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第二話

「おいっ!!おいっアンタ!!」


両方の頬に走る痛みで目が覚める


(声…?私…死ね…なかったのね)


ゆっくりと目を開けると目の前に

熊みたいな大きい男の人が

心配そうな顔をしている


「気がついたかっ!?

 大丈夫かアンタ!!」


「すいま…せん

 だい…じょ…ぐぅ…!」


言葉を発すると同時に気持ち悪さが襲う


川に落ちた際

水をたくさん飲んだらしく

吐いても吐いても止まらない


「大丈夫か?

 我慢するな

 吐くだけ吐いちまえ」


背中をさすってくれる大きく温かい手と

心配そうな低い声が…

なんだかとても…気持ち良い


しばらくすると

吐き気も治まり少し楽になってきた


「ハァ…ハァ…ごめ…んなさい

 もう大丈夫…です」


「は~~…良かった

 アンタを川で見つけた時は

 もうダメかと思ったぜ」


よほど焦って…

そして…心配してくれたのか

男の人は片手を顔に当てながら

力が抜けたかのようにドスンッと座り込む


「あの……助けてくださって……すいません…

 …後日改めて御礼させてください…

 …お名前…教えてもらっても良いですか?」


…助けてもらったことが

ありがたいと思えない自分が情けなく

男の人の顔を見ることが出来ない


明日からの事を考えると

絶望感で身体が震えて…


早く立ち去りたいのに

うまく立ち上がることさえ出来ない


「すいません…か

 アンタ…もしかして…」


「…え?」


「ま、いいや

 俺の名前はサヤラ·ゴナ

 ジャン・リー通りのドント商会のゴナって

 言ったほうが分かりいいか」


「…ジャン・リー…通り

 ドント商会……??」


その通りとお店の名前には聞き覚えがある


まだお客様と接する仕事が出来ていた頃

若いお客様達が嬉々として

話してくれた乙女ゲーム

『get one's smile back』の中で

確かそんな名前の通りとお店があった


どちらかというと

ゲームやTVより本が好きで

好きな本は

徹夜で読んでしまうほど本の虫


まして、乙女ゲームなんて

全く興味もないジャンルだったのに


幾度となく話を聞かされてるうちに

やってみようかと思い始めて

人生で始めて買ったゲーム


その後すぐ色々あって…

結局一度もプレイしていない


(……つまり、コレは…

 異世界転生したとかいう話?)


ぐるっと周りを見渡してみると街の様子が違う


洋風な街灯、建物が立ち並んでいるのに

日本のようにゴチャゴチャひしめき合っていない


のどかな海外風景とはこんな感じだろうって

行ったことがなくても分かる


そして…何よりも空気が違う

澄んだ空気という表現が合っていると思う


「……ところでアンタ、名前は?」


「あ、失礼しました

 私の名前は………」


言いかけてハッとする


(名前……

 日本名ってわけにいかないわよね)


以前お客様から勧められて読んだ

異世界転生ラノベ


現実の世界でとある事故をキッカケに

主人公が大好きでやり込んでいた

乙女ゲームの世界へ異世界転生する


紆余曲折ありながらも…

逞しく生きて攻略対象の男性と恋に落ち

最後は幸せになる…話


ただ、ゲームの中の令嬢として

主人公は転生し

家柄もしっかりしていて

名前も、もちろん決まっていた


身一つで

異世界転生しただけの自分とは

あまりに境遇が違いすぎる


神様の気まぐれか

自らの命を絶とうとしたペナルティなのか


どちらにしても何も情報が…ない


(………どうしよう…)


地面とにらめっこしたまま必死に考えるも

いい名前が浮かばない


「……ラーヤ、ラーヤでどうだ?

 俺の死んだ婆さんの愛称だが

 『アンタ』よりマシだろう

 さて、帰るとこがないならうちに来な

 汚いとこだが雨風はしのげるぜ」


ふわっとマントを掛けられたかと思ったら

身体が宙に浮き

荷物を担ぐかのように担がれる


「ええええええっ!あの!歩けます!

 ってそうじゃなくて!お家にって!」


ジタバタしてみるも

無駄な抵抗だとすぐに分かった


160cmの私を

軽々担いでるところをみると

かなり鍛えてる人なんだろう


地面までの距離も遠く

ゆうに190cmほどはありそうだ


「あ?ああ、安心しな

 小娘に手を出すほど

 落ちぶれちゃいないし

 不自由もしてねーよ」


大きく口を開けてニカッと

いたずらっ子みたいに笑う口元からは

八重歯がのぞく


「……久しぶり…かも」


「あ?なんか言ったか?」


「あ、いえ、なんでもありません」


誰かの笑顔なんて

まして自分に向けられる

屈託ない笑顔なんて

久しぶり過ぎて

思わず口をついてでてしまった


親や姉弟とは不仲で

高校を卒業と同時に家を出て

今の仕事に就いた


お客様や仲間で話す時間が

とても楽しくて寂しさなんて

感じたこともなかった


ただただ、笑い合っていた頃が

ふいに走馬灯のように頭を駆け巡り…

枯れ果てていたはずの涙が溢れ出す


「……ふっ…んく…ふぅぅ…ぅぅぅ…」


声を押し殺して泣こうとすればする程

意志とは裏腹に口元から漏れていく


「………よいっしょっと!

 ほれ、泣きたいだけ泣け

 こんな深夜に俺以外は聞いちゃいねーよ」


荷物を担いでいた形から

小さな子を抱っこするような形に

抱き直され頭をポンポン撫でられる


「…す…すび…ばせん…

 わ…私…私…」


「はいはい、何も言わなくていいから

 とりあえず、泣いとけ?」


「……っ…っ…うあああああああ!」


「…………頑張ったな」


耳元に甘やすような低い声が響き

身体をすっぽり包む力強い腕に

更に強く抱き締められる


初めて会った人なのに

なぜか妙に安心して…


何年かぶりに声を上げて泣いたーーーーー

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