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宰相補佐ヘルマンの妙案

作者: 三千年

最近流行りの迷惑な恋に、こんな解決方法があっても面白いんじゃない?


過去作への感想ありがとうございます!

励みになります、というか励みになりすぎてまた書いちゃいました!

でもこういう話って、ジャンル分けめっちゃ悩むんだよね…(・_・;)

「許可してしまえばよろしいのでは?」


 水面へ投じられた一石(いっせき)──というにはデカすぎる発言に、飛沫を浴びた周囲が驚愕をあらわにしたのも仕方ないと言える。


「ヘ、ヘルマン…、そなた何を申しておるのだ!」

「何と申されましても、殿下と男爵令嬢の婚約騒動に対する解決策のつもりですが…」


 場所は城の会議室。普段から国政に深く関わっている面々が集まり、まさにヘルマンが口にした議題について侃々諤々の意見を交わす、その真っ只中だった。


 王子様との身分差の恋──と言えば聞こえはいいが、要するに身分や情勢や関係性(パワーバランス)を小指の先ほども考えない、迷惑極まりない騒動でしかない。

 そのうえ、婚約者として一点の瑕疵もない侯爵令嬢を衆目の面前で口汚く罵った末の婚約破棄まで申し渡すという、王族にあるまじきとんでもない醜聞(スキャンダル)まで。


 平民の間で流行っている小説の中に似たような夢物語があるらしいが、なんの冗談かそれが現実に起きてしまったため、さっさと事態の鎮静をはかるべく優秀な頭脳を悩ませていたわけだが、しかしそう簡単に名案など浮かぶはずもなく。


 重鎮達が揃いも揃ってどうしたものかと頭を抱え、すっかり停滞していた会議に投じられた石、というか岩。

 一斉に視線を向けられた若き宰相補佐ヘルマンは、慌てて弁明した。


「考えなしの適当な発言ではありません!

 ほら、よく言うではありませんか!

 恋は障害が大きいほど燃え上がる、と!」


 だからこそ、迅速な鎮火を促すために障害を取り除けばいい、と。




   ◆◇◆◇◆◇




「…ああ、その話か。別によいぞ」

「ッえ? …い、いいのですか父上!?」


 ある日の昼下がり。腕に小娘をぶら下げた王子が、事前のアポイントもなく王の執務室へと飛び込んでまくし立てた内容に、あっさりと許可を出してやれば、なにを言われたのか理解できないような顔で驚く王子。


「よいと申しただろう。…ただし、条件はあるがな」

「じょ、条件…!」


 身分差の恋に障害は付き物。それが王子との結婚ともなればなおさら。

 いったいどれほどの難問を出されることか…、ゴクリと喉を鳴らす王子と小娘は、いざ王から聞かされた条件にぽかんと口を開けた。


「王族へ名を連ねるにふさわしい教育を受ける、だけ、ですか?」

「ああ、教育が終われば結婚を許そう。簡単であろう?」


 そんなわけない。王族になるための教育が簡単であるはずがない。

 しかし、身分差という絶望的な(へだ)たりが取り除かれた今、ものすごくハードルが下がったため、そういう意味なら確かに簡単だと言える。

 教育など本人の努力次第でどうにかなるのだから。


「王子の妃となるための教育は、たとえ相手が公爵家や侯爵家の令嬢であろうとも必ず受けるもの。それをその娘にも受けてもらうだけ。…どうだ?」


「う、受けますっ! 殿下のお嫁さんになるためなら、私がんばるっ!」

「エリーナ…! 父上、エリーナへの教育をお願いします!」


「ふむ。では手配しておこう。せいぜい励め」




   ◆◇◆◇◆◇




 正直なところ、かなり疑っていた。

 果たして本当にこんな作戦が上手くいくのか、と。


「いや、あっぱれよ」

「は、まことに…」

「まさかここまで上手く事が運ぶとは」

「私も驚いております…」

「宰相よ、そなたの補佐は実に有能である」

「恐縮にございます…」


 なにもかもが、あの日ヘルマンの言った通りだった。


『周囲が否定して、引き離そうと躍起になればなるほど、2人はムキになります。

 ただでさえ厄介な恋に、意地まで加わるんですから手に負えません』


『なので、いっそ認めてしまいましょう。

 それはもう拍子抜けするほどに、アッサリと!』


『きっと2人は喜ぶでしょうね~!

 …同時に「あ、こんなもんなの?」とも感じるでしょう。それが狙いです。

 あっさり認めることで、恋心が必要以上に燃え上がることを防ぐのです』


『あとついでに、小娘の化けの皮でも剥がしておきましょうか。

 ほら、恋は盲目とも言います。今の殿下には小娘の正しい姿が見えていません』


『条件を設けましょう。1つで構いません。むしろ1つがいい。

 コレをするだけで結婚できますよ~、アナタの努力次第ですよ~、と』


『そうですねぇ…、普通に王子妃教育を受けさせるだけで十分かと思います』


『男爵令嬢にとっては厳しいでしょうが、それこそ努力次第でどうにかなります。

 また、殿下には拍子抜けするほど簡単な条件に見えることでしょう。

 殿下の正式な婚約者であるティアーナ様が、3ヵ月で終えた内容なのですから』


『しかし王子妃教育を3ヵ月で終えたのは、ティアーナ様が侯爵家のご令嬢であるからに他なりません。高い身分に見合った英才教育という下地があればこそ』


『では、男爵程度の下地しか持たない令嬢は?

 真面目な努力家であれば、まぁ…1年もあれば最低限は修められるかと。

 多少要領が悪くとも、真剣に取り組めば2年も掛かりません。

 …しかしあの小娘じゃあ、何年経っても教育は終わらないでしょうね』


『調べた限り、彼女は今まで甘やかされて育ったようですし。そこそこ可愛いのでちょっと困ったそぶりを見せてやれば、すぐ誰かが助けてくれる、そんな環境にいたあの小娘は、自覚がないようですがかなりの努力嫌いですよ』


『教育などすぐ嫌気が差すことでしょう。苦痛を感じて逃げたくなる。

 そのために彼女はどうするか。…今までと同様に泣きつくでしょう』


『しかし、…ふふ。泣きつく相手は殿下ですよ? というか殿下しかおりません。

 王族に生まれ王族としてお育ちになられた殿下へ泣きつくのです』


『簡単であるにも関わらずまったく終わらない教育に、しかし大げさなほど苦しみ涙する彼女の姿を見たとき…殿下はどう感じるのでしょう?』


『いつまで可哀相だと思えるのでしょう?

 泣くだけで進歩のない小娘を、いつまで愛らしく思えるでしょうか?』


『燃え上がることのない恋は、いつまで続くのでしょう?』


 結果として、王子と小娘の関係は半年で終わった。


 …いや、本当は4ヵ月を過ぎる頃には終わりつつあったのだが、小娘が王子に縋り付き泣き落としてズルズルと時間稼ぎしていた、と言った方が正しい。


 事実、教育のために小娘を城へ迎え入れた当初こそ、我が世の春と言わんばかりの幸せそうな顔をしていた2人の表情が曇るのに、あまり時間は掛からなかった。


 1ヵ月も経つ頃には、小娘の教育の進捗を聞く王子の言動に少し苛立ちが混じるようになり、しかしそれでもまだ顔を合わせれば愛しさが勝つようで、先生が厳しいだの勉強が難しいだのと泣き言を漏らす彼女を王子が懸命に慰めている姿が見られた。


 だが3ヵ月も過ぎると、いよいよ愛が冷めつつある様子が周囲からも見て取れるほどになっていき、それまで日に1度はあった逢瀬の時間も3日に1度、6日に1度と延びて、ついには多忙を理由に断るようにすらなった。


 それと同時に、王子の思考に変化が見られるようになったのは嬉しい誤算だった、と後に宰相は語る。


『なぁ、宰相よ。私の妃となるための教育とは、そう厳しいものなのか?』

『侯爵家と男爵家とでは、受けてきた教育が違うことは分かっている』

『しかし、ティアーナが3日で終えた基礎を、エリーナは未だ終えていない』

『基礎だけで3日と3ヵ月。これほどまでの差が出るものか? 本当に?』


 王子としての公務の合間に、ちょくちょく顔を合わせる宰相へ投げかけられた疑問の数々は、王子が恋という分厚いベールに隠されていた現実に目を向けはじめていることを示していた。


『宰相よ、もしかして。もしかしてなのだがエリーナは…いや、なんでもない』

『…今日もエリーナは愚痴ばかりだった。己の努力不足だろうに』

『……本当にエリーナを王子(わたし)の妃にしていいのだろうか』


 いくら愛しい恋人相手といえど、毎日の逢瀬で愚痴ばかり吐かれては愛情も擦り減るというもの。そのうえ愚痴の内容はといえば、恋人自身の努力不足の結果に他ならない。


 中途半端に熱を持った恋は、日々突きつけられる現実によって順調に冷めてゆく。4ヵ月も経つ頃には、もはや燃えカスだけがくすぶっているばかり。


 そこへとどめを刺したのが、誰あろう発案者ヘルマンその人だった。


『殿下、エリーナ嬢を医師に見せましょう…?』


 いかにも気づかわしいという態度で、善意からの申し出を装った言葉は、恋の夢から覚めつつあった王子の頬をブッ叩いた。


 王子妃になるための教育とはいえ、未だ基礎でしかない部分にこれほど時間を掛け、そのうえ毎日のように難しいだの辛いだのと愚痴を吐き、幼児のごとく簡単に涙を流して見せる…そんな小娘に対する第三者からの率直な印象が「病気を疑うほど」であることを、王子は思い知ってしまったのだ。


 ぶ厚い(ピンク)のフィルター越しだと可愛く見えていた彼女は、正気の者から見ると、脳に病気でも抱えてなきゃ説明が付かないほどヤバいバカだった──という真実の衝撃たるやすさまじく、ほんのわずかに残っていたしぶとい恋心が、キレイさっぱり吹っ飛んでしまうほど。


『──今までご迷惑をお掛けしました、申し訳ございません』


 いっそ空虚に見えるほど晴れやかな表情の王子が、再び国王の執務室を訪れたのがつい先ほどの出来事。


 ヘルマン発案の解決策を実行してから、実に半年と3日目のことだった。


──勝った…!


王子が去った後の執務室で、国王と宰相はなりふり構わず拳を天へと突き上げた。

【後日談的な小話】


「えっ、ほ、褒美ですか? なんのでしょう?

 …ああ、殿下とあの小娘が無事に破局したんですね、おめでとうございます」


「はぁ、ええっと、それで発案者である僕、いや私へ褒美をと陛下が?

 そそそそんな、おそれおおい! ちょっと口出ししただけじゃありませんか!」


「えぇ、まぁ確かに、あのまま2人の恋が成就してしまえば、国が荒れる…までは行かないでしょうが、間違いなく王族のご家庭内が騒がしくはなりますね。

 ですが逆に言えばその程度のこと。だって殿下、第三王子ですし。

 ゆえに私の貢献など大したことでは…」


「ちょっ、そんな強引な! 本当にいりませんってば宰相閣下!

 私は今の立場で満足しておりますし、閣下の補佐にやりがいも感じております!

 お給料だって十分に頂いて、宰相補佐の職務の格に見合う屋敷まで世話していただいたではありませんか!

 これ以上なにを望めとおっしゃるんですかっ!」


「…え? 婚約? いきなり何を…いえ、しておりませんが。

 えぇ、ご縁がないようで、未だどなたとも。それとこれと何の関係が…?」


「は? えっ? ユリアーナ様? ええっと、閣下のご息女ですよね?

 えぇ、もちろん存じておりますとも」


「話が読めません…、ユリアーナ様が一体なんだと…、え? はぁ、とてもお美しいと思います。えぇ、ですがそれ以上に聡明でいらっしゃるうえに、努力家でもあると存じております。慈善活動にも熱心で、心優しいお方ですよね」


「…………い、今、なんと」


「こ、エッ、こっ婚約!? なん、えっ、私とユリアーナ様が!?

 ちょちょ、ちょっとお待ちください閣下! 婚約話どっから来たんです!?」


「はぁ、褒美? えっ、褒美として婚約!? いやまぁ、そりゃ光栄ですけど!

 ご冗談でなく? 本気で閣下のお嬢様を私の婚約者に? …むっ婿入りィ!?」


「ぉお畏れ多いです! そんなっ、わ、私ごときが歴代最も多く宰相を輩出している名門ブライト家へ婿入りだなんて…!」


「嫌ではありません!! 誓って!! ユリアーナ様を嫌っているわけでは!!

 ただただ畏れ多いんですお察しください宰相閣下…!

 ご存じでしょう、私はド田舎の貧乏男爵家の三男ですよ。

 ユリアーナ様と釣り合いませんってば」


「だっ、第一! 褒美として婚約だなんて、ユリアーナ様をまるで物のように!

 ユリアーナ様のお気持ちはどう…、は、え、ユリアーナ様はノリ気?

 前向きな返事を期待していると、そん…、えぇ…? ほっ本当ですか?」


「え、顔がニヤけて…? いやまぁ、だって、ユリアーナ様は憧れの方ですし。

 とはいえ、宰相閣下の手中の珠であり、名門ブライト家唯一の息女、ご本人も才色兼備でありながら謙虚で心優しく、努力を惜しまぬお人柄…。

 手の届かぬ夜空の星と思って、望むことすら考えもしなかった方から、婿入りの返事を期待されているなどと聞かされたら…そりゃあニヤけもしますよ」


「…………ほ、本当に。冗談ではなく。嘘偽りなく。

 問題解決の褒美として私の婿入りを、閣下もユリアーナ様も望まれている?」


「……ッ、こ、光栄です。ぜひ、その褒美を受け取らせていただきたく!」


~Happy End(^∀^)~

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど。「百年の恋も冷める」ですな! [一言] 「逆転の発想」ってのは、なんでも気持ちの良いものですな!
[良い点] 素晴らしい! 確かに恋は障害があるほど燃えるはず。周りから何を言われるより、落ち着いたところで現実を目にするのが何よりですね。まさかのご褒美に浮かれる補佐におめでとうと言いたい。 [一言]…
[一言] 第二なら王太子のスペア的な意味で妃の教育も大変だろうけど、予備ですらない第三王子の妃の教育が終わらない。これはやる気が無いと言われても仕方ない。 腐っても王族に仲間入りしようって言うなら公爵…
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