その先はまだ知らない
異世界転生してしまった。おれがそう気がついたのは子どもの頃、家庭教師から逃げようとして見つかりそうになったために庭の木に登った挙句池に落ちて三日三晩寝込んでからだった。
夢でうなされつつ、ギャルゲーこそ至高! と叫びながら起きて、心配しながら看病してくれていた使用人たちを怖がらせた。正直あのときはたいへん申し訳なかったと思っている。
あとで水差しを持ってきたメイドにギャルゲーってなんですか? と聞かれて焦ったものだ。
夢の中で二十五歳だったおれは、二つ年上の姉とゲームのプレゼン合戦をしていた。
ラブモニ(ラブサンデーモーニング)というギャルゲーの癒しがいかに素晴らしいかを語った俺に対し、姉は月華の掟というボブゲーのドデカ感情の良さを語った。
おれの紹介したゲームは日曜朝に、近所の幼馴染が起こしに来てくれるという日常アドベンチャーゲームだ。平日の過ごし方により起こしに来てくれるキャラが変わり、それなりに事件が起きたり修羅場が起きたりするが、まったりと楽しめる。
そして姉の紹介したゲームも同じくアドベンチャーゲームだ。異世界、ナーロッパ風の世界が舞台。生徒の多くは貴族という学園の中で、特待生とした入学した平民の主人公が、攻略対象と関わり、勉強をがんばり交流をがんばり恋愛をがんばり卒業を迎える。実は主人公の部族にはちょっとした秘密があって……というのがタイトルの由来だがおれには全く関係ないのでそれは割愛する。
とにかく貴族ばかりの学園、その攻略対象たちにはそれぞれ婚約者や幼馴染、ちょっと関係がこじれている恋人など、主人公のライバル関係となる相手が存在する。攻略対象の一人、生徒会長にはルチルという婚約者がいる。
おれである。
ゲームの主人公と勉学を競い、ときに主人公と生徒会長の間を取り持ち、主人公のツテを繋ぎ、生徒会長をはさんで切磋琢磨していく。場合によっては、きみと切磋琢磨したことが僕の学園生活で唯一楽しいことだった、なんていう友情エンドも存在する。
ボブゲーでなんで友情エンドなんだよ。という姉の訝しげな声を最後に夢から覚め、やっぱりギャルゲーこそ至高! と叫んだわけである。
そしてすぐにベッドから転げるように降り立ち、鏡に縋りついた。雪のようなプラチナブロンド、蜂蜜色の瞳。ゲームパッケージの端っこでちょっと嫌味な顔をしているあの子と同じカラーリング。姉から説明された名前と同じルチルという名前。
「おれじゃん!」
おれは叫んで倒れ、またベッドに運ばれ直した。
やんちゃだったおれも、池から落ちればまあまあ反省する。
大人しくなったおれに、家族は首を傾げ、
「元気がないの?」
「ごはん食べた? 食べる?」
「カメ捕まえてくる?」
などと気を使ってくれたが、おれはカメは遠慮した。
正直前世 (たぶん)のことはほとんど覚えていない。記憶にあるのはプレゼン会のことだけだ。何年生きたかもどうやって死んだかも覚えていない。
夢だよと言われたら納得するくらいの曖昧さだ。
だが、そんなおれにもなんとなくわかることがある。
この世界でバカになるとおれはやばい!
十歳にもなってないおれは具体的なことはわからない。しかしやばいことだけはわかったので、それからは家庭教師から素直に学んだ。
息子がやる気を出したと思い感動するところだろうに、なぜか家族はますます心配し、両親に至ってはおれを友人の息子に会わせた。
のちの生徒会長である。
おれも大概きらきらした容姿をしてると思うのだが、生徒会長(小)はハンパないキラキラパワーであった。青くてつやつやの髪に夜空色の瞳、睫毛が長くけぶるようで、これが天使か、と思ったものだ。
「ブルーだ」
「ルチル」
名前を名乗りあって、そうそう、そういう名前だったとおれは内心頷いていた。プレゼン大会で、名前が安直だと思います! と姉にツッコミを入れたことを思い出したからだ。だいたい他のメンツもカラーで名前がつけられている。わかりやすい。
しかしブルー、という名前が高貴に感じられるくらい、彼はとにかく光り輝いていた。容姿だけではなく、この歳で振る舞いも紳士だった。これはのちに、単純に初対面だからだったのだとわかるのだが。
存在が眩しいブルーを直視できず、おれは終始半眼だったと思う。
つまり目つきがよくなかった。さらには人見知りも発揮した。
「カメ好きなの?」
「ふつう」
そんなつまらないだろうやりとりをしたのにも関わらず、なぜかおれたちは婚約した。
なぜだ。
出会って二日後には決まっていたので元々決まってたのかもしれないが、出会ったときの印象でよく断らなかったなと思う。
婚約をしたのでブルーとはそれからも交流があった。おれのいちばん最初の友だちでもあるし。正直婚約者というより、弟がいたらこんな感じかなあとおれは思っていた。
きらいではなかった。一緒にカメに餌をあげたり、カメの甲羅を磨いたりして交流を深めた。一緒にいて楽しい相手と思っていた。ブルーも、おれのことは嫌いじゃなかったと思う。親友とか思ってくれてた。たぶん。
よくルチルは仕方ないなあと言いつつ、ケーキをくれたり勉強を教えてくれたりした。ブルーはもともといいやつだけれども、さすがにそこまでしてくれるのはおれにだけだ。同年代のお茶会でも、おふたりは仲がよろしいのですねとホワワと茶化されたものだ。
それから早いもので十年経った。
おれは実はブルーよりも歳上だったので、先に学園に入学した。学園は寮生活なので、ブルーには滅多に会うことはなくなった。滅多にというか、先に入学した一年はまるまる会わなかった。
なぜなら勉強についていくのに必死だったからだ。
領地にいれば、家庭教師だけでなくブルーが細かく丁寧にわかりやすく教えてくれたが、学園ではとにかく自分でやるしかない。辞書をひっくり返し、図書館に通い、長期休暇もレポートに追われた。学園が楽しいようだなと一度ブルーから手紙が来たが、楽しいよと返事を送ってからは来なくなった。
まあつまり、これはおれが悪い。
一年後に入学してきたブルーはすっかりおれに対してグレていた。ツンになっていたのだ。
「そんなに学園が楽しかったのか」
「他に好きなやつでもできたんじゃないだろうな」
「俺のこと忘れてたんだろ」
色々わやわや云い募られたが、どれも覚えがないことなので、おれは笑って誤魔化した。勉強が忙しかったと言ってもブルーには伝わらない。こいつは学習書をぱらりと流し読みしただけですべてを理解する、スーパー頭脳の持ち主だからだ。
おれができるのは「ちがうよ〜」と言いながら頭を撫でることくらいだ。
「それにしてもブルー、ずいぶん身長が伸びたね」
「ルチルが会いに来なかったからわからなかっただけだ」
「頭が撫でにくいから座ってくんない?」
ツンツン拗ねているくせに、そういう要求にはしっかりと従ってくれるのがブルーの素直でいいところだとおれは思う。座ったブルーを撫でていると、なぜかそのまま腰に抱きつかれた。そんなに寂しかったのか。お兄さん気分でおれはさらにブルーの髪をわしゃわしゃに撫でておいた。
これだけ身長が伸びるくらいでかくなれば反抗期もあるか。よく考えればブルーももうそういう歳だったな。そう思いつつ、そこまでツンでもないツンをおれは楽しんでブルーを構っていた。
ブルーも学園生活を楽しんでいるようだ。廊下で見かけると、誰といようが素早く近寄ってきては、おまえは俺の婚約者だからな! と大声で言い含めて来たりする。
「いいか、忘れるなよ! ルチルは俺の婚約者だから!」
「そんなに叫ばなくても流石に覚えてるよ……」
「フンッ!」
どうだか、一年も会わずにいたくせにとぶちぶち言い去っていく。一年と言われるとこちらも弱く、やっぱり帰っておけばよかったかなあと思ったりもする。そこまで責められるとは。
なのでいまだにそのことをブルーは怒っているのだと思いきや、カメのぬいぐるみを押し付けてきて俺だと思って大事にしろ、と言ってきたりもする。怒っているのか怒っていないのかの判別が難しい。
ツンかな。
とにかくブルーが当初の紳士っぽさをかなぐり捨てて飛んだり跳ねたりするたびにおれはかわいいやつだなと頭を撫でるのが、もはや日課にもなっていた。カメのぬいぐるみを大事に揉むと、それはそれで俺を構えと言う矛盾さも発揮してくる。ブルーは面白い。
とにかくブルーが入学してから、おれは学園がますます楽しくなっていた。
でも最近は、そろそろ潮時かもしれないと思うようになった。
ブルーに近づく男の影! 彼は一体! みたいな噂を聞くことが増えたからだ。園内新聞の一面を飾ることもある。
そんなときにブルーにふたりきりで話したいと呼び出されたので、てっきり婚約解消の話でもされるのだと思っていた。
なのにどうにもブルーの様子がおかしい。
「ルチルは、俺のこと婚約者だと思ってないとばかり……」
「いや、婚約者だと思ってたよ? ずっとブルーも言ってたじゃん」
じっとこちらを見るブルーの目が若干疑惑に満ちている。目が泳ぎそうになるのを、おれは堪え、その視線を見返した。
婚約者と認識しているか、と言われると難しい。はいはい婚約者婚約者、くらいのテンションだった。どうせ婚約解消されるんだろうと思っていたので。
事実、ブルーは同学年の特待生と仲良くしているのをあちこちで目撃され、新聞にすっぱ抜かれている。
「俺、実は昨日聞いたんだ」
「何を?」
「ルチルが昨日、告白を断っているところ」
妙に深刻な顔をするから何かと思った。ああ、とおれは昨日のことを思い出す。確かに告白された。相手は同学年の男子で、入学時から好きでした、とはっきり言われた。
最近はブルーが婚約者! 婚約者! と大変主張しているが、おれはおれで入学時から婚約者いるしぃと周囲にはアピールしていた。アピールしなくても昔からおふたりとも仲がよろしいですものねとホワワされるが、学園内は結婚相手探す場でもあるので、知られているに越したことはないからだ。
だからそうそう告白などされることはないのだが、あの新聞でおれがフリーになるのでは? とワンチャン狙ったらしい。
「あーあれか……えっ? おれ何か変なこと言ったっけ?」
「お、……俺がいるから付き合えないって……」
「それは言ったな」
婚約者がいて付き合ったら不貞じゃん? それは付き合えないし結婚とか考えられないのは当然だ。事実、告白して来た相手も焦ってそうだよな、ごめんとあっさり引いていた。
何がおかしいんだ? おれはブルーに向かって首を傾げてみせる。ブルーは、つまり、と俯きながら、顔を手で覆っている。
「それってつまり、俺のこと好きってことだよな」
「なにいっ……」
てん、だ?
と言いたかった。言いたかったが、それよりもブルーの顔が、隠していない部分が、すっかり真っ赤になっていることに気づいてしまった。耳の先まで赤い。
「えっ」
えっ。どうした? あわあわと周りを反復横跳びしてしまうおれの手を、ブルーはギュッと握る。両手を両手で包まれてしまったので、おれは身動きが取れなくなってしまった。
「えっどういうこと」
「あの、あのな、ルチル、俺もお前のこと好きなんだ」
だから嬉しいとはにかむブルーに、おれは言葉を失ってしまった。
え、おれのこと好きなの? ブルーが?
そう言われれば、思い当たる節がありまくる。
この成長してもふわふわの天使みたいな男が、おれのことをすき?
実感が、あとからぶわりと湧いて来て、どうしたらいいかわからない。みるみるうちに自分の頬が熱くなるのがわかる。あわあわと口も閉じられず、頬が引き連れそうになる。
そのおれの頰、くちびるの端っこに、ブルーが笑ってちゅっとキスをする。
「おれまだ何も答えてないだろうが! っんむ!」
思わず怒ったのに、ブルーは微笑んでもう一度、今度はしっかりくちびるど真ん中にキスしてきた。やわらかくって思わず何も言えなくなってしまう。
どうしよう。なんかいいにおいもして、目が回りそうだ。
これ、このままだったらこの先一体、どうなるんだ?
俺が月華の掟にいるように、姉は今頃ラブモニにいたりするだろうか。
こんなことになっちゃった結末を知ってたら、どうかおれに教えてほしい。




