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我求む、いつか誠実な恋愛を。  作者: メリーさん。
9/30

恋人と別れた途端、急に忙しくなる。

土曜日の夕方、今日も今日とてアルバイトに勤しむ。


・・・が、のほほんとした日常的なシーンはアルバイト仲間である橘美鈴(たちばなみすず)が許さなかった。




「それで、結局慶次くんはどうしたの?」




どうしたの?とは唐突であるし、抽象的な質問の本質は、「結局目の前で不貞を働いた桐生(きりゅう)めぐみの始末はどうしたのか?」という中々にヘビーな問いであった。




クリっとした大きな目で美鈴がこちらを覗くように聞いてくる。相変わらず彼女の整った顔立ちを間近で見て少し見入ってしまう。肩が少し当たるくらいの距離。いちいち近いんだよ。




「別れようってTALKは入れておいたよ。例のカラオケルームのことも全部見てたって言ったし。もう恋愛関係を続けるのは無理だと思うしさ」


前日に送ったメッセージの返信は届いていない。少し不気味に思うところがあるのだが。




「そっか、別れることにしたんだね・・・」


居酒屋『陽だまり』のマスターである篠崎(しのざき)ヒカリさんも話に入ってきた。ヒカリさんは以前に一度、この居酒屋に当時彼女であっためぐみを連れてきたから思うところもあるのかな。ヒカリさんのやや釣り上がった目が少し揺れていて、どこか神妙な面持ちだった。




バイトが始まってお客さんの入りを待つ間の時間に3人でそんな話をしていた。


今はまだ客の入りがないが、土曜日だしこのように話が出来る空き時間は今か営業時間が終わってからくらいなものだろう。




「まあ、そりゃそうだよねー」


おいおい、ヒカリさんに比べて軽いな。まあ僕自身が他人事のように考えている時点で何も咎めることは出来ないが。




「ってことは今はフリーになるのかな?」




「そう言うことだね」


改まって何を聞いてくるんだってね。




指をピンと立てたキラキラ笑顔の彼女が言った。


「じゃあさ、今度お祝いしようよ」




別れ話からお祝いってどういう発想だよなんて思った。


「お祝い?何の?」




「フリーを祝してってこと!ヒカリさんもお店の休業日とか空いてる日を合わせて一緒にお祝いしましょうよ!」




「私はケイ君がいいのならいいけど・・・」


少し美鈴の勢いに押されているように見えたヒカリさんであったが、こちらを覗き込むように問いかけて来た。




「まあ、別にいいよ」


お祝いという言葉に僕は些か納得がいかなかったが、別にその程度気にすることもないだろう。




了承した直ぐにパアッと輝くような笑顔になる美鈴。こいつの意図が掴めないが、お祝いというイベントが欲しかったのか?


やたらと嬉しそうな2人は日程と何をしたいかについて目の前で話を進めている。





目の前の2人を横目に僕はというと、お客さんの入店待ちの時間に別の作業に取り掛かりつつ少し思案していた。正直にいうとまだ感情の整理ができていなかったのである。




今まで()彼女に気を遣ってこういった女性が集う飲み会とかはなるべく断っていたし、実に久し振りにバイト仲間で遊ぶことになる。




彼女に気を遣って思うように遊んだり出来ないなんて、やはり情けない男だと、今になって改めて思う。無論、恋人ができれば自らを律することも大事であると、それは当然だと今も思っているのだが。




・・・律せていなかった相手が僕にいたことは置いといてね?




他者に自らの思考を押し付けたり、それをただ思考停止に受け入れたりと、今更ながら考えると幼稚な関係でだったのかな。


この歳になれば、異性の友人だって当然できるし今後も社会的に付き合いが出てくるだろう。それを異性だからといって他者に言われるがまま排除していたこと、それを長年打破しようとしなかったことに自己嫌悪する。


つくづく僕は不出来な人間だなと感じたし、だからこそ余計に、精神的に大人になりたいと強く思うんだ。




さて、過去に囚われるのはもう止めだ。


きっとあれはいい教訓になって、僕は次に進んでいく。自らをそう鼓舞するように両頬をパンと叩いた後、業務に集中していく。


思いの外大きくなった両頬を叩く音が2人に聞こえてしまい、余計に心配させてしまったことを反省をしつつ、まずは本日1組目のお客さんを迎えた。




案の定、その後のアルバイトは忙しさを極めることとなった。そんなに席数は多くはないのだが、途切れることなくお客さんが入ってきたのだった。




主に調理を担当するヒカリさん、ホールで縦横無尽に駆け回る美鈴、僕はというと2人のサポートに尽力する。この2人が一緒なら、どんなに忙しくても乗り切れそうだと、無敵の感覚がある。


何も言わなくても両者とは息の合った連携で、特にトラブルもなくいい雰囲気で閉店まで乗り切ることができた。




のんびりとヒカリさんや美鈴などお店のスタッフや常連さんとお話ししながらこなすアルバイトもいいけど、週末の高稼働を無心でこなすのも個人的には好きだ。


疲労感はあるが、それ以上に達成感と多幸感が僕の心を占めている。たかがアルバイトでこんなことを思っているのは変だろうか?




「皆、こんな時間になっちゃったけど、まかないは食べられる?」


今の時間は22時を回ったところ。21時半にはラストオーダーを取り終えて、看板の灯りも消している。今さっき最後の一組も帰ったところだった。




世間の居酒屋と比べると少し早い閉店ではあるが、お昼の営業もあるから終わるのはいつも早い。まかないと聞いて、ペコペコになったお腹が食べ物を求める声を上げた。




「めっちゃお腹空いたー!」




その小さい身体を目一杯使って空腹を表現する美鈴を無視して、僕もヒカリさんにまかないをお願いした。


そうして3人とも同じタイミングでまかないをいただくことになったのだった。





ああ、専門学校を卒業し、数年の間有名店でキッチンを務めていたというヒカリさんの料理は絶品だ。この忙しい土曜日のキッチンで動き回っていたので疲れているだろうに、手際良く僕たちのまかないを調理してくれた。


出された料理に感謝しつつ食べていると、美鈴が例のお祝いの予定を話し始めた。




「でね、さっきヒカリさんと話してたんだけど・・・」




「お祝いの話?」




「そう!月曜日はお店の定休日だから、3人で飲みに行こうって」




飲み会か・・・正直言うと先日気持ち悪くなったせいであまり気が乗らないが、せっかく僕の為にセッティングしてくれたのだから、断る気持ちにはなれなかった。




「いいよ、それじゃあ楽しみにしてる」




「明日は慶次くんシフトに入っていなかったよね?私は入っているから、ヒカリさんと月曜日のこと決めておくね!追って詳細をTALKで送るから!・・・あ!携帯の電源は付けておく事!」




「ん、わかったよ。ありがとな美鈴。ヒカリさんもありがとうございます」




「ううん、私は全然だよ。3人で飲みに行くのは初めてだし、楽しんじゃおうね!」




そんな話をしつつ、まかないを平らげた後はのんびりと閉店作業に勤しんだ。帰り際、僕は明日のアルバイトはないから、頑張って下さいと2人に声を掛けて帰宅をした。





――誰もいない部屋に帰ったあと、何気なく携帯を見るとメッセージが届いていた。


『バイト終わったら電話くれー』友人である真田涼介からだった。夜も遅いが、直ぐに通話ボタンを押した。




「おーす!お疲れ!」


たったワンコールで電話に出た涼介。


「何・・・?」


「テンション低いな!」


僕の方も相変わらずだけど、電話越しに間抜け面が浮かんでくるかのようなトーンに少し安心する。


「まあね。それで、どしたの?」


「明日、暇だろ?遊ぼうぜ」




・・・まったく、唐突なんだよ皆。


というかさり気なく僕の予定を把握している涼介は一体・・・。


それに「了解」と答える僕も僕だろうか。




色々と情報・感情が錯綜していて整理に当てる時間も欲しい気もするが、そうはさせないというように周りからの誘いが急に増えたような気がする。涼介はともかく、僕の考えすぎな性格を察してくれているのか?


まあ、気に掛けてくれる仲間が居るというのは実際ありがたくて、心強い。




一日の最後、自然と上がっていた口元に気が付いた。



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