七つのふしぎが過ごす夜
「ベートーベンさんいるー?」
「いますよここに。最近どうです?花子さん」
ここは夜の学校の音楽室。
そこで花子さんとベートーベンが会話している。
「もー聞いてよ!小中一貫校に変わってからさあ!」
「変わりましたね。今年から」
「中学生がトイレで動画撮るのよ!」
「あー確かに今は中学生からスマホOKですね」
「人間の法でいう肖像権の侵害よ!」
花子さんの我慢は限界を迎えていた。
「人間でいう頑張りすぎというやつですな」
花子さんを真似てベートーベンは優しく答えた。
「頑張りすぎ?」
「ワタシたちは子どもを恟然させるためにいます」
「ええ。驚き怖がらせるのが妖怪の本位でしょ?」
「なら返事をしてそれっきりで、十分ですよ」
「そっか。怖がってくれればいいのよね」
花子さんはベートーベンの案に納得して反芻する。
「はい。ワタシもピアノを弾くだけですよ」
「音楽室でピアノ弾いても音漏れるのかな?」
「防音と遮音と吸音がごっちゃになってますな」
ベートーベンは花子さんの問いかけに言葉を返す。
「要はコンサートホールや収録スタジオと同じです」
ベートーベンの最中、音楽室の扉が自動的に開く。
☆ ☆ ☆
「いたいた。そろそろ会合なんで呼びに来ました」
「あら魔の13階段さん。こんばんは」
「こんばんは。花子さん、ベートーベンさん」
和気あいあいと挨拶を交わす。
「いい夜ですな。場所はどこでしたかな?」
「今日は保健室って聞いてます」
「ならいこっか。今日はいい夜だし」
静かに扉が開く保健室に入ると水栓が流れた。
「こんばんは。いい夜ですな」
「こんばんはプールの怪さん。そっちは最近どう?」
「プール自体廃止の動きがありますね」
「え?泳ぎは?」
花子さんは頭に浮かんだことをプールの怪に聞く。
「スイミングスクールで」
プールの怪との会話で花子さんはがっかりした。
「まあプールの老朽化もありますから」
「あとは炎天下のコンクリートは危険ですし」
花子さんが持つベートーベンとプールの怪が話す。
「白は熱を反射するからな」
「人体模型さん!今は保健室だっけ?」
「おう。保健室の隅で布をかぶせられてるぜ」
シーツをポンチョ風に着た人体模型が話に加わる。
「炎天下のコンクリートは暑いからなあ」
「そうですね。紫外線や赤外線も反射しますし」
「白内障になっちまうな」
保健室にいるからか人体模型は医学知識が増えた。
「防火用水としても今は消防車が進化したし」
「おかげで夏場は流れるプールや海に出稼ぎさ」
「みんな苦労してるのね……」
花子さんが言葉をこぼす。
「時代は変化してきてますからな」
「昔は夜は暗かったのが今は明るいし」
「オレたちの役割は昔も今も一緒だぜ?」
花子さんの胸に三者三様の言葉が響く。
「ありがとうみんな」
「して今回のお題は?」
花子さんがお礼を言ったあとベートーベンが問う。
「まあだいたい片づいたし」
魔の13階段がベートーベンに答えた。
☆ ★ ☆
「なんだよもう終わりかよ」
人体模型が口を開く。
「まだなにかありますかな?」
「議論を深めようぜ!怖がらせるのにどうするとか」
人体模型が意気を込めてベートーベンに告げる。
「面白い話をしているな。参加しても?」
保健室の机の中から声がする。
「良いぜ。姿見せて参加しな」
謎の声に人体模型が答えた。
「ありがたい。ならお言葉に甘えて」
机の引き出しがガタガタと震えて開き始める。
中にあった鬼のお面が宙に浮く。
鬼のお面の目が光ると首から下があらわれた。
「なんだだれかと思えば。節分ぶりか?」
空気が張り詰めていく中、人体模型が気軽に言う。
「そうだな。節分以来かな」
ギロリと鬼は人体模型を見て答える。
「……意見って?」
警戒した様子で花子さんは鬼に質問する。
「ようは子どもを怖がらせればいいのだろう?」
「だからそれで悩んでるんですよ」
鬼の言葉に魔の13階段が答えた。
「簡単なことだよ。頭を使いたまえ」
鬼は一笑し頭を人差し指でつついて話を続ける。
「今の時代は鬼とも仲良くしましょうだからね」
鬼は少し遠い目をして過去に思いをはせた。
「昔は鬼ごっことかあったもんね」
「鬼成敗の童話もありましたね」
「それだけ身近だったんだろ?鬼が」
花子さんと魔の13階段と人体模型が小声で話す。
「それはある意味いじめにもつながりますな」
「だからこそ鬼と仲良くといわれているのだよ」
ベートーベンが話したところで鬼が口を開いた。
「節分では福は内鬼もうちとも言われている」
鬼が口を開くたび、空気がピリピリしだす。
「だから俺が家に行く。それですむ。すべてな」
それだけ言うと鬼はまた鬼のお面に戻る。
ガタガタと震える引き出しの中へ帰っていった。
★ ☆ ★
鬼が帰るとピリピリ感も消え、全員が一息つく。
「これでよかったのですかな?」
ベートーベンはみんなに確認をとる。
「うーんどうだろう」
「節分で鬼はうちかあ」
魔の13階段とプールの怪は言葉を濁す。
「節分で鬼は招くでしょ?絵本で見たことあるわ」
花子さんが魔の13階段とプールの怪に告げる。
「そもそも節分とはなんでしょうか?」
ベートーベンが身をのりだして尋ねた。
「豆まきですね」
簡潔に魔の13階段が説明する。
「本来は鬼がまとう邪気を払う神事になります」
その説明をプールの怪が補足する。
「そうなの?」
「魔を滅する豆で家内安全を願う伝統行事です」
「それならなんの目的で鬼を家に招きいれますか?」
驚く花子さんとさらに問うベートーベン。
「いじめになるから招き入れるんだろな」
魔の13階段が簡単に話す。
それを聞いてベートーベンは悩み始める。
「人間と仲良くしようとして泣く鬼の童話もあるし」
花子さんは空気を変えようと明るく話しかけた。
「そうだね、良い鬼も悪い鬼もいるってことだね」
「問題はあの鬼がどっちの鬼かですかな」
「えーとつまりこのままいくとどうなるの?」
花子さんは話の重大さをようやく理解した。
震える声でみんなに問いかける。
「まずは家庭内暴力や虐待がでてくるね」
魔の13海岸が口火を切った。
「次は上京してそれっきりとか」
プールの怪が続く。
「あとは結婚だけする仮面夫婦とかありえますな」
ベートーベンがそれぞれ花子さに答えた。
「え?それだと子どもの数減る?」
「減りますな」
「それだとこの学校廃校になっちゃう?」
花子さんはおろおろしはじめる。
「もう賽は投げられたんだ」
どんと構えて人体模型は花子さんに話す。
「鬼が出るか蛇が出るかってね」
「あとは結果を御覧じろ、かな」
人体模型の言葉にプールの怪が続く。
「学校が廃校になったら私たちどうするのよ!」
花子さんの悲痛な叫びがこだまする。
★ ★ ★
「ねえ知ってる?新しい七不思議?」
「知ってる~保健室で響く悲痛な叫びでしょ?」
「大方手当てした子が騒いだだけだったりして」
学生たちは新たな七不思議の話をしている。
今日も昼の学校は平和な時間が流れていく。