゃない?
私が気を使わないように…
あえて言ってくれたのかな)
助けてくれた時から
ゴナは良い人過ぎるほど良い人だ
まだ出会って数時間ほどだけど
彼の言動を思い返すに
その可能性は充分考えられる
(ふふ…あばら家を勝手に想像しちゃって
悪かったな)
「ここが家だ
ほれ、入った入った」
「はひ…おじゃばしば…ふ…!?」
2階の家の中に案内されて
ようやくゴナの言った
『汚い』の意味を理解した
男一人暮らしの汚さ…なんてものではなく
ゴミ屋敷…という言葉がよく似合いそう…
悪臭はないところをみると
ゴミではない物が溢れている…と
いったところなんだろう
「突っ立ってねーで
そこら辺に座って
ちょっと待ってな」
ゴナに促されるまま椅子らしきものに腰掛け
明かりが付いた部屋をもう一度見渡す
間取りとしてはおそらく2LDKで
どの部屋も物が溢れ扉が閉まらない様子
(は~……やっぱりすごい部屋
例えるなら腐海の森って感じかしら…)
キョロキョロ見渡しながら
自分のアパートを思い出す
卒業と同時に家を飛び出したため
お金がなく
必要最低限な物しか揃えられなかった
殺風景過ぎる部屋で
帰って寝るだけの生活…
(生活感がありすぎる…のかもしれないけど
アパートよりは居心地良い…かな)
「おい、ちょっと机の上開けてくれ
乗ってるもんは
床に落としてくれていいからよ」
「あ、はひ!」
(床にったって……んと…
あ、あそこに置けそう)
机の上のものを置けそうな場所を見つけ
言われた通りに机としての場所を半分確保する
「身体冷えたろ?
俺の特製スープだ
芯からあったまるぞ~」
湯気の立つ温かそうなスープからは
少しスパイシーな香りも立ち
とても食欲をそそる
<グーーーー…>
ここのところまともなご飯を
食べれていなかったため
すぐに身体が反応しお腹が鳴る
「ご、ごべんなざい」
(は、恥ずかしい…)
「ハハッ!気にすんな!
ほれ、早く食え冷めるぞっ」
「い、いただぎまぶ…
ん!?お、おいじい!!」
「ふふんっ!だろ?
俺の特製スープだからな!
それ食ったら元気になれっぞ!」
一口食べると
スープの温かさが優しく身体に広がり
それと同時にスープの美味しさに驚く
次から次へと口に運びたくなり
あっという間に平らげてしまった
「は~!ご馳走さまでした」
(あれ?言葉がちゃんと話せる…
身体があったまったせい?)
「いい食いっぷりだったな
どうだ?元気になったろ?」
「はい、とても美味しかったです
身体もあったまりました」
「よし…輝きも戻ってきたな」
「…え?」
「あ、いや、そりゃ良かった
さて、そろそろ寝るか
お前はそこの部屋のベッド使ってくれ」
身体を伸ばし眠そうな様子で立ち上がると
手をひらひらさせながら奥の部屋へ去っていく
「あ……おやすみ…なさい」
その後ろ姿へ声を掛けて
言われた部屋へ行こうとすると
「あ、忘れてた
これ使えよ
姉貴のだけどラーヤなら着れるだろ
じゃあな、おやすみ
……ゆっくり寝ろよ」
「……あ、ありがとうございます
おやすみなさい」
渡されたものを
言われた部屋で広げてみると
厚手で裏起毛仕様の
新茶のような緑のワンピースだった
早速着替えてベッドに入ると
すぐに眠気が襲ってきて……
そのまま眠りに落ちた