シシャの行進 その5
「……は?」
「うん、気持ちはわかる。むしろ僕も本部から言われた時は『はぁ?』ってなったからね。
だけどねぇ、もう決まりなんだって……閉店」
「はぁぁぁ?」
僕もびっくりしたんだよぉって言う割に、なんだか落ち着いてるように見える店長。
そんな店長とは正反対にポカンとしかできないわたしを含めた店員達。
「な、なんでそんな急に……」
動揺しまくりの後輩の女の子が、店長に詰め寄る。
「いやさ、ほらさ? 最近この店変だったじゃん?
本部の方にも色々寄せられててさ?」
詰め寄られた店長が視線を右へ左へと彷徨わせながら、曖昧な事を口にする。
「へ、変て……?! 何をそんなっ?!
クレームになるようなことなんて……!?」
目を白黒させた後輩の子が、さらに店長に詰め寄る。
それにしても、クレーム…クレームねぇ。
確かに雰囲気はギスギスしてたけど、閉店の話が出る前に本部から何らかのテコ入れが入るのが普通じゃないのかなぁ?
何で急に……。
と、悩んでいたら、思わぬ店長の言葉に唖然とし……納得してしまった。
「なんかね……。この店幽霊が出るんだって。しかもたくさん……」
「はぁ?! そんなアヤフヤないるかどうかもわかんないモノで店閉めるとかあり得るんですか!?」
後輩の子が店長に掴み掛からんばかりに詰め寄っている。
「それがねぇ、一人二人どころじゃないんだって。幽霊がいるってクレーム入れた人が……。
で、最近店の雰囲気もギクシャクしてたじゃない? お客様も減ってたし……。
だから、仕切り直そうって事になったみたい」
「仕切り直しって……。改装してって訳じゃないんですか?!」
唖然とした後輩の女の子が、店長の襟元を掴むのを止めて、一歩二歩と後ずさる。
「うん……。ココも所詮テナントとして入ってるだけだからね。
どこか別の場所を検討しようって。
で、それがいつになるか分からないから、申し訳ないけど……ね」
店長が気まずそうに、わたしや後輩の子を含めたバイトやパートさんの方に視線を流す。
それの意味するところはすなわち……。
「よっ。この間はありがとなっ……って、何悪霊に憑りつかれたみたいになってんの?」
この前葵さんとお茶を飲んだカフェの、街を望む窓際のカウンター席でぼんやりしていると、外を見知った黒ずくめの人が通りすがった。
その黒ずくめの人は、わたしに気づくとひらりと一つ手を振って去って行った……と思ったら、アイスコーヒーを手にわたしの隣にやってきた。相変わらず鮮やかな花の匂いを纏わせて。
「……葵さんが悪霊とか言うと洒落にならないんで止めてもらえますぅ?」
自分の御職業を思い出して欲しいと、思わずじとりとした視線を送ってしまう。
「あー、とりあえず何も憑いてないからあんしんしろー?」
それで安心って……できるのか? と疑問に思いつつ、すっかり氷の融けたアイスラテを啜る。
「んで? どうしたんだホント。元気ねぇぞ?」
「……になりました」
「ん? なんて?」
「っ!! 無職になりましたっ!!」
おやまぁといった感じに葵さんの形の良い片眉が上がる。
「おやまぁ」
声にも出された。
「うちの店、いつの間にか心霊スポットとして有名になってたみたいで……カフェとしては評判が悪すぎるからって……」
「……あー」
葵さんの声に、あまり驚きが含まれてなかったことが気になって、思わず葵さんの顔をまじまじと見てしまう。
……くっ! 相変わらずいい顔してんなっ!!
「いやさ、俺達のところに依頼が来た時点で、まぁ……なんつーか。な? 普通じゃないというか、唯人の手におえない状態になってるっつーか……な?」
葵さんの言葉に思わずあんぐりと口が開く。
「じゃ、じゃあ葵さんは……あの段階で店が閉まると……?」
「い、いやっ?! そこまでは流石にな?! それは現場となった向こうが決める事だからな?」
流石にウチの管轄じゃないと、焦ったように告げる葵さん。
「……それもそうですね。
はぁ……これからどうしよう……。もうすぐ住んでるところの更新でお金かかるのに……」
無職……と呟いて、しおしおとテーブルに突っ伏す。
ふわりと花の香りが近づいてきたかと思えば、するりと大きな手のひらがわたしの頭を撫でた。
「……じゃあさ。ウチ来る?」
「……は?」
唐突な言葉に、思わず身を起こして葵さんの顔をまじまじと見てしまう。
そこには少しだけ面白そうな表情を浮かべた葵さんがいた。
「ウチ、実は1SLDKなんだよ」
「Sって何ですか? ドSのエスですか?」
唐突に告げられた言葉が訳わかんなくて、思わずとんでもない言葉が口を吐く。
そこは追々な……ってどういう意味?!
「じゃなくて、サービスルームって名前の四畳くらいの部屋があるんだよ。
昔風に言うと納戸? 要は荷物置き場みたいな部屋なんだけど。
一応ドアも付いてるし……それに……」
そこでにんまりと笑みを浮かべた葵さんに、背筋がぞくりと震える。
「どうせなら、ウチの職場の方にも就職しちゃえば? 那子なら大歓迎されるぞ?
もちろん、その時は俺の相棒な? それなら一緒に住んでもおかしくないだろう?」
いや、貴方の相棒は雪では? と思って口にすると、雪は俺の式だからと一般人にはよくわからない回答が返ってきた。
「って、そんな怪しい国の特殊機関に、わたしみたいな平凡な人間が就職できるわけないでしょうがっ!」
……何故か葵さんに残念な子を見るような視線を送られた。
「お前……。あの現場であれだけ自分の有能さを示しておいて、そりゃねーわ。
俺と組めば百人力もいいとこじゃねーか。お前の鼻も目も、こっちからすれば喉から手が出る程欲しい能力なんだぞ?」
……そうおっしゃられましても……。
今までこの嗅覚で嫌な思いしかしてこなかったから、俄には納得できない。
「とりあえず、ウチの職場一回来てみれば?」
「そんな軽くお邪魔して良い職場のようには思えないんですが?」
だって、短期間でガス管工事と称して店の周りにバリケード築いちゃう職場だし。
怪しいし。
怪しい事この上ないし。
そう伝えてみると、少しだけ目を泳がした葵さん……が、意を決したように立ち上がった。
「ま、案ずるより産むがやすしってな。とりあえず行こうぜ」
そう言って、わたしの腰を引いて立ち上がらせて、そのまま流れるように腰をさらわれ、カフェを後にした。
そして、たどり着いた先でわたしはあんぐりと口を開いて、目の前の光景を眺めていた。
カフェから地下鉄に乗ってたどり着いた先は、霞が関駅。
目の前にはドラマとかでよく見る警視庁の建物がある。
「こっち」
そう言って腰を掴まれたまま、葵さんに着いていくと、そこはいくつかの省庁が合同で入っている建物だった。
因みにわたしが逃げ出さないようになのか、葵さんにがっつり腰を掴まれているので、今のわたしには視えちゃいけないものもばっちり視えている。
……桜田門の方に見えた黒いナニカとか見たくなかったなぁ……。
「こっちこっち」
「……え? 地下とかお約束が過ぎませんか?」
ポーンと軽い音を立ててエレベーターが止まった先は地階。
一階の正面玄関や上へと向かうエレベーターに乗り込む人々の影はこの階にはほぼない。
「まぁ、強めの呪物とか預かったり、持ち込んだりするからな。
基本的には関係者以外立ち入り禁止だ」
そう言われて、エレベーターに乗り込んだ後、葵さんが社員証のようなカードを制御盤の下の方に触れさせていた事を思い出す。
そしてエレベーターホールから続く廊下の先、いくつか並んでいる扉のうち、一つだけ妙に黒々しいというか、禍々しい空気を発している。
「え……わたし帰れる?!」
「ダイジョーブダイジョーブ」
「いやぁぁぁ!! それぜったい大丈夫じゃないやつぅ!!」
半泣きになりながらも前にしか進めないわたし。何故なら上階に向かうエレベーターを呼ぶにはどうやら葵さんの持つカードキーがないと呼べないらしいからだ。
本来、上とか下のボタンがある場所に、カードをタッチするパネルしかなかった時の絶望よ……。
それにしても……。
「ここ、全然臭いがしませんね」
まるで葵さんの部屋みたい……と、ポツリと呟くと、軽く肩を竦めた葵さんが答えてくれた。
「まぁ、ウチと同じような結界張ってあるから、那子の鼻に反応するようなもんは入ってこれないだろうな」
現に何も視えないだろう?
そう言われて、辺りをきょろきょろ見回すも、確かにあの部屋以外、何も視えない。
「そうですね。あの部屋以外特に……」
そう言って先ほどから気になって仕方がない禍々しい気配を発しているドアを指差す。
「あぁ、あの部屋は……やっべぇモンしまってあるから……な。不用意に近づくなよ?」
そうにやりと笑われて、一も二もなく頷くってものです。
何が入ってるか知りませんし、知りたくもありませんっ!!
そうやって禍々しい扉の前を過ぎ、突き当りのドアに近づくと、そこにはシンプルなプレートに、この部屋の部署名らしいものが書かれていた。
ただし、葵さんの頭によって遮られ、名前は見えない。
ピッという音と同時に、カチリとドアの鍵が開く。
ドアノブに手を掛けた葵さんが、わたしを見てにやりと微笑んだ。
そして
「ようこそ。内閣府直属怪異調査対策室東京支部へ」
扉は開かれた。
お読みいただきありがとうございます!
これにて「第一章 シシャの行進」完結です。
まだ一章と言う事で、オカルトも恋愛も触りだけですが、おいおい進んでいく予定です。
そんな次章「女達の迷家」は
個性強すぎ新キャラ登場で、那子埋没の危機!?
潜入先は、女性ばかりが行方不明になると噂の廃屋敷でした?!
恋愛カテに居座る為、葵、頑張る!?
の三本です(たぶん)
次章もまた見てくださいねー!
という訳で、改めてお読みいただきありがとうございました!